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異世界はつらいよ~転生勇者放浪記~  作者: 花京
第二章 砂漠の王国カルナード編
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第一話 暑くてつらいよ⑩

 夜が明けた。

 長い戦いの後の、最初の朝だった。


 王都カルナードの街には、静けさが戻っていた。

 崩れた建物や焦げた広場にも、子どもたちの声が少しずつ戻ってくる。

 風が吹くたびに、焦土の匂いに混じって果実と香辛料の香りが漂った。

 それは――街が“再び息をし始めた”証だった。


 リーネは、広場の中央に立っていた。

 包帯で覆われた腕を静かに下ろし、寅二郎とシドを見た。


「……街の人たち、少しずつ笑うようになってきた」

 その声は穏やかで、昨日までの苦悩が嘘のようだった。


「人間って、しぶといからな」

 寅二郎が肩をすくめる。

「何度倒れても、また立ち上がる。そういう生き物だ」


 リーネはその言葉に、微笑んだ。

 けれど、その瞳の奥にほんの少し影が残っていた。


「……私、まだ終わっていないの。

 あの夜、私はこの国の人を傷つけた。

 呪具の力を振るい、人々を壊した。

 あれは、どんな理由があっても“罪”よ」


 寅二郎は黙って聞いていた。

 否定も、慰めも口にしない。

 ただ、彼女が言葉を紡ぎきるのを待っていた。


「だから、せめて踊り続ける。

 ――贖いの舞を」


 そう言って、リーネは破れた布を拾い上げた。

 かつて呪具の光に染まったその衣。

 だが今は、月でも魔でもなく、朝日の光を受けている。


 彼女は裸足で砂の上に立ち、静かに一歩、踏み出した。


 音もない舞だった。

 だが、その動きには確かに祈りがあった。

 手を差し伸べ、胸にあて、地を踏みしめる。

 砂が舞い上がり、光が反射し、

 まるで街そのものが息を吹き返すようだった。


 人々が集まり、ただその姿を見つめていた。

 彼女に石を投げた者も、涙を流して跪いた。


 リーネの声が、風の中で響く。

「私はもう、魔にはならない。

 この地で、生きていく。

 罪を、歌と踊りで癒していくわ」


 舞の終わり、彼女は掌を掲げた。

 そこには、砕けた首飾りの小さな欠片。

 それが陽の光を受けて淡く光り、風に乗って散っていった。


 寅二郎はその光景を、ただ見守っていた。

 彼の頬を一筋、砂混じりの風がなでていく。


「……きれいだったな」

 ぼそりと呟くと、リーネは振り向いて笑った。

「あなたが守ってくれたから、私は“もう一度”踊れたの」


 寅二郎は少し照れくさそうに頭をかく。

「礼なら、シドにも言っとけよ。あいつも夜通し動いてた」

「ええ、後でちゃんと」


 少し離れた場所で、シドが腕を組み、淡く笑った。

「さて――行くぞ。ベルゼを追う。次は東の渓谷、帝国方面だ」


 寅二郎は頷き、リーネの方をもう一度振り返った。

 彼女は風に舞う布を掴み、

 まるでそれが新しい人生の幕であるかのように微笑んでいた。


「ありがとう、トラジロウ。

 今度は、ちゃんと“人のため”に踊るわ」


「その時はまた見に来る。……今度こそ、観客としてな」

「ふふっ、約束よ」


 朝日が昇る。

 二人の影が砂の上で交差し、やがて離れていく。


 その瞬間、どこか遠い空の向こう。

 黒き雲の中で、誰かの低い声が響いた。


 ――「止められるかな? わが野望を。」


 その声を、まだ誰も知らない。

 けれど、確かに“次の夜明け”が近づいていた。


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