第一話 暑くてつらいよ⑨
白い光の柱が消え、夜空の満月が再び姿を現した。
王都を包んでいた暴走の波は、潮が引くように静まり返っていく。
人々は倒れ込み、呻きながら、まるで悪夢から覚めたように周囲を見回した。
ステージの上、寅二郎はリーネを抱きとめていた。彼女の首には、もはや首飾りの残骸すら残っていない。砕けた欠片が、砂の上で光を失っていた。
「……俺は言っただろ。守ってやるって」
寅二郎の声はかすれていた。
リーネはゆっくりと目を開ける。
涙と汗に濡れた頬。だが、その瞳にはもう黄金の光はない。
弱く息を吐きながら、彼女は囁いた。
「あなた……どうしてそんな顔をするの。私、あなたたちの敵だったのに」
「敵とか味方とか、関係ねぇだろ。……お前が苦しんでた。それだけだ」
しばらくの沈黙。
夜風が吹き抜け、焦げた香の匂いが漂う。
リーネはふと、空を見上げた。
満月が雲間に揺れ、まるで彼女の心を映すようだった。
――そして、彼女の声が小さく震えた。
「……少し、昔の話を聞いてくれる?」
リーネはそっと目を閉じる。――
砂の熱が、裸足を焼いていた。
あの頃、私は“奴隷の中でも安い方”だった。踊りが下手だから。
それでも笑わなきゃならなかった。笑わないと、鞭が飛ぶ。
王族の宴では、私たちは香と共に飾り物みたいに並べられた。
ある夜、噂が広まったの――「買われた奴隷が帰ってこない」って。
次は私たちの番だった。
そして現れたのが、あの“黒衣の一団”。
王国の使者だと思った。けど、違った。
――彼らは人間じゃなかった。
黒い翼、紅い瞳。
“魔王軍”って名を初めて知ったのは、その時。
彼らは言ったの。「我らは“器”を探している」と。
首飾りを手にした奴隷たちは、みんな……死んだ。
光った瞬間に、血を吐いて倒れたの。
私も怖かった。でも――
“適正者”が見つからなければ、もっと殺される。
せめて、私が選ばれれば、他の子は助かる。
……そう思って、あの首飾りを自分で首にかけた。
痛みも、恐怖も、何も覚えてない。
ただ、目が覚めた時には、彼らが跪いていた。
「器が決まった」と言いながら。
その時、私は思ったの。
――人間も、魔も、同じだ。
誰も、私たちを人として見ない。
だったら、全部消えてしまえばいい。
それが“呪い”の始まりだったのかもしれない。
――リーネの瞳に、涙がひと筋落ちた。
寅二郎は何も言わなかった。ただ、その肩を静かに抱き寄せた。
「……ごめんなさい。全部、壊してしまった」
「いいんだ。お前が戻ってきたなら、それでいい」
リーネは小さく笑い、目を閉じた。
その顔には、戦いのときには見られなかった穏やかさがあった。
――ベルゼが言った「芸術」とは、破壊ではなくこの“瞬間”の事かもしれない。
寅二郎はそう思いながら、ゆっくりと夜空を見上げた。
満月の光は、静かに王都を照らしていた。




