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異世界はつらいよ~転生勇者放浪記~  作者: 花京
第二章 砂漠の王国カルナード編
32/77

第一話 暑くてつらいよ⑦

 夕陽が砂の街を赤く染めていた。

 王都カルナードの通りは、いつもの賑わいを失っている。

 人々は早々に店を閉め、戸口に月避けの護符を貼っていた。

 ――まるで何かを恐れているかのように。


「この辺りもダメか……」

 寅二郎は額の汗をぬぐい、路地の奥を見回した。

 昼から王都を歩き回ってもう何時間になるか。

 市場、貧民街、踊り子宿、果ては神殿の裏庭まで。

 リーネの姿は、影ひとつ見つからなかった。


 シドが腕の魔石端末を操作しながら言う。

「反応はどこにもない。

 彼女の“呪具”は封印状態か、あるいは……別の場所に移された」


「別の場所?」

「ああ。王都の下層、旧時代の遺跡区域。

 “神殿の地下”と呼ばれてる。

 魔王軍が潜伏してると噂される場所だ」


 寅二郎は空を見上げた。

 白い月がもう、夕焼けを押しのけて昇り始めている。

 輪郭が妙にくっきりしている――まるで月自体が息をしているように。


「明日の夜が満月、か」

「間に合うかどうか……」

 シドが言いかけたそのとき、通りの向こうで鐘が鳴った。

 “王都門限”の合図。

 門が閉まる音が、ゆっくりと砂の夜に溶けていく。


 寅二郎は拳を握った。

「夜が来る。――あいつ、今どこで何してんだ」


 シドは短く息をつき、視線を落とした。

「……祈るとしよう。せめて、まだ人間のままでいることを」


 王都に、夜が降りた。

 砂嵐の音が静まり、代わりに遠くから微かな“歌声”が聞こえてくる。

 誰のものかは分からない。

 けれど、どこか悲しく、甘やかで――まるで誰かを呼んでいるようだった。


 


 その頃。


 王都の地下、崩れた神殿の奥深く。

 燭台に照らされた黒い水鏡の前で、一人の男が立っていた。


 黒衣の裾を引きずり、赤い瞳を細める。

 魔王軍三魔将ベルゼ。

 鏡の中には、舞うリーネの姿が映っていた。

 瞳は虚ろに光り、首元の呪具が淡く脈打っている。


「美しいな。人間は恐怖の中でこそ、最も綺麗に輝く」


 ベルゼはゆっくりと手をかざした。

 鏡の水面が揺れ、リーネの肩のあたりから淡い黄金の光が漏れ始める。


「あと一夜。月が満ちれば、王都は我らの“祭壇”になる」


 唇の端に、笑み。

 低く、愉悦に満ちた声が、洞窟の奥で反響した。


「いよいよか……楽しみだ」


 暗闇の中、赤い瞳がゆらりと輝いた。

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