第一話 暑くてつらいよ⑤
昼を過ぎ、砂漠の陽光が少しだけ柔らかくなりはじめた頃。
王都カルナードの市場広場には、今日も香辛料と果実の匂いが漂っていた。
「昼間から人が多いな。こんな暑いのに」
シドがフードを目深にかぶりながら言う。
「“もっこり神”の再臨だからな」
「その呼び方をやめろ」
寅二郎は目を細め、舞台の方を見た。
ステージでは、昨日と同じ踊り子――リーネが舞っていた。
黄金の飾りが陽光を反射し、砂の粒子がきらめくたびに、彼女の身体がまるで幻のように揺らぐ。
だが、昨日のような熱狂は少なかった。
観客は笑い、拍手するが、その目の奥にはどこか怯えが見える。
「おかしいな……昨日は全員トロンとしてたのに」
「呪物の影響が抑えられてる? もしくは……使っていないのか」
シドの視線が、リーネの胸元に向かう。
あの首飾り、今日は昨夜ほどには輝いていない。
踊りが終わると、観客たちは歓声を上げながらも、どこか距離を取るように散っていった。
リーネは軽く会釈し、裏手の小道へと姿を消した。
「行くぞ」
「おう」
二人は人混みを抜け、舞台裏の細い路地に入った。
焼けた石壁の陰で、リーネが水瓶の水を飲んでいる。
「……観客じゃないわね。兵士?」
振り返った瞬間、その瞳――金色の光がちらりと揺れた。
「俺はあんたの踊りにメロメロになったただのファンさ。
一晩中踊りあかさないか?主にベッドの上で」
「ぐへっ」寅二郎の頭を短剣の柄で叩きつけつつ、シドが前に出た。
「あなたの首飾り。昨夜、光っていたね。
あれは“呪具”――誰に渡されたんだ?」
一瞬、リーネの表情が硬くなった。
だがすぐに、微笑みを浮かべた。
「踊り子の小道具よ。観光客を喜ばせるためのね」
「じゃあ、なぜ王都全域に“魅了”の症状が出た?」
シドの声に、空気が一気に張りつめる。
リーネはため息をつき、手にした水瓶を地面に置いた。
「……あなたたち、魔王軍のことを調べてるのね」
「まぁ、ちょっと縁があってな」
寅二郎が肩をすくめると、リーネの瞳が冷たく光った。
「“人間の国”の使いか。――なら、帰りなさい」
その声には明確な敵意があった。
だが、それは恐怖ではなく、憎しみだった。
「この国を見てどう思う? 賑やかで、笑顔があって。
……でもその裏で、どれだけの奴隷が泣いてるか知ってる?」
リーネは腕輪を外し、焼けた跡のような古い鎖痕を見せた。
「私は王国に“買われた”の。
自由の代わりに踊りを覚え、笑うことを教えられた。
あんたたちの王国は、そうやって“平和”を保ってるのよ」
沈黙。
寅二郎が何か言いかけて、やめた。
彼の目に、ほんの一瞬、怒りではなく悲しみが宿る。
リーネはその表情を見て、少しだけ戸惑ったように目を伏せた。
「……あんた、何者?」
「ただの護衛だよ。守るのが仕事だ」
「誰を?」
「誰でも、守る価値がある奴ならな」
短い会話の中で、空気が少しだけ和らぐ。
だが、その瞬間、リーネの耳飾りがかすかに光を放った。
風が、ざわめく。
「それでも、もう私は!」
彼女の表情が苦しげに歪む。
光は首筋から這うように広がり、瞳に黄金の輝きが戻っていく。
「リーネ!」シドが駆け寄るが、
リーネは後ずさり、両手で顔を覆った。
「もう放っておいて!」
と叫び、二人の横を走り去っていった。
その頬には光るものが見えた。




