第一話 暑くてつらいよ④
朝。
砂漠の太陽が王都カルナードの屋根を白く焼いていた。
宿屋の二階。
ベッドの上で寅二郎は大の字になって寝ていた。
床に転がる酒瓶、机の上には焼け焦げた串。
昨夜の熱気と笑い声の残り香がまだ漂っている。
「……よく寝る男だな」
シドは窓を開け、乾いた風を入れた。
砂が少し舞い込む。カーテンの隙間から光が射し込んだ。
手帳を開きながら、彼女はつぶやく。
「やはり、あれは呪物による魅了……首飾りの反応、間違いない。
でも、なぜ彼だけ効かなかった……?」
筆が止まる。
目の前の男は、いびきをかいている。
昨夜、あの会場で唯一、魅了を受けなかった人間。
思考を整理するように、シドは指で机を叩いた。
「考えられるのは、二つ……」
一つは、転生者特有の“耐性”。
異世界に来た時に与えられる恩寵か、ステータス外の補正。
「精神干渉に対する訓練を受けた私にまで、届いたのに」
彼女はあの瞬間を思い出す。
リーネの舞、香の匂い、月の光、あの恍惚。
ほんの一瞬、意識が溶けかけた。
寅二郎の叫び声がなければ、危なかった。
もう一つの可能性。
――“意志”による拒絶。
つまり、魅了を上回る心の力。
守るもの、譲れないものがある者だけが、呪いをはね返す。
「でも……あいつのどこにそんな強い意志が?」
視線の先で、寅二郎が寝返りをうつ。
シャツの袖がめくれ、鍛えられた腕がのぞく。
シドは小さく息を吐く。
「――わからない。だが、このまま調べずに放っておくのは危険だ」
彼女はコートを羽織り、腰の小剣を確かめた。
書きかけのメモに一文を残す。
《リーネ=呪物の保持者。接触して確認要。》
「トラジロウ、起きろ!外へ行くぞ」
「……うるせぇ、あと五分」
「五分経ったらリーネの踊り、見られないぞ?」
「……行く!」
即座に起き上がる男に、シドは半ば呆れたように笑った。
けれどその笑みの奥に、ほんの少しの警戒と興味が混じっている。
――この男の“抗体”の正体。
それを知る鍵は、きっとリーネの瞳の奥にある。
砂の街のざわめきが、二人を飲み込んでいった。




