第六話 急襲はつらいよ④
王都エスティアに、ようやく平和が戻りつつあった。
魔王軍の奇襲を退けたその日から数日。
街では復興の槌音が鳴り響き、王城前の広場には色とりどりの旗が翻っている。
「いやー、まさか俺らがここまでやるとはなぁ……」
寅二郎はパンの耳をかじりながら、街角のベンチで空を見上げた。
聖女様の長話、ギルドでの冷たい扱い、戦闘狂の悪魔ベルゼとの死闘——。
全部がまだ夢の続きのようだ。
「お前、少しは自覚持て。お前がいなきゃあの王都、確実に吹っ飛んでたぞ」
隣のシドが呆れたように言う。
彼女は相変わらず顔をフードで隠し、いつもどおりの落ち着いた声。
だがその手はまだ、包帯で覆われていた。戦いの爪痕だ。
「いや〜、俺よりアンナのが頑張ってたし。
あいつ、マジで勇者って感じだったもんな」
そう言う寅二郎の声には、少しだけ本音が混ざっていた。
自分が本当に“英雄”でいいのか、まだ分からない。
そんな時、遠くで鐘が鳴った。王城から使者が駆けてくる。
「緊急報告!ベルゼの姿を、南方砂漠の王国にて確認とのことです!」
その言葉に、広場の空気が一変する。
市民のざわめき、冒険者たちのどよめき、そして——シドのわずかな息の乱れ。
「……また、動いたか」
寅二郎の瞳が細くなる。
王都の平和が戻るより早く、奴は次の狩場を求めている。
「行こう、シド」
「もう? 祭の準備も――」
「あいつはやべえ。あのまま放っといたら、また誰かが泣く。
……だったら俺が行く」
言い終わると同時に、寅二郎は腰の剣を軽く叩いた。
まだ錆びついた安物の剣だが、不思議と光を反射しているように見えた。
シドは、ほんの一瞬だけその背中を見つめた。
言いたいことは山ほどあった。
けれど——その歩き出す背に、何かを感じてしまった。
あの男は、きっともう“覚悟”を持っている。
「……仕方ない。俺も行こう。“お人好しコンビ”だしな」
「よし、相棒。行くぞ!」
寅二郎の笑顔は、いつも通りの軽さだった。
でも、その軽さが不思議と勇気をくれる。
二人の姿が王都の門をくぐるのを、誰かが見送っていた。
――勇者アンナだ。
「なによ、あいつ……。勝手にかっこつけて……!」
腕を組んで、ぷいっと顔をそむける。
けれど、その頬はほんのり赤い。
聖女マリアが微笑みながら言った。
「あの人の代わりに、ベルゼ撃退の功労者として表彰を受けてもらいますよ」
「べ、別に! あたしが表彰されるとかどうでもいいしっ!」
そう言いつつ、アンナは王城の階段を上がっていく。
その背中を、マリアは少しだけ切なげに見送った。
――砂の向こうで、運命はまた動き出す。




