第六話 急襲はつらいよ③
――リ・エスティーネ王国国王レオニス四世の執務室。
手にした通信石を握りしめ、レオニス四世が額に汗を垂らす。
「聖母マリアが“英雄召喚”で失った魔力を回復しきれん今、
まさか、このタイミングで三魔将、とはな」
(シドよ、トラジロウよ。急いでくれ)
レオニス四世は窓から見える黒煙を眺めるほか無かったのだった。
王都訓練場はすでに火の海だった。
爆ぜる炎と崩れ落ちる瓦礫の音が、勇者たちの悲鳴をかき消す。
「くっ……もう持たないわッ!」
アンナが聖剣を構え直すも、その刃は折れかけていた。
焦げた風が吹きすさぶ中、黒翼の悪魔――ベルゼが不気味に笑う。
「ククク……もっとだ、もっと俺を愉しませろよ! 人間ども!」
振るわれる大鎌が一閃。地面が裂け、兵士が一瞬で消し飛ぶ。
「聖女マリア様! 早く結界を!」
「……もう限界です。勇者たちの治癒、王都防壁への魔力供給、避難民の保護……
私の“奇跡”は、これ以上分けられません……!」
マリアの周囲には淡い光輪が複数浮かび、王都全域へ光の糸を伸ばしていた。
本来ならばベルゼを祓えるほどの力。
だが、王国全体を支えるため、その“奇跡”は薄く引き延ばされていた。
「マリア様! もう王城の防壁が……!」
「――っ、だめ……ここを外せば、王都が燃えます!」
その瞬間、ベルゼの鎌が振り下ろされる。
勇者パーティの前に絶望が迫る――
「ヒャハハハ! 終わりだ、人間ッ!」
刃が届く瞬間――
轟音とともに、大地が裂けた。
「やめろぉぉぉぉぉッ!!」
割れ目の中心から、砂煙を突き破って一人の男が飛び出す。
焼け焦げた鉄剣を握るその姿――冴木寅二郎。
「……お前が“中ボス”ってやつか?」
「ほう……まだ立ち上がる者がいたか。勇者PTの補欠か?」
「補欠じゃねぇよ。クビだ」
寅二郎が剣を構えた瞬間、空気が一変した。
ただの人間のはずなのに――
ベルゼの殺気を押し返すような、
研ぎ澄まされた“守る意志”だけがそこにあった。
「フン、無謀な人間よ。せめて楽しませろ!」
ベルゼの鎌が閃く。
刃が触れる寸前――
「遅ぇよ」
風が唸り、寅二郎の姿が消えた。
次の瞬間、ベルゼの背後で金属音。
「なっ……!?」
黒い羽が一枚、宙を舞う。
「馬鹿な……この速度……!」
「SPなめんな。ボディガードの基本は――“先に動く”だ」
ベルゼの赤い瞳が細められ、口元が歪む。
「……いいぞ。人間。守るためのその速さ――実に美しい。
名を名乗れ!」
「……冴木寅二郎だ」
「覚えたぞ、トラジロウ。次に会う時――その“守る力”を喰らう!」
ベルゼが翼を広げると、炎が吹き上がり、夜空を切り裂くように飛び去った。
焦げた羽根がひらりと落ちる。
寅二郎は剣を見つめ、息を整えながら思った。
(……銃があれば、違ったかもな)
隣でシドが息を飲む。
マリアもその背を見つめ、静かに胸に手を当てた。
(――私の“奇跡”でも届かなかった敵を、この人は……)
(……これが、“守る力”なのね)
「トラジロウさん……あなた、まさか……」
「ん?」
「いえ。なんでもありません」
風に焦げた羽が舞う中、誰もが言葉を失っていた。
その場に残ったのは、
分けられた奇跡を超える、“ひとりの人間の意志”の光。




