episode7
林檎の里には昔からの伝統で11歳、17歳の子供が衆人の前で戦う戦士の儀というものが存在する、これらは祭り事として豊作を、村の安全を願う儀式でかなり由緒正しい祭事なのだ、しかし時代が進むにつれそれは11歳の子供の自警団への入団テストに変わっていったのだった
「僕の相手がレノ?」
「あぁ、あっちの強い要望でな」
今回の戦士の儀の参加人数は四人、僕と双子、それと里長の孫のレノだ。年行事である戦士の儀の組み合わせは基本的に抽選なのだが強い希望があった時のみそれが優先されることもある
「どうする?別に断ることもできるぞ」
「う〜ん、まぁ良いかな、何を考えてるんか知らないけど別に僕は困らないし」
僕がレノと会ったのはシャルロットがいじめられていた現場で会った時だけだ、あれからどうなって今どんな風になってるのか知らないし興味もないのだがあっちが希望しているのなら良い機会かもしれない、機会があったらシャルロットの分をやり返そうと思ってたから
「そうか、なら先方にもそう伝えておく」
「うん」
ーー
そして満を持しての戦士の儀当日、観衆に囲まれた状態で僕の前にたったレノの姿に驚いた、確か里長のところで教えている剣術は攻撃重視の片手剣だ、それなのに正面に立っている奴は右手にかろうじてギリギリ片手で持てるであろう大きさの盾を持っているのだ
(……?なんか思ってたより……)
僕の中でのこいつの記憶は小さい頃の頭の悪そうな子供で止まってるのだが今目の前に立っているのは記憶の中のいじめっ子ではなく剣士だ、剣士の目をしている
「…恥を知れ……」
「……聖なる儀式に……」
周囲から聞こえる耳障りな声、少し耳を傾けてみるとどうやらレノへの罵倒らしい、何やら神聖な神への捧げ物に盾なんてとか、臆病者がとか、そんな罵倒がほとんどだ
「少しいいか?」
少し不愉快な気持ちになっていると3、4年ぶりくらいにレノの声を聞いた、何かと思って視線を向けてみると真剣な顔つきで話し始めた
「俺が勝ったらシャルロットと少し話をさせてほしい、謝罪、いや償いがしたいんだ」
「……?池にでも落ちたか?」
僕の知っているこいつはシャルの現場で見たのが最新だ、けれどこんな密度の高い集落で住んでいると嫌でも聞こえてくる、横柄だの、無能だの、器じゃないだの、僕もあのクソガキはそんなものだろうと納得したのだが、どうだろう、今の僕の目の前にいる人間は噂話が本当だったのかと疑うレベルで綺麗になっている気がする、しかし、しかしだ
「謝罪…?一番の償いはシャルロットに嫌な気持ちを思い出させないようにどこか遠くの薄暗い洞窟で孤独感と罪悪感を感じながら植物のように孤独死することだと思ってるよ、少なくとも僕はそう思う」
僕は人に迷惑をかけた人間が謝罪という薄っぺらい言葉の羅列を並べるだけで迷惑をかけられた人間が許さないといけないという風潮ができるのが嫌いだ、シャルロットはこいつの話題が出るだけで嫌だろう、こいつの顔を見るのなんてもっといやだろう、けど面と向かって謝られたら多分シャルロットは許してしまうかもしれない、優しいから。けど許さないというのも疲れる、許しても過去のいじめは消えない、だからこいつの最善はいじめの記憶を思い出させないように静かに誰にも悟られずにシャルロットの近くから消えることだ
「……俺に負けるのが怖いのか?」
レノが苦し紛れに搾り出した煽り文句をルカは笑って流す
「はは!!、魚が溺死を怯えて生きてるわけないじゃないか、君は脳みそが足りてないなぁ」
「……ッ!!」
ルカとレノの応酬を遠くから眺めているシャルロット、ミリカに誘われて一緒に座って見ているのだが何を話しているのかさっぱり検討がついていない
「これも美味しいわよ」
「あ、ありがとう、おばさん…」
(大丈夫かな…)
さっきからルカとレノが何かを本人たちしか聞こえない大きさの声で喋っている、もしかしたら自分のせいで因縁があるのかもしれないと心配するシャルロット、けどそんな心配に気づくわけなくルカ達は応酬を続ける
「俺に負けるのが怖いのかと聞いている、お前が勝つのなら話に乗らないわけないだろ、だからお前は怖いんだよ、俺に負ける可能性があるのが」
「……同情するよ、その小さい頭だと理解できなことが多いだろう」
お互いに構える、二人に形だけの審判がルールを復唱して確認する
「互いに刃を潰した模擬刀であるが喉などの急所への攻撃は禁止されている、神の御前であることを忘れずに正々堂々と戦うことを忘れるな、では互いに礼、始め!!」
ーー
この一年近くでレノは実践経験豊富なアレクからひたすらに対夢想刻円流の対策を仕込まれてきた、クドの戦い方をひたすらに研究して、今日、この戦いで勝利を収めるためにひたすらに努力してきていた
“夢想刻円流の初撃は絶対に避けるか止めろ“
これがアレクさんの言っていた最低限、居合術による圧倒的な速度を持つ初撃、これをいなしてルカが正眼に構える、それが本当に最低限のライン。これができないと戦いにすらならないとアレクさんは言っていた
(しかしあらかじめ聞いていてよかった、確かにこれは厄介だ…)
初めてルカの正面に立ったのだがアレクさんが教えてくれていなかったらここで詰んでいた、鞘に納刀した状態で半身に構えるルカ、その独特な構えのせいで刀身…つまりルカの間合いがわからない、間合いがわからない時点で居合斬りを避けることは不可能なのだ
「……盾か、よく考えたね」
ルカが感心したように呟く、レノとアレクが取った対策は盾で初撃を止めるという強引でシンプルな作戦、もちろん盾なんて切ることに特化した夢想刻円流を相手取ったら盾ごと切られるだろう、しかし今は実戦ではなく試合、ルカの手に握られているのは刃を潰された刀だ、本来切ることに特化した刀で無理に盾を破壊しようとすれば刀身が歪み、下手したら折れる
「汚いと思うが今日だけは確実に勝たせてもらう」
「……そこまで、か。しかし良いのかい?そんなに大きな盾で」
「は?」
瞬間、ルカがレノの視界から消えた




