episode68 怒気と橙の権能
「……ん?」
小さな、たまたま刀を振っていたから気づいた小さな違和感、それが家の方からする
推測するにテオドラが基本世界へ帰れる用の門を開けれたのだろう
ここで一週間ほど暮らしていたため少し寂しい気持ちもあるが帰る算段がついた事実にウハウハしながらテオドラに会いにいく
一週間は結構長い
一日三食ご飯を食べるとして単純計算で二十一回も食べたことになる、それだけ食べれば今住んでいる微妙な野営地にも愛着が湧くというものだ
「テオドラー?もしかして帰れちゃっ…た……り………は?」
森を抜けてテオドラの家の周辺のひらけた土地に出る、僕は自分の目を疑った
まず目に入ったのは真っ白の女、服がとかじゃなくて髪や肌が真っ白、唯一目だけが不気味に赤い
次にその不気味な女の隣で何かを加えている白い生き物、どこか生物として異質なそれには足の裏に両生類の粘液がついた時みたいな不愉快さを感じる
そしてその白い生き物が口に咥えている物…気でも狂ったのか僕には人の下半身が見える、もっと正確にいうならテオドラの胴から下だ
そして今それが口から落ちた、いや落ちたというより口に含んでいた部分と今落ちた胴から下が千切れたというべきか、僕の目には見覚えのある下半身しか映っていない
「……テオドラ…?」
目に映る情報はわかる、白い女、白い化け物、胴から下しかない死体
ただ飲み込めない、目に映ってるだけだ、脳が理解を否定している
「あ?精霊騎士かそれに準する者か、…ほう、素晴らしい闘気だ、貴様の記憶も後で頂こう、それまで眠っておけ」
いつの間にか周囲を囲っていた煙が僕を包む
(……ここは?)
煙に囲まれて、気づいたら真っ白な空間にいた、四方八方見渡しても何もない
まるで雲の上のような場所だ
「久しぶりだな、ルカ」
「––ッ!?」
真後ろからの声、即座に居合を放つが済んでのところで止めた
「……父さん?」
「もう十五か、Bランク冒険者になったんだってな?俺は二十の時にようやく慣れたのにやっぱりお前は天才だな、誇りに思うぞ」
目の前に記憶よりも少し歳をとった、けれどまだまだ若々しい父が立っていた
そしてまた煙に包まれたかと思ったら目の前に母が立っていた、こちらもまた記憶の中の母よりも少し歳をとっているが健康に見える
「疲れたでしょう?少し休みなさい、貴方はまだ子供です、他人の命を救うのは素晴らしいことですが貴方には重荷になります、貴方にはそんな些細なことで潰れてほしくないのです」
また煙がルカの周囲を包みミリカが姿を消す、そしてそのかわりに三つの人影が出てくる
「……アンク、ジュジュ、リント」
二年前、一本角の高位竜を倒すためにともに戦った班員たち、こちらはルカの記憶の中と大差無いように見える
「班長…、なんで貴方だけ生きてるんですか?」
「私たちは必死に戦ったのに貴方だけ逃げたんですか?」
「………」
煙が3人の体を包み、また消える
次に煙から出てきたのはロララとミスチーだった
「ルカ!!久しぶりですね、あ!聞いてくださいよ、学生生活楽しいですよ!ルカはどうですか!?黒緋の魔術師の力が必要になった時は遠慮なく頼ってくださいね!」
「久しいな、最近は少し冷えるから夜は気をつけろよ?まぁ気をつけるのはどっちかというと私か、気分が少し良いから占いをしてあげるよ、……君は一度自分の体を気遣った方がいいぞ」
消える、見知った顔が現れる
「ルカじゃないか、また僕をあそこに誘いに来たのか…?最近商会の手伝いが忙しくて厳しいから難しいよ、けど飲みにいくだけならいいよ」
「一人旅はどうだ?寂しいならいつでもパーティーに入れてやるよ!お前との依頼は対人戦が楽だからな」
また消える、そして現れる
「お前は……そうか、そういう…」
「……は?君は誰…––待て!消えるな!」
顔を隠した男がルカの前から姿を消そうとする、ルカは咄嗟に手を伸ばして引き止めようとするが空を切る
体勢を崩して煙が霧散する、そしてそんなルカの目の前に現れたのは綺麗な水色の髪を肩まで伸ばしたとても綺麗な女の子、頭には黒いとんがり帽子をかぶっていて手には炎のような龍玉を使った格の高い杖を持っている
「……シャル?」
「久しぶりだね、ルカ、……四年ぶりだよね、ボクね?先生の所で研究のお手伝いしながら学園に通ってるんだよ、…楽しいよ、みんな先生は厳しいけど学べることはいっぱいあるし学園のみんなも優しい、けど、けどね?……やっぱりルカがいないと寂しいな…、ねぇ?あんなまだ会って一週間しか経ってない無愛想な精霊のことなんか放っておいてさ?ボクと一緒に暮らそうよ?ほら、この手を取って…?」
シャルロットがルカに手のひらを差し出す
「……ねぇ、お願いだよ…、この手さえ取ってくれれば一緒に幸せに暮らせるんだよ…、一生のお願いだよ……」
シャルロットの綺麗な空色の瞳から涙が溢れる、その胸元から紫色のロケットが顔を出す、ルカのものとデザインに使われた色が違うだけでお揃いの、二人が写った写真が入っているロケットペンダント
ルカが手をシャルロットの手を目に映しながら、ゆっくりと動かす
そして触れるか触れないか、ギリギリのところでルカがシャルロットの手を掴もうとした左手を、残していた右手で刀を抜いて切り落とした
「––えッ!?な、何をやってるんだよ!早く傷口を見せて!」
本気で心配する––ように見えるシャルロットを無視して立ち上がる、そしてこんなしょうもない幻覚を見た自分への戒めに腹を刺す
言葉には表せないような激痛が腹から全身に突き抜ける、痛みに耐えようと痛みに耐えようと噛み締めた奥歯が割れる
目の前のシャルロットの偽物が消えて、父と母が現れる、二人とも記憶の中の姿形と一致する
「ルカ、何を迷っているのです、友人を助けるのに理由がいりますか?、貴方は辺境伯三女ミリカと騎士クドの一人息子、泣き言は許されません、……貴方が弱みを見して良いのは母である私の前か、将来の伴侶の前だけです」
「女の子は理由なく救ったほうがいいぞ、だってその方がモテるだろ?」
「あなた…?」
「あ、ごめん……」
そして記憶の中の、一番最後に見たシャルが姿を表す、腰には僕が送った小鴉が差してある
「……暗闇の中にいたボクを救ってくれたのはルカだよ、……また会ったときは、ボクも立派な魔術師になっておくから、君もボクに負けないくらい凄くなっててね?約束だよ?」
差し出された小指に小指を絡めて約束をする
真っ白の空間が割れて、煙のように霧散していく
目の前にはさっきの真っ白の女、真っ白の生き物、そして一緒にシチューを飲んだ相手の死体がある、そして真っ白の女は僕を見て驚いている
「……まさか目を覚ましたのか?」
怒気が、溢れ出る、自分を制御できそうにない、今の僕は自分でもわからないほど頭が熱くて、そして冷たい、自分でも今どういう感情を抱いているか正確に把握できていない
ただはっきりとしているのは、怒りと殺意だ
「………殺す」
僕は静かに刀を抜いた




