episode60 赤と黒
ミリーは心臓を貫かれる自分を鮮明にイメージできた、しかしそんな未来が来ることはなかった
「溶、けた…?」
ミリーの心臓を貫こうと肉に刃が食い込んだ瞬間にどろりと影の複製体が溶けた、何が起きたかはわからないが少なくとも助かったことだけは理解できた
しかしそれが一瞬の延命だったとミリーはすぐに気づく
先ほどまで握りつぶしていた魔導士の首、腕が痺れ感覚がなくなっていた右手
尻から地面に落ちた時に両の掌で受け身を取ってしまったのだ
「……ッ!?––ガハッ!!………ヘケッ!所詮人の枠から超えぬ者、結局寿命がほんの幾分か伸びただけでしたね」
不死身の化け物が息を吹き返す、付けた傷も、折った骨もまるで最初からなかったかのように綺麗さっぱり治り、しかし温厚な口調で必死に取り繕っているが確実にしてやられたことに対して怒りを抱いている、見下していた相手に力で負け、追い詰められ、どす黒い怒りがキューベルの頭を占めている
近くにあった岩を持ち上げる、人の頭よりも一回りの大きい岩、それを大きく持ち上げて必死に立ちあがろうと全身に力を入れ、しかし肘が抜け、地面にうつ伏せるミリーを見下せる位置に立つ
「林檎みたいに頭をすりつぶしてあげますよ」
岩がミリーの頭を目掛けて振り下ろされる、グチュリと気味の悪い音と共にミリーの体が大きく跳ねる
ネチョッと音を立てながら持ち上げられる岩、また振り下ろされる、その度に跳ねる体、何度も、何度も、何度も、体が跳ねる
「そろそろ死にましたか––ッ!?」
一度生きているかどうか確かめようと地面に岩を置いたキューベル、その瞬間あたり一面が凍りつく、空気中の魔素までが凍りつき肺に乾いた冷たい空気を感じる
「不穏な気配を感じて来たら…、これはどういう状況だ?」
「銀翼魔術師団…!厄介ですね…」、
完璧に制御された膨大な魔力が表す魔力操作、一瞬でキューベルの手足を拘束する魔術制御、圧倒的な空間制圧能力
真っ白の軍服に包まれた雪乙女、魔術師団一番隊隊長エア・ロードライクその人だ
「そっちの赤髪は見たことあるな、ここにいると言うことは……そうか」
倒れた赤髪、明らかにやばい雰囲気を纏った男、まだ状況を完全に把握できてはいないがひとまずミリーに延命処置を施しておく
(やらないよりはましか…)
まだ微かだが息をしていることに安堵しつつ目の前の男に集中する、赤髪ほどの実力者が傷ひとつつけれていない、つまり魔導士の可能性がある
(……撤退が最優先、隙を見て…ん?、そうか、そうするか)
一人で勝手に納得したエアが飛行魔術でミリーと一緒に空に上がる、そして手のひらを前に突き出して魔術を展開する
「『氷蓮華』」
圧倒的物量の高速で回転する花を模した拳ほどの氷がキューベルに降り注ぐ
完全に拘束されたキューベルにはなす術は無く、体内に深く刺さった氷蓮華が咲き乱れ血飛沫が舞う
「殺意が高い、全身がボロボロです…」
キューベルは冷静に分析する
さっきのミリーのように不死を対策した攻撃ではない、死にかけはしましたがすぐに回復した上にすでに拘束も解けている
(殺傷能力の高い魔術ですがおそらく視界を遮るのが目的…、逃げるつもりですね?)
正直逃げられたところで何も困ることはないはず、赤髪の剣士ミリーは頭を何度も岩で叩き潰した、確認はできていませんが死んでるでしょう、そして何より当初の目的は“太陽神エリス“と“流星神リリー“の加護を受けた人間の排除、ここで銀翼魔術師団をわざわざ追いかけてまで殺す必要もない
「ロビン、出てきてください、……ロビン?」
(影に隠していたはずのロビンの複製体がいない…?まさか…!)
キューベルは二つミスを犯している
一つはロビンがルカを圧倒すると思っていたこと、しかしロビンの精神状態がまだ安定しておらずルカが比較的簡単に勝てたこと
そしてもう一つ、エアは魔術による目眩しを撤退するための布石に使ったのではなかったこと
「元カノの名前?」
キューベルの頭が真っ白になる、ぬるりッと真後ろに現れた濃厚な死の気配、不死という特性上死ぬと言うことに恐怖を感じないはずなのに死を感じるほどの剣圧に恐怖を感じてしまう
振り向いて貫手を放とうとする、しかしそれよりももっと早くルカの抜刀術が炸裂しキューベルの体が両断される
視界が晴れる、すでに戦場からミリーを逃して帰ってきたエアとすでにボルテージが上がりきっているルカが揃う
「久しいな」
「久しぶり」
短く言葉を交わす、封印石を持っているのはミリーだ
そしてこの場にミリーはいない、ていうか生きているのかすらわからない
覚悟を決めて刀を握る手に力を入れる、しかしそんな僕の覚悟が力を発揮することはなかった、魔導士の男が両手をあげて降参のポーズを取ったのだ
「……は?なんの冗談だ?」
ここまで来て、ここまでしておいてなんでもないように白旗をあげた目の前の不死身の化け物に困惑と罠かと疑う、しかしそんな僕を見て魔導士の男が笑う
「ヘケッ、いえ…、銀翼魔術師団の隊長格と赤龍騎士団の隊長を殺した貴方達を同時に相手したくはありません」
本当になんでもないように、笑顔で続ける魔導士の男
「そもそも今回の件は“赤“の頼みで加護持ちを見分けれる私が動いただけのこと、恩を売っておこうと思ってましたが貴方達を相手するのは割に合わない」
「……赤?」
少しでも情報を聞き出したい、おそらく固有名詞の“赤“、加護持ちを見分けれる、聞き流せないワードが出てきた、もしかしたらこいつを殺す方法が見つかるかもしれない
「あぁ、自己紹介がまだでしたね、私は黒の権能を司る背信者キューベルと申します、どうぞ気軽にキューベルトお呼びください」
何かが欠けた笑顔で名乗るキューベル、隣の隊長さんも反射で名乗り返そうとしたのを手で制す
「では、私はこれで、黒曜族の魔術師に死神のような剣士、また機会があれば会いましょう」
そう言って自分の影に沈んでいったキューベル、ルカとエアは消えていった場所を少し眺め、「…何これ」と呟いたのだった




