episode18
目の前の褐色の少女と眼鏡の少年、記憶の中にこんな顔をした人間はいない、それにこんなに広い空なんて見たことがない
「……ここは?」
「おまッ!先に言うことがあるだろうが!!」
僕のロケットに触れていたから反射で腕を掴んでしまった少年が叫ぶ、勝手に人のものに触れたら怒られると親には習わなかったのだろうか
「ていうか僕は…?」
徐々に記憶が戻ってくる、確か大剣を蔵から出したはずだ、そしてそっから森に行って…
「……?なんで生きてるんだ?」
そうだ、僕は竜の突進を正面から喰らって吹き飛ばされたはずだ、それなのになぜこんなところにいるのかがさっぱりわからない、ていうか本当にここはどこだ、海の上なのはわかるが状況が一切わからない
「確かに不思議だね…?、普通は長時間水に浸かってたら体が冷えて死ぬのに」
「痛ぅッ!?」
腕が痛い、ついでに横腹も痛い、なんなら頭も痛い
激痛を感じる右腕を見ると見たことないほど変色している、横腹の方はは息をするたびに痺れるような痛みが走る
「大丈夫?」
「た、多分…」
大丈夫ではないがあの竜と戦って生きている嬉しさとおそらく死んだであろう班員たちへの申し訳なさで感情がぐちゃぐちゃになっているせいでまだ痛みで思考が飛ぶ方がマシに思える
「神聖魔術の使える人はいる…?」
「魔術…?はは!!そんなのいるわけないよ!漁船なんかに魔術師は乗ってないよ!」
漁船、彼女は確かにそういった、林檎の里の西側の森、準禁域と禁域が存在していて確かにその奥に海は存在している、けれどそこで漁をする人間なんていない、竜などの捕食者から逃れるように禁域付近に食用の魚はいつかないからだ
「……この船の所属と海域の名前は?」
「名前はアンセリー号、所属は中央大陸東岸部に位置する港町アセト、でここはシリア海のちょうど真ん中くらい」
もし、もしだ、僕が気を失う前に見た水面が川だったとしよう、そしてその川が海につながっていて運良く、本当に運良く竜が闊歩する禁域を抜けて流れたとしよう、もしそうなら僕は最低でも半日以上は海で漂流していたことになる
「ひとまず休みなよ、体力削られてるはずだから、話はそれからにしよう」
「……ありがとう、意外と気が利くんだね」
「そうでしょ、……意外と?」
お言葉に甘えて床の上に轢かれた布の寝床でひとまず睡眠を取らせてもらうことにした
ーー
床の冷たさと硬さがわかる簡易ベットだったが最低限の休息を取ることはできた、絶好調とは言えないがそこそこの状態まで体調を戻すせる程には
「ダサいか…?」
殿を務めて、班員の奴らと一緒に竜に挑んで死ぬつもりだった、里のみんなを逃すために、それが責任だと思って、けれど僕は生き残ってしまった、笑えないレベルの怪我をしているが少なくとも僕が真っ先に死ぬべきだったかもしれない
(生きてるってなったら逃げたと思われるか?)
死ぬのが怖くなって逃げた、確かに死ぬのは怖いが全く逃げたつもりもなく、一番槍も飾った、たまたま生き残っただけだ、けどそれを知ってるのは僕と殉死した班員だけだ、側から見たら逃げたと思われてもしょうがない
「まぁいっか、今考えても解決しないし」
考えてもわからないことはわからない、せっかく拾った命だ、ラッキー程度に思っておくのが良いだろう
「さて、どうしようかな」
さっき部屋に来た褐色の少女、名前はイルカというのだが、どうやらこの船はここらへんの海域であと一週間ほど魚を獲った後に中央大陸の方向に引き返すらしい、まぁ当然だ、中央大陸の船だもの、まぁどう言うことかというと移動にかかる日数を合わせて後二週間はこの船に揺られることとなる、つまり最速で自分が生きていることを伝える手紙を送るとしても二週間後になってしまうのだ
「……まぁいっか、あっちも難民みたいなモノだし、しばらくは忙しくてそれどころじゃないでしょ」
それに里での出世コースも無くなったのだ、僕の老後までの人生計画もおじゃんになったことだし中央大陸でしばらく過ごすのも良いかもしれない
「入るよ〜!」
先ほど昼食をとってくると言ったイルカが戻ってきた
「ありがとう」
「……じぃー…」
昼食を受け取って膝の上に置くと何か言いたそうな顔をしたイルカがこちらを見てくる
「どうしたの?」
「いや、じいちゃんが話が本当なら冷水に半日以上浸かってたのに生きてるって、そいつ本当に人間か?って、………人間だよね?海の妖怪とかじゃないよね?」
それでもし僕が妖怪だったらどうするつもりなのだろうか、やっぱり海に還されるのだろうか。しかし僕もそう思う、竜と戦ったのは夜の九時程度、そしてイルカに拾われたのが朝の十時らしいので最低でも13時間は水に流されていたことになる、もしかしたらもう1日経っているのかもしれないが。
気絶した状態で、それも重症なのに、そんな長時間冷水に浸っていて生きているのは実質妖怪みたいなものだ、もしかしたら僕はすでに死んでいて海の魔物になってるのかもしれない
「………」
「…え?なんで無言なの…?」
「イルカってさ、……太陽がすでに火を通してくれてるからすぐに食べれそうだね」
「––ッ!?……多分火は通ってないよ?」
軽く冗談を言う、無駄に手の込んだ、左手で顔を覆って指の隙間から右の紫色の瞳を魔物っぽく見えるようにのぞかせてみる
「……嘘だよね?」
「さぁ?」
はぐらかして食事を取ろうとする、けれど困ったことが起きた
「ごめん、僕なんか怒らせるようなことしたっけ…?」
この二本の棒は多分食器だ、きっとこれで挟んで食べるのだろう、けど問題は昼食、魚だ、魚なのはわかる、けど火は通っていないように見える、いや通っていない、完全に生だ、肉の生食はやばい、僕にはわかる
そしてもう一つ、強い匂いのする液体と緑の薬味らしきもの、そして麦を炊いた?蒸した?ようなもの、こっちは見たことがないものだ、麦ってそのまま食べれる物なのか?
「え、なんで?……あぁ!、お箸を使って刺身を醤油につけて食べるんだよ、そしてそれをおかずにお米を食べる、好きな人は山葵もつけるよ」
優しく食べ方をレクチャーしてくれるイルカ、これがもし演技なら僕は誰も信用できなくなる可能性すらある
(けどなぁ〜、生食はなぁ〜、ちょっとなぁ〜…)
食べ物を分けてもらっているこの状況、そしてそういうの文化があるのに異文化を知ろうとしないと言うのは非常によくないことである、僕は勇気を振り絞る
「あ、ちょ、……これむずいな」
利き手と逆の手で細い二つの棒で挟んで食べ物を挟むという行為が非常に難しい、ていうか左手も右手ほどじゃないが痛いのだ、お箸とやらの操作がおぼつかない
するとそんな僕をもどかしく思ったのかイルカがお箸を奪ってしょうゆをつけて僕の口に突っ込んだ
「––うぐぅ!?……あれ?」
新鮮な魚なんて食べたことなかったが新鮮な魚はこんな味がするのかって感じだ、それにこの醤油っていう調味料も良い、続けて突っ込まれたお米やらも初めて食べる新鮮さがある
「どう?」
「…美味しい、今まで食べたことないで新鮮」
非常に美味しい、里内では食べたことない、別に母さんの料理が美味しくないとかそんなんではないが完全にベクトルが違う料理だ、僕は結構好きかもしれない
「こっちに永住しようかな…」
そう思わせるほどに生の新鮮な魚という魔力は凄まじかった




