episode14
大型の遠征に向かえば当然里は静かになる、まぁ当然だ、単純に人通りが減るのだから、遠征の期間は一週間、何か想定外のことが起きればそれ以上伸びることもあるが基本的に一週間はこの状態が続くと言うことだ、結界の境界線近くの物見櫓で一人静かに風情を感じて時間を潰す、こうやって風景をずっと眺めているのも面白い
面白いと言えばこの結界、外からは認識阻害の影響で里を認識できないようになっているのだが中からだとその効果が働かずちゃんとした風景が見えるようになっているのだ、これが面白い効果で“結界越しに見た景色を一定にする”効果ではなくもっと複雑な“結界内部を背景と同化させる”という術式が刻まれているのだ、この術式のおかげで今僕は景色を眺めて時間をつぶせていると言うことになる、本当にこの結界を作った人には頭が上がらない
「トゥルルル〜ルルル〜」
特産品の林檎ではなくサクランボを味わいながら休日気分を満喫するルカ、里の警備と言ってもほとんどやることはないためこの大型遠征は実質的に一週間の休暇と変わらないと楽しんでいたのだがそんな気分も最悪なまでに下がることとなる。
遠征開始から6日後、緊急事態を表す角笛が吹かれたのだ
「聞こえたよな!?」
「えぇ、確かに聞こえました」
慌ててそばにいた班員に確認するがやっぱり聞こえたらしい、一回で“これより帰還”、二回で“調査を延長”、そして三回で“おおよそ対処できない事態との遭遇”だ、そして確かに角笛は三回吹かれた
何をどうすればいいか焦る、一旦ココアを飲んで落ち着く
「ふぅ〜…、ひとまず住民にはいつでも駐屯所に避難できるように通達するよう見習いに伝えてくれ、僕たちはすぐに援護に向かう……いや違うな」
里のほとんどの戦力を合わせても“対処できない事態”なのだ、今更僕らが援護に向かった所で対処は不可能、無駄に戦力を削るだけになる
「……“レオン、クド・アンサンブルクス両名がなんらかの理由で判断能力を持たない場合、全権限をリノに譲渡し団長代理とする、そしてリノ団員も前者2名と同様の状態であった場合混乱を避けるため血筋の観点からルカ・アンサンブルクスが団長代理を務めることとする”。自警団御定書の内容だ、これに従い僕はこれより一時的に団長代理として指示を出す、……住民にはもしもの時に里からすぐに逃れるように荷物をまとめておくように言ってくれ」
「了解です」
本当にもしもの時に定められていた自警団御定書が今役に立って驚く、本当はこれは僕まで回ってくることはないだろうと父とレオン団長が悪ふざけで僕の名前を書いただけなのだ、実際団長、副団長、副団長補佐が同時に判断能力を持たない状況なんてないからだ、けど今になってあの時の悪ふざけが役に立っている
「馬車はいつでも出せるようにセッティングしておいてくれ、5班は準禁域方面の監視だ」
「わかりました」
今僕ができる最善の指示を出せたのか不安になる、もっといい案があるのではないだろうか、そう考えると心臓がドクドクと波打つ、いっそ目の前の僕より経験が豊富な班員に任せてやろうかと一瞬考えたが僕が冗談でも選ばれたのは父の息子という点から、無駄な混乱を避けるために僕が指示を出し続ける必要がある
「班長!!団員の一部が帰ってきました!!」
「…ッ!すぐ行く!!」
広場に駆け込んできた班員、僕はすぐに駆け出した。向かった先にはおおよそ十人にも満たない、中には四肢の一部が欠損している団員までもがいた、そしてその中には僕の父もいた
「父さん!?」
「あぁ…?…ルカ、か」
比較的軽症の団員に肩を借りている父、強く頭を打ったのか頭から血が流れ出ていて僕とも目が合わない
「……ッ!!……今は休んでください」
「…す、ま……ねぇ…」
怪我がひどい、腕が完全に折れている、触って確認したが肋も折れてる可能性がある、明らか重症だ、すぐに指示を出して重症人を全員本部の駐屯所に運び込ませる、そして比較的軽症で事情が聞けそうな団員を捕まえてわけを問いただす
「お、俺もよくわかってません、…夜集まってご飯を食べる時に、大きな音が聞こえて、で振り向いたら、大きい、見たことない竜が居て、口元に血がべったりついてて、一瞬呆けたら隣のやつが食い殺されて……、全員集まってですけど一瞬で突進で三人くらいが空を飛んで……、で副団長も切り掛かったんですけど、鱗に阻まれて…、そして吹き飛ばされ得て頭から落ちて……、でレオン団長が命懸けで気を引いてくれて…、多分十五人は逃げてたんですけど…いつの間にかこんだけになってて……、俺は本当に命からがらって感じで……」
「わかった、もう休んでくれと言いたい所だがあと一仕事できるか?」
状況は大体わかった、そして今この状況がやばいということもだ
「避難誘導だ、今から住民を一番近くの都市ルントに避難させる、ここから40kmだ、その際君は怪我人を運んでくれ、わかったか?」
「は、はい」
僕はできるだけ自分を大きく見せるように、相手を不安にさせないように団員に声を掛けていく、竜は鼻が効く、聞いた話かなり高位の竜だ、父が敗れるほどの、里の結界も通じない可能性が高い、今すぐ避難させる必要がある
「住民の避難準備を1時間で終わらしてくれ、それが終わったら団員を全員本部に集めてくれ」
「了解です」
ルカは最後の指示を出してからゆっくりと駐屯所の会議室に向かって大きく息を吸って吐く、状況は最悪だ、避難準備が完了するまで1時間だ、たった1時間でで覚悟を決める必要があるのだ




