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春の燕とあなたへ

作者: 藤田朝春

 もう燕の写真なんか見るのはやめなさい。


 そんなことを大人たちは言う。どうして、なんて問うても、なんにも答えてくれやしない。やめなさいと言う割には無理やりやめさせるようなこともしてこないから、私は燕の写真を見続けている。

 


 最近はもうすっかり夏になったみたい。


 セミのうるさい声とエアコンで冷えた空気がアンバランスで、だから私エアコンが昔から嫌いだった。エアコンがずっとついていると体調も悪くなるしね。

 

 ああ、学校でその年に初めてエアコンを使ったら、「臭いね」なんて、みんなで笑ったなあ。懐かしい。




 そうそう、懐かしいと言えば。あなたと初めて会ったのは小学2年生の頃でしたね。出席番号順で、あなたは私の前だった。


川原、幸田って並んでて。


「しあわせださん?」って声かけてきたよね。


「しあわせださん、そのえんぴつかわいいね。いいなあ」


あのとき私は「幸せ」という読み方を知らなくて、あなたの言ってる意味が分からなかったけど、今思うと微笑ましいねえ。


それからずっと一緒にいるようになったね。トイレも、休み時間校庭で遊ぶ時も、図書室に行くときも。


小学校が終わった後に、近くの駄菓子屋さんで駄菓子買ったりさ。中学になってからはちょっとしたご飯食べて行ったり。楽しかったなあ。

いっつもそっちから誘ってくるのに、「お金足りない、ない」とか言って、私が払ってたよね。


恋バナもしたりしたっけか。私は男の子の話にあまり興味がなかったけど、あなたはよく誰々がかっこいいとか、いつ告白しようとか言ってた。でも、そんな何気ない会話が楽しかったし、苦しくもあった。


 透き通った薄い茶色の瞳、規則正しく並んだ白い歯、少し波打った亜麻色の髪。笑った時にできるえくぼとか、我が儘言ったりするところとか、ノートの紙の上でシャーペンを走らせる細い指とか、全部が大好きだったよ。


 中学の時はみんなが私のことを避けても、あなただけが話しかけてくれたね。


 ありがとう。




 私ね、「幸福の王子」が好きなの。とくにツバメが好きだった。知らなかったでしょう。

 

 王子さまは自身のすべてを他人のしあわせのために捧げる。ツバメは王子さまが他人をしあわせにする手伝いをするようになる。

でも、人々はそのしあわせが王子さまのおかげだなんてこれっぽちも気づかない。

王子さまを心から愛するツバメは、王子さまの手伝いをしていたばかりに冬を越せずに死んでしまう。

あげく、王子さまは人々に「もう美しくない、役立たずだ」と溶かされる。割れた鉛の心臓を残して。

 

王子さまは、ほんとうにしあわせだったのかな。


「人々」をしあわせにして自分をしあわせにしようとしたから、ツバメを失くしてしまった。


 


 ねえ、私気づいてたよ。


私の腕時計とか、シャーペンとか、ノートとか。盗んでいたのはあなたでしょう。

でもね、それでもよかった。あなたが使ってくれるなら。


私が他の子のお金を盗んだように見せかけたのはあなたでしょう。

でもね、それでもよかった。そのお金であなたが好きなことができるなら。


水筒の水をぶちまけたのはあなたでしょう。

でもね、それでもよかった。一緒にいられたなら。それで気が済むのなら。


……あなたの「王子さま」になりたかった。人々を幸せにするんじゃない、ただ1羽のツバメをしあわせにしたかった。たしかにあなたは私のことを慕ってくれていると疑わなかった。あなたからの助けなんていらない。私は私のすべてを捧げて、愛されたかった。愛したかった。




ねえ、私が思ってること、知ってたんでしょ。


それなのにあなたは、あなたは、あなたはあなたは、あなたは!


……わたしは、なににもなれなかった。


ツバメになって、きれいな川の葦を見つめているだけにしておけばよかった。誰かのしあわせの犠牲になる前に、冬になる前にあたたかいところへ行けばよかった。


私、もう先が長くないみたい。病気で。

まだこんなに若いのに、とかどうしてあの子が、と両親が言っているのを聞いてしまったけれど、なってしまったものはしょうがないだろうと言い聞かせ続けている。


燕が好きだ。


今年は見られなかったから、今は写真を見ている。来年は燕どころか、春を見られるかもわからない。


ねえ、だから。 私はあなたにお(まじな)いをかけるよ。どんなお呪いかは内緒。

でも、すぐにわかるよ。ああ、いや、もうわかってるよね?


王子さまは、きっとしあわせだったんだね。ツバメと楽園に行けるなら。

私もしあわせだ。


私の割れた鉛の心臓と、死んだ燕を天使が運んで、神さまが温かく迎え入れてくださるように。









初めて小説を書きました。

ここまで読んで下さってありがとうございました。

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