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気弱な強盗とじゃじゃ馬プリンセス

作者: 昼月キオリ

一話 気弱な強盗

この部屋に忍び込むとはこの男、なかなかやるな。

私は今、恐怖よりこの男に対する好奇心の方が勝っていた。

この家の警備は厳重。それなのに誰にも気付かれずに私の部屋に侵入している。

特に私はこの家のプリンセスと言われるほどの箱入り娘。

まぁ、娘のあまりのじゃじゃ馬さ故に「プリンセスのようになって欲しい」という父の願いでそう呼ばれるようになったに過ぎないのだが。

当の本人はそんなことお構いなしの振る舞いばかりをしていた。

社交パーティーに行けば好みのタイプの男性を誘惑したり、監視の目をすり抜けて外に出たかと思えばドレスの裾を引き裂いて木の上によじ登ったり。

チョコレートフォンデュを食べようものなら大口を開けて食べるから口の周りにべたべたと付く。

そして大声で笑う。

そんなマリリンでもナイフを向けられれば当然ながら恐怖を感じるはずだ。

しかし、彼女は今、それ以上に彼に対する興味があった。

それに加えて彼が自分を本気で殺そうとしているようには見えなかった。

彼の目の中の光が不安気に揺らいでいたからだ。

背は170後半くらい。ガタイの良い筋肉質な体。

褐色肌に銀色の目。髪は黒。ターバンを巻いていて顔はよく見えない。

歳は21か22と言ったところだろう。かなり若い。

おそらく私より2、3個歳下だろう。


タージ「金目のものを出せ!さもないと刺すぞ!」

マリリン「そんなことよりお前、どこから入ってきた?」

タージ「裏口から一番警備の薄い場所から木を登ってだ」

マリリン「ほう、なかなかやるな」

タージ「何を悠長なことを言ってるんだ!ナイフを向けられているのが分からないのか?」

マリリン「だったらさっさと刺せばいいだろう」

タージ「な・・・」

マリリン「どうした、手が震えているぞ?さてはお前、人を殺したことがないな?」

タージ「ギクッ・・・」

あっさり見破られてしまった‼︎頑張って去勢を張っていたのに!

タージ「その通りだ、俺は人を殺した事がない」

開き直り‼︎

マリリン「しかし、お前の侵入力は大したものだ」

なに侵入力って!!

マリリン「おいお前、私を殺す気がないのなら私を拉致しろ」

!?

タージ「な?え?何でそんなことを・・・?こんな良い暮らしなのに??」

マリリン「ここには自由がない、ただそれだけだ」

タージ「自由・・・」

マリリン「毎日この部屋で過ごし、行きたくもない社交パーティーに行って品定めされて、時期に好きでもない男と結婚させられる、それならば森の中で鹿やうさぎと駆けっこをした方がまだマシだ」

あ、この人ヤバい。普通にヤバい。

だって俺だったら好きじゃなくても平和な世界で生きられるならそれでいいし。

社交パーティーが大変だろーが品定めされる目があろーが不自由なく暮らせた方がいい。

マリリン「私を連れ出したら後はお前の好きにしていい」

タージ「え?ほ、本気で言ってるの?」

これは普通にラッキーなんじゃ?肩まで伸びた金色の髪は綺麗に巻かれている。

青い目。華奢な体。背はヒールを脱いだら150cmほどしかなさそう。

ちょっと歳上でなかなかの美人だし。性格はヤバそうだけど。

マリリン「女に二言はない」

マリリンは腕を組んで言い放った。

タージ「いや、それ男の台詞・・・」

男前過ぎるプリンセスだ・・・。

マリリン「どうした?私を殺すのか、拉致するのか」

タージ「ら、拉致します・・・」

マリリン「よし」

何故だろう、何故かこの人に逆らえる気がしない‼︎




二話 じゃじゃ馬プリンセス

なんやかんやとしているうちに森で暮らす事になってしまった。

今二人がいるのは豪邸の近くにある森の中だ。

マリリン「ここは空気がうまいな」

何でこうなった・・・。

タージ「あのー」

マリリン「なんだ?」

タージ「あなたがいなくなって今頃大騒ぎになってるんじゃないんですか?」

強盗はすっかり塩らしく、というより本来の性格に戻り、何故かマリリンに対して敬語になっている。

マリリン「大丈夫だ、手紙を書いて机の上に置いて来た」

タージ「手紙書けばいいってもんじゃない気がするんですけど・・・」

マリリン「細かいことは気にするな」

腰に手を当てながらマリリンが言う。

タージ「は、はぁ・・・」

呆れ顔でタージが言う。

ま、まぁ、俺が誘拐しなくてもこの人ならいつか自力であの家から逃亡する気がするよね。

タージ「それで、あなたは俺の好きにしていいんですよね?」

マリリン「ああ」

タージはドキドキしながらマリリンに近寄った。

わっ、まつ毛長い。髪サラサラ。やっぱり美人だ。

タージは腰に手を回そうとした、のだが。

マリリン「あ!!」

いきなりマリリンが大きな声を出して顔を上げた為、タージの顎に直撃する。

タージ「いったーい!!何で!好きにしていいって言ったじゃないですか!」

タージが両手で顎を押さえながら抗議する。

マリリン「好きにしていいとは言ったが思い通りになるとは言ってない」

タージ「屁理屈だそんなの!」

マリリンは何を思ったのか靴を脱ぎ始め、近くに落ちていた長い木の棒を手に持ち、木に巻き付いているツルを引き剥がして取り付けた。

いつの間にかドレスを腕まくりしている。

タージ「な、何して・・・ま、まさか靴を武器にする気なんですか?」

マリリン「ああ、この森ではヒールなど必要ないからな、はー・・・窮屈だった、やっと自由になれた」

ヒールを槍に変えたり、ドレスを腕まくりしたり、

とても高貴なお姫様には見えない。

本当にあの豪邸の娘なのかさえ疑わしい。

ガサッ!!

草むらから何かが動いた音がし、タージは反射的にビクッと体を震わせた。

タージ「ひ!?」

マリリン「落ち着け、ただのうさぎだ」

タージ「な、なんだうさぎか・・・てゆーか何であなたはそんなに落ち着いてるんですか!」

マリリン「何度か家を抜け出して森に入った事があるんだ、その時は一人で狩りをしていた」

タージ「え!?」

とんでもないじゃじゃ馬プリンセスだ。

マリリン「ん?ちょうどいい、あのうさぎを捕まえて食料にするか・・・いや、こっちの方がいいな」

熊「ぐおぉー!!」

突如、マリリンの目線の先、俺の背後から雄叫びが聞こえた。

タージ「え?う、うわ!!熊!?」

その時、マリリンがタージにヒールと木で作った槍を投げ、見事にキャッチ。

タージ「わったたっと!え?え?」

一瞬、何が起きたのか分からずタージはしどろもどろになる。

マリリン「闘ってみろ」

マリリンは顎で熊を指した。

タージ「いや、いむりむりむり!!」

タージは首を左右にブンブンっと首がもげるかと思うくらいに振った。

マリリン「いいからやれ!」

タージ「いたいっ!」

マリリンにケツを素足で蹴られて前に出る。

その隙に熊が攻撃を仕掛けてくる。

熊「ぐおぉー!!」

タージ「うわぁ!!」

反射的に熊の攻撃を避けたタージだったが熊がもう一度攻撃を仕掛けてくる際、思わず目をつむってしまう。

ドスっ!!

ほんの一瞬。鈍い音がした。

ばたっ・・・。

タージは熊の攻撃が届く前に槍を突き出ししていた。

その槍が見事に命中。熊は一瞬で絶命した。

マリリン「やるじゃないか」

タージ「はぁはぁ、え?あ、あれ?俺、いつの間に・・・」

マリリン「やはりお前は身体能力が相当高いようだな

自分では気付いていないようだが」

タージ「俺、無我夢中で・・・」

マリリン「無我夢中だろうがなんだろうが倒せたのは事実だ

お前はもっと自信を持て」

タージ「ありがとうございます、って!そんなことより酷いじゃないですか!いきなりお尻蹴り飛ばして熊と戦わせるなんて!」

マリリン「でも、大丈夫だっただろう」

タージ「いや、それはそうですけど!!あとちょっとで俺死ぬところだったん」

マリリン「ぐぅ〜、それより腹が減った、ちょうどこのいい、熊を焼いて食べよう」

うわぁ、この人全然俺の話聞いてくれない!!

タージ「何かプリンセスって言うよりゴジラみたい」(ぼそっ)

マリリン「何か言ったか?」

タージ「い、いえ、何でもありません・・・」

何でか分からないけどこの人に逆らえない・・・。

背丈も体格も力も俺の方があるのに。

そう言えば見た目は全然違うけど亡くなった姉に少し似てるような・・・。

姉は気が強く、行動力がある人だった。

ここまで自己中ではなかったけど。

タージ「あのー、マリリンさんっていくつなんですか?」

マリリン「ん?24だ」

タージ「歳上だったんですか・・・」

マリリン「何だ意外そうだな」

タージ「いや、だって行動力が凄いから」

ついでに言葉遣いと態度も。

マリリン「行動力ならお前だってあるだろう、身体能力があるとはいえ、あの家に侵入したのだから」

タージ「いや、強盗は行動力とは言えないんじゃ・・・」

マリリン「生きる為にそうしたのだろう?お前は元々、強盗をするようなタイプにも見えないし、よほどの事情があったんじゃないのか?」

タージ「それは・・・」

水害で家族も家も流され、誰も頼れる人がいなかった。

だから被害がなかった近くの街の豪邸を狙った。

生きる為に。

マリリン「まぁ、理由を聞いたところで犯罪は犯罪だ、これに凝りて二度としない事だな」

タージ「でも、このままじゃ生きていけないですよ、家も食料も衣服もなしに」

マリリン「その事なんだが一つ考えがある」

マリリンはそう言うと口角を上げた。

嫌な予感しかしない。

マリリン「計画を実行する前に名前だけは知っておいた方がいいだろう、私はマージュ・マリリンだ」

タージ「お、俺はベル・タージです」

マリリン「タージか!良い名前だな!」

マリリンは豪快に笑う。

タージ「そ、それはどうも・・・」

タージはもはや台風の渦中にいるような気分だった。



 

三話 ボディーガード

マリリンが家出をしてから二週間後。

突然戻って来たかと思えば訳の分からない男を連れて帰って来た。

二人とも服もボロボロな状態だ。

あげくの果てに「私、この人とお付き合いしていますわ」

と言い出した。

そんなマリリンに対しセレンは激怒するも、目の前でナイフを自分の胸に当てる姿を見て慌て始めた。

マリリンを引っ叩く気満々だったセレンは娘のとんでもない行動に度肝を抜かれ、その気はなくなりすっかり小さくなってしまっている。

マリリン「お父様どうします?タージとの交際を認めるか認めないか」

話し方は多少マシになってるけどマリリンさん。

何であなたはそんなに偉そうなんですか・・・。

タージは完全に呆れ返っている。

とは言え口答えなんかして「こいつは強盗だ」なんてバラされたら困るし・・・。

マージュ・セレン(父)「ぐぬぬ・・・」

マージュ・ビオラ(母)「あなた、こうなったら仕方ないわ、マリリンのあの目は本気よ、目の前で死なれたら元も子もないじゃない」

セレン「そうだけど・・・なんか楽しそうだなビオラ」

ビオラ「あら、そう見えるかしら?」

セレン「ああ・・・それでタージさんは仕事は何を?」

タージ「見ての通り今は無職です」

セレン「な、無職の相手を認めろと言うのか?」

当然の反応だ。娘が連れて来た相手が無職だと聞かされれば誰だって反対するだろう。

タージ「今すぐに認めてくれとは言いません、

ただ俺はこの間の水害事故で家族全員を失いました、それまではカフェで働いていましたが・・・」

セレン「な、あの水害でか?」

タージ「はい」

ビオラ「まぁ、そうだったの・・・可哀想に・・」

マリリン「やはりそうだったのか」

タージ「マリリンさん気付いていたんですか?」

マリリン「まぁな」

そうか、マリリンさんは気付いていたのにあえて聞かないでいてくれたのか。

タージ「それで、俺をこの家のボディーガードとして雇って欲しいんです、俺に仕事を与えて下さい」

セレン「な・・・ほ、本気か?」

タージ「はい」

マリリン「お父様、この人なら戦闘力には問題ありませんわ」

ビオラ「あなた、いいじゃない、ちょっと気弱そうだけど

彼ハンサムだしガタイもいいし」

セレン「そ、そうか、まぁお前がそう言うなら・・・」

ビオラ「娘をよろしくねタージさん」

タージ「はい」

セレン「あー、えー、マリリン今日はもう部屋に戻りなさい、タージさん、あなたの部屋もすぐに用意させますから」

タージ「ありがとうございます」

ビオラ「セレン、後は私が何とかしますから部屋でゆっくりお休みになって」

セレン「ああ、ありがとう、マリリン、父さんはもう部屋で休む、はぁ頭が痛い・・・」

マリリン「ええ、おやすみなさいお父様」

父親のセレンはよたよたと自室へ戻っていった。

ビオラ「あなた・・・」

母親のビオラはセレンが見えなくなったのを見届けると。

ビオラ「タージさん、部屋の準備ができるまで二人でゆっくりしてらして」

タージ「え、い、いいんですか?」

ビオラ「セレンは今日は帰ってもらうつもりだったんでしょうけど、せっかく恋人と一緒にいるんですもの、マリリンもそれでいいわよね?」

マリリン「ええ、構いませんわ」

何で母親はこんな楽しそうなんだ?娘が家出した上にこんな何処の馬の骨かも分からない男を連れて来たというのに。

最初は両親を不憫に思っていたけどそんな気はさらさら失せていた。

どうやら変なのは娘だけじゃないらしい。

まさにこの親にしてこの子ありって感じだ。

ビオラ「その前に二人ともシャワーを浴びてらしたら?タージさんも気にせず使ってちょうだいね」

マリリン「分かったわお母様」

タージ「ありがとうございます」

話がどんどん進んでいく。

なんだか俺まで頭痛くなってきた。

こうしてタージはこの豪邸のボディーガードとして働くこととなった。


マリリンの部屋。

マリリン「ふん、ふふん」

自分の思い通りに事が運んだのが嬉しいのか彼女は上機嫌で鼻歌を歌っている。

タージ「あのー」

マリリン「何だ?セックスならしないぞ」

タージ「違いますよ!!」

マリリン「何だこれくらいで顔を赤らめて、さてはお前初めてか?」

タージ「え!?そ、それは・・・初めてですけど・・ごにょごにょ・・というかそれはあなただって同じでしょう!箱入り娘なんですよね?」

マリリン「私が社交パーティーで黙って相槌だけ打っていたとでも思うのか?」

マリリンが片眉を上げて見せた。

完全にマリリンのペースになっている。

タージ「な、なな・・・」

マリリン「フッ、からかいがいのある奴だ」

タージ「か、からかったんですか!?」

マリリン「まぁ、私が初めてかどうかはお前の想像に任せるがな」

タージ「いや、あなたが初めてかどうかはいいんですよ、それより本気なんですか?」

マリリン「何がだ?」

タージ「お金が貯まるまでここで俺がボディーガードとして働いてその後世界を旅して回るって」

マリリン「ああ」

タージ「付き合ってるなんて嘘まで付いて、その後はまた家出じゃないですか」

マリリン「いや、今度は家出にはならない、その時はちゃんと話し合って説得するさ」

タージ「ほ、本当ですか?」

タージはじと〜っとマリリンを見る。

マリリン「何だ、私の言葉が信じられないのか?可愛いくない奴だな」

タージ「いや、そういうわけでは・・・」

マリリン「お前は細かいことをぐちぐち考え過ぎなんだ」

タージ「あなたが考えなさ過ぎなんですよ!」

マリリン「両親は私が一人で外に出るのが怖いだけだ、

これでも一応女だからな、だから、タージのボディーガードとしての実力が認められれば二人も安心して見送れるはずだ」

タージ「俺にボディーガードが務まるとは思えないんですけど・・・」

マリリン「いや、お前ならできる、私はお前を信じている」

タージ「え」(キュン)

いやいや、なんだキュンって!俺!

タージ「いやいや、そもそも俺と世界を旅することに抵抗ないんですか?好きでもない男と二人っきりなんですよ?」

マリリン「構わない」

相変わらずきっぱり言うなこの人。

そこまできっぱり言われるともう何も言い返せない。

タージ「そ、そうなんですか・・・」

マリリン「お前は」

タージ「え?」

マリリン「タージは私と一緒なのは嫌か?」

初めて名前を呼ばれた。それに初めて見る目だ。

真っ直ぐに見つめてくる瞳に威圧感は無い。

まるで懇願するような・・・。俺は嫌だと言えなかった。

タージ「・・・嫌じゃないです」

マリリン「そうか」

マリリンが柔らかく笑う。

タージ「!」(ドキッ)

いやだからドキッてなんだドキッて!

マリリン「どうかしたか?」

タージ「い、いえ、何でもありません」

マリリン「フッ、おかしな奴だな」

タージ「あなたに言われたくありません」




四話 世界へ

タージのボディーガードによるお金が貯まった頃。

マリリン「私、この人と世界を旅して来ます」

例の如く両親は言いくるめられ、あれよあれよという間に二人は世界へと旅立ってしまった。

セレン「まさに台風のような娘だな・・・」

ビオラ「あなた」

セレン「ん?」

ビオラ「私たちもこれから世界一周旅行に行きません?」

セレン「え?・・・」

ビオラ「あの二人を見てたら私も旅をしたくなってしまったのよ、仕事なんて後回しにしちゃって三ヶ月間休みを取ってぱーっと遊んじゃいましょうよ!」

自由な娘を見てビオラも感化されたらしい。

目がこの上なく輝いている。

というより昔のビオラが戻ってきたとでも言うのか。

セレン「そうだな、三か月くらいどうとでもなるか」

台風のような娘とビオラにセレンは困り果ててはいたものの、どこか楽しそうだったと言う。

会社の立場から離れ、妻と旅をする開放感が心地よかったのかもしれない。

ほどなくしてビオラからマリリン宛に父親と世界一周旅行に出たと手紙が送られて来た。

その手紙の内容をマリリンが読み上げ、タージは側で聞いていた。

セレンを気の毒に思うタージだったが、マリリンから二人が熱愛の末に結婚したと聞かされた時は驚きのあまり椅子から転げ落ちた。

ビオラから熱烈なアプローチをし、セレンがその熱意に負け、今では立場が逆転し尻に敷かれているらしい。

その話を聞いて自分は気を付けなければとタージは思った。

しかし、世界を旅して周り、一緒に暮らすうちに最初に好きになってしまったのはマリリンではなくタージの方だったのだが、それはもう少し先のお話。




五話 二人の距離

半年後。

この日、雪が降っていた。

今日の旅が終わり、小さな宿に二人泊まる。

今、俺の目の前でマリリンさんがソファに横になったまま寝息を立てている。

タージ「もう、冬場にそんな場所で寝たら風邪引きますよ」

そう言ってタージはマリリンに毛布を掛けようとした。

マリリンが身じろぐ。

マリリン「う、ん」

タージはその寝顔をしばしの間眺めていた。すると・・・。

マリリン「タージ・・・」

タージ「ドキッ・・・ま、マリリンさん?」

マリリン「すぅ・・・」

タージ「なんだ、寝言か・・・」

こうやって寝顔だけ見てると普通の女の子なんだけどなぁ・・・。

タージが手を伸ばし、マリリンの髪に触れようとした時だった。

ガシッ。

突然、寝ていたはずのマリリンに腕を掴まれた。

タージ「わ!?」

マリリン「私の寝込みを襲おうとはいい度胸だな?」

タージ「べ、別に襲おうとしたわけじゃないですよ!」

マリリン「ほう?ならこの手はなんだ?」

タージ「う・・・これはその、寝顔が綺麗でつい・・ごめんなさい・・」

マリリン「・・・そうか」

あれ?もっと怒られるかと思ったけど・・・。

タージ「ん?マリリンさん何だか顔が赤くなって・・・」

マリリン「気のせいだろう」

あ、これはもしや照れている?

タージ「ふふ」

マリリン「何がおかしい」

むすっとしながらマリリンが聞く。

タージ「ごめんなさい、何だか意外で」

マリリン「意外?」

タージ「はい、だって、マリリンさんっていつも堂々としてて隙がないっていうか、だから恥ずかしがる一面もあるんだなって思ったら意外だなって思ったんです」

マリリン「・・・」

マリリンは無言のままタージの左頬をふにっと軽く引っ張った。

タージ「な、なにするんでふか」

マリリン「タージのくせに生意気だぞ」

そう言ってすぐに左頬から手を離した後、マリリンはタージの頭をぐしゃぐしゃっと撫でる。

タージ「わわ!?」

マリリン「全く、タージは本当に仕方のない奴だな」

タージ「!」


"もう、タージはほんと仕方ないんだから"

 

姉さん・・・。

マリリン「ぎょっ・・お、おい、どうした?何故泣く」

タージ「すみません、姉を思い出してしまって・・・」

マリリン「水害事故で亡くなったと言っていた家族のことか」

タージ「はい、兄弟は姉ただ一人だけでしたから、

マリリンさんが姉と似たようなことを言ったのでつい思い出してしまったんです」

マリリン「そうか」

タージ「はっ、すみません、勝手に姉と重ねられても困りますよね」

マリリン「いや、それは構わんのだが・・・なぁタージ」

タージ「は、はい、何ですか?」

マリリン「私はお前の姉にはなれない、

しかし、私はお前を家族のように思っているんだ」

タージ「え・・・」

マリリン「出会い方は少々変わっていたがな、

今ではお前がいる場所は私の大事な居場所だと思うようになった、

タージといると楽しい」

意外だ。マリリンさんがそんな風に俺のことを思っていてくれてたなんて。

俺のこと大事に思ってくれているんだ。

タージ「ありがとうございます・・・僕もマリリンさんといると楽しいですよ、大変なことは多いですけど」

マリリン「一言余計だ」

またもマリリンがタージの左頬をふにっと引っ張る。

タージ「なにふるんですか」

マリリンが片眉を上げた。

マリリン「まぁ、もう少しタージが大人になったらさっきの続きをしてやらんこともない」

タージ「ふえ!?さっきのつつき?」

マリリン「ああ、タージが手を伸ばしたその先だ」

タージ「ほんとれふか!?」

マリリン「私の気が向いたらな」

マリリンはようやくタージの左頬から手を退けた。

タージは痛くはないが何となく左頬をさすっている動作をする。

タージ「マリリンさん」

マリリン「何だ?」

タージ「気が向いたら明日、雪だるま作りましょう」

マリリン「ああ、気が向いたらな」


次の日。二人は宿の近くの公園に行き、雪だるまをそれぞれ作った。

タージが作った小さく可愛らしい雪だるまとマリリンが作った大きくて豪快な雪だるま。

並んだ雪だるまを眺めるタージとマリリンは無邪気な子どものように目を輝かせていた。


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