第5段「オフ会」
月日はあっという間に過ぎ去り、オフ会当日。
さて、そんなわけでやってきましたオフ会会場、その最寄り駅。
交通費はというと、親に土下座して支給してもらった。
参加するメンバーたちは身銭を切っているらしいのに、僕だけ良い身分である。
それより、すでにふらんは待ち合わせ場所にいるとのこと。
vtuberが現実世界に両の足を地につけて立っているという事実に、僕は浮き立つ気持ちが胸にみなぎった。
だが、夢はここまででいい。
おっさんだと思ってたやつが美少女でした! みたいなテンプレ展開はいらないから、ほんとに後生だから、この恋心をを覚ましてほしい。
あんなクソスレ建てまくってるネラーが、INしたらほぼ居る重度のネトゲーマーが、美少女なはずがない!
そのはずだ。
だというのに、この胸騒ぎはなんだ?
どちらにせよ、最終的な目的は決まっている。
奴の殺害だ。
◆
待ち合わせ場所は、駅すぐ近くの広場。
その広場の、鐘が鈴生りになった特徴的な時計である。
「「!」」
僕が時計に向かっていると、その下にいる若い女性と目が合った。
彼女は歩み寄ってきて、僕にこう話しかけた。
「あ……あの……モケモケさんですか……?」
事前に僕の特徴を伝えてあったからだろう。
リアルで聞くと思わず吹き出しそうになるそれは、僕のハンドルネームである。
「えっ……はい……」
その女性のすがたを見て、思わず僕が固まっていると、彼女はうやうやしくおじぎをした。
「あ……こんにちは……はじめまして……
わたしがふらんです……きょうはよろしくお願いします……」
美人というほど華はない。
だが、ぎこちない笑顔をうかべる素朴で無垢な印象を与える容姿は、僕みたいな童貞にめちゃくちゃモテそうだと思った。
黒ロングヘア、童貞を殺す服、などといった特徴から狙ってるんじゃないかと思うほどである。
総合すると、芋かわいい。
ぶっちゃけた話、僕の好みのドンピシャだよ、糞!
なんでこんなところで非現実的なんだよ!
どうして!
「よー、ふらん」
そんな風に僕が狼狽していたら、男の声がした。
「あ……おまえー!」
ふらんの声が高くなった。
明らかに。
待ち焦がれていた誰かの到来に、思わず声が上ずったのだろう。
顔に浮かんでいるのは、当然のように満面の笑み。
僕は苛立ち混じりにそちらに振り返った。
そこに居たのは、僕の知らない男だ。
そして、おそらくは彼がふらんの婚約者、ジャコブローなのだろう。
身長は高い。
精悍な顔つきに、ツーブロックヘア。
少々華やかだが、誠実さが伝わってくる、そんな男だ。
間違いなくモテる。
総合して、イケメンだ。
僕とは違う。
「えーと、そっちは、だれだ、会ったことないな」
「モケモケです……」
不機嫌さを隠しもしないような態度になったと思う。
正直な話、体裁を繕うことすらお前のような奴にはもったいない。
だが、しかし。
僕はそんな風に不誠実に振る舞ったことを、さっそく後悔することになった。
「あーあいつな、ふらんからいつも聞いてるわ、いつもこいつと仲良くしてくれてありがとな!」
そいつは、少年のような笑顔で僕に手を差し出した。
まるで僕の態度などまったく気に留めた様子のないように。
「えっ……はい……」
なんだ、これは……?
拍子抜けだった。
僕はふらんと毎日深夜まで通話をしている。
だから、彼氏様から嫌味の1つや2つ、あるいは何らかのマウントを取られたりするだろう、そんな風に覚悟をしていたのだが。
どうやらそんな卑しい発想に至る僕が卑小なだけだったらしい。
すでに格が違う。
ぎり、と奥歯が嫌な音を立てた。
僕はきょうこいつを殺す。
覚悟にはやや迷いはあったが、会ってみて堅固なものになった
奴を殺して僕も死ぬ。
絶対にだ。
だがまあ、きょうは最後までじっくりふらんと一日を過ごそう。
殺すのはそれからだ。
最後の晩餐ってやつだ。
オフ会のメンバーはこの3人だけらしい。
他にも来る予定の人は居たらしいがキャンセルになったとかなんとか。
まあ、そんな感じであいさつはささっと済ませて、僕らは移動を開始した。
◆
はい。
キノコストーリー20周年記念ミュージアムの会場のある百貨店についた。
末期ゲーと囁かれている割には、そこそこ盛況らしい。
会場のフロア前の階段から行列ができていた。
行列が進んで、会場のフロアに入ると、ピアノの音楽が流れてきた。
僕の知らない曲だ。
しかし、彼らはそうでもないらしい。
「おお、この音楽……!」
「……?」
ふらんの表情がぱっと明るくなった。
その理由が僕にはわからない。
「初代のログイン画面のBGMリミックスやな」
ジャコブローの言葉に、ふらんは我が意を得たりとでも言うかのように「そうそう!」と満面の笑みで答えた。
「懐かしいね、あのときおれちゃん小学生だったわ」
笑い合うふたりとの間に、埋まらない溝が見えた。
ふらんの笑みを見ていると、それこそあるべき人があるべき場所にいると、そんな風にも思われ、僕がこの場に居ることがどれだけ分不相応なのかを語らずして思い知らされる。
通路を進むと、壁にはゲームのフィールドやダンジョンを再現した大きなパネルが並べられていた。
歴代のキービジュアルや、初期のコンセプトアートや開発中のスクリーンショットが飾られており、ゲームの歴史が一目でわかるようになっている。
「あ、船だ、懐かしいな」
ふらんが指さしたのは、大きな船のイラストだ。
厳密には飛行船である。
「そういえば大陸移動中だったよね、ジャコと出会ったの」
「そうだっけ? よく覚えてんな」
大陸移動。
かつてキノストでは、離れたエリアに行くためには15~30分ほどの時間かけて船で移動する必要があったのだとか。
その間、船の中で知らない人と会話をしたりミニゲームをしたりして暇をつぶしたのだとか。
僕が本格的にキノストをはじめた頃には、移動が便利になり、ほぼ使われなくなっていた。
「うん、船にモンスターが襲ってきて、そいつからお前をおれちゃんが助けたんだぞ」
「あー思い出した、お前あの時から廃人だったよな」
「ふふふ、あの頃はよかったな」
思わず殴りかかりそうになるのを必死に抑える。
ふたりのやたら高い笑い声が、どれだけ僕の知らない世界で繋がっているのかを容赦なく思い知らされる。
横並びの二人に僕はついて行っているだけ。
ただ一言も話さずにだ。
まるでストーカーでもしているかのような引け目、隔意、疎外感。
まるで僕だけ別の部屋に居るかのようだ。
結局、僕はこの程度に話題にもついていけないようなにわかなのだ。
「あ、今が悪いわけじゃないけどね」
ふらんのそれは、明らかに話についていけない僕に気を使ったものだ。
それは僕の神経を逆撫でするものでしか無い。
何て惨め。
何て無様。
今すぐここに巨大隕石が衝突してほしい。
みんなめちゃくちゃになっちまえばいいのに。
……一通り巡り終えた。
結局、その後も僕はほとんど会話についていけなかった。
ふたりは昔のキノストのことばかり話していて、それを知らない僕はほぼ無言だった。
要するに、ふたりは古参オタク、僕は新参ニワカ、そういうことだ。
最低な気分だ。
いや、殺人鬼としてならば、最高の気分だ。
◆
僕らは駅のホームに来ていた。
ジャコブローが、隠れた名ラーメン店に連れて行ってくれるのだという。
それで、僕らは移動中というわけだ。
ふたりは相変わらず僕を置き去りにして昔のキノストの話で盛り上がっている。
僕は一人。
スマホで適当なニュースを見ているが、苛立ちで内容はまったく入ってこない。
何て無様。
ふと、少女が歩いていたのが目に入った。
年は中学生くらいだろうか。
線路に向かっている。
しかし、どこか様子がおかしい。
その少女の瞳には生気がなく、歩き方もどこかふらふらとしていた。
自殺、と判断。
早期にそれがわかっていながら、僕はなにもせず、じっと彼女の様子を追っていた。
手の届くくらい直ぐそばを通り過ぎていっても、僕は何もせず、ただ見るだけだった。
まるで見物するように。
そのまま彼女は線路に向かっていき、ホームから落下した。
──その直前。
大きな影がすっ飛んできた。
ジャコブローだ。
すんでのところで彼は少女のえり首を掴み、引っ張り、彼女を強く抱きよせた。
遅れて、列車が轟音を上げて走り去る。
静まり返ったホームにて。
奴に抱かれた少女は、顔をくしゃくしゃにして泣き出した。
◆
少女が落ち着きを取り戻すと、現場に駆けつけきた駅員や警官に引き渡された。
ジャコブローも同行するのかと思いきや、憤り混じりの早歩きでこちらににじりよってきた。
そして、勢いよく僕のえり首を掴み取る。
「どうして止めなかった?」
絞り出すような声で、ジャコブロは僕をそう問い詰めた。
見られていたらしい。
「……自殺なんてものは、人生の敗者がするものだ」
「なんだって?」
気が立っていたせいだろう。
口に出せば人として終わりだとわかっていながら、言ってしまった。
この際だから、すべて言ってやる。
「そして、彼らが敗者になったのは、努力が足りなかったからだ」
努力。
それは僕の人生で最も不足しているものだ。
努力すれば必ず成功するとは思わないが、努力していれば僕はここまでの失敗はしなかっただろう。
「要するに、この世のすべては自己責任、そうだろ?」
自己責任。
不平があるなら自分を責めろ。
ひとりで勝手に死ね。
それが社会の常識である。
ジャコブローは一度深呼吸をし、感情を押し殺すようにして、穏やかに言った。
「いいかよく聞け、人はお互い助け合って生きているんだ」
黙れ、と思う。
「お前も親に助けられているからニートができているんだし、ここまでの旅費も払ってもらったんだろ。俺があの子を助けたのもそれと同じことだ」
黙れ、と思う。
「勝ち組とか負け組とか、そんなネットに染まった考え方は捨てろ」
黙れ黙れ黙れ黙れ。
お前なんか何も僕の役に立たないくせに。
この世から消えろ。
ポケットに忍ばせた折り畳みナイフを手に握る。
────しかし。
「はい、そこまでにしてくださいね」と、警官が僕らの間に割って入り、ジャコブローから切り離した。
奴に何か言葉を投げつけてやろうと思う。
だが、気のきいた皮肉一つ思いつかない。
「ちっ……」
僕はだけ舌打ちをしてその場を去った。
打ちのめされるようだ。
いや、はっきりと認めよう。
これは敗北だ。
どれだけ時間を掛けようが、人としての格で、僕はあいつに勝てない。
絶対的にだ。
人に勝てなければ、人から選んでもらえないのだ。
僕に勝算は無い。
その日、僕はディスピの鯖を脱退した。