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第4段「ジャコブローとの出会い」

『ジャコブローがサーバーに飛び乗りました』


 ある日、ディスピの鯖にそんなメッセージが届いた。


 ジャコブロー、という名前を忘れもしない。

 確か、ふらんの彼氏、そして婚約者。


 とても歓迎する気分にはなれなかった。

 しかし、鯖のメンバーたちはそうでもないかったらしい。


『ジャコさんやんけ』

『ジャコブロさんおかえり』

『ジャコさん!!』

『おかえりー!』


 メンバーたちが口々に歓迎の言葉を投げかける。

 どうも人望のある人物のようだ。

 しかし、当のジャコブローなる人物は、それらに何ら返答を返さなかった。


 その態度が不愉快だ、という気はないが、どこか妙に苛々する。

 そう、何となく妙な気分だ。




 若きヒキオタニートの悩み/第4段




 時は過ぎて、その日の夕方ごろ。

 いつものように、4~5人ほどのメンバーが通話チャンネルに集まっていた。

 もちろん、ふらんもそこに居る。


 ひとつ、いつもと違ったのはそこにジャコブローがいたことだ。

 彼はふらんの婚約者であるわけだが、ならばどんな人物なのか。

 興味があった。


 そんな卑劣なことを期待しながら、僕は恐る恐る通話チャンネルに参加した。


「でさ、こいつマジで頭おかしくてさ!」


 出し抜けに聞こえてきたジャコブローと思しきその第一声で、僕は理解した。

 勝ち組だ。

 こいつは社会で信頼を勝ち得ていて、ゆえに自信に満ちている。

 そんな声だった。


「誰やこいつ」


 ジャコブローが僕の入室通知に気づいたらしい。

 やや気に障る言い方だったが、そんなことはどうでもいい。


『新人のモケモケさんだよー』

『モケモケさんに説明すると、この人は前ギルド長だよー』

『あとこの部の創設者だね』


 メンバーが僕をそう紹介した。

 せっかくご相伴にあずかったので、僕からもあいさつしておく。


「はじめまして……モケモケです……」


「ふーん、まあまたすぐ抜けるから知らんけど」


 知らん?

 何だその態度は。

 反射的に嫌悪感が脊髄を走り抜ける。


「おれちゃんはバーチャル美少女ドールです!」


 僕に便乗してか、ふらんはわかりきった自己紹介をする。


「そう言えばそんな設定あったっけ」


 ジャコブローの言葉に、僕はぎょっとした。

 vtuber界隈では、魂、つまるに中の人関連の話はあまり歓迎されない。

 少なくとも、僕の常駐していた居たスレではそうだった。


「実話ですけど!!」


「純日本人だったよね、普通に」


 純日本人。


 たったそれだけの言葉で、僕はなんだか糸繰ふらんというvtuberが急に生々しいものに思えてきた。

 そうか、婚約者ならば当然、生のふらんと会ったことがあるはずだろう。


 彼女と会ったことがある。

 その事実を受け止めた途端、どろどろとした不快感が腹の奥で一気に膨れ上がった。


 vtuberとは、実在している人間なのだ。

 だが、リアルで交友を持てるのは同業者や関係者、あるいはその他特権階級の人間だけ。


 無論、理解できている。

 vtuberとリアルでつながりを持ちたいと願う自分自身が、何より最低だっていうことくらいは、だ。


 つまるところ、だからこそ許せないのだ。

 リアルでの交友を持ち、なおかつ深い関係を築いているであろう目の前のこいつが、だ。


 要は嫉妬だ。

 だからこそ不愉快だ。


「何いってんの!? おれちゃんは美少女JKドールですけど!?」


「痛いアラサーだよまじで」


「みなさんこの人デマ言ってます! 騙されないでねー!!」


 ぎり、と。

 聞いているだけで、僕は自然と奥歯に力が入っていた。


 vtuberに中の人は居ない、ボイチェン、この鯖にいるのはおっさんだけ、などなど。

 奴はそんな僕らの暗黙のルールの外にいるらしい。


 落ち着け、冷静になれ、と僕は何度も自分に言い聞かせる。

 目を閉じ、深呼吸をし、水筒の水をたくさん飲んだ。


 一息ついて、僕はふらんのことを何も知らないな、と思った。

 だが奴は違う。


「こんなこと僕が聞いちゃって大丈夫なのか……」


 僕は不安げにそう問いかける。

 すると、ふらんが「いいよ別に~……」と、あきらめたように口を開いた。


「まあ、これまでのおれちゃんの配信みたらわかるしねえ」


「……」


 僕は彼女の配信は見ないようにしている。

 一度つべのチャンネルを見に行ったことがあるが、バイノーラル配信を見つけて即座にページを閉じた。

 確実に抜け出せなくなる、そう確信したからだ。


「でも……」


「もけちゃん、こいつはまあこういうやつだから、いいんだよ」


 納得行かないという態度の僕を、ふらんが静止した。


「そうそう俺とふらんの信頼関係があるから成立してる夫婦漫才だから」


「ふふふふ、地獄に落ちる時は一緒だからな~?」


 さっ、と。

 身体じゅうの血液が冷えていくような感覚。

 はげしい吐き気に襲われたので、僕は無言でボイスチャットを退室した。


 最低だ。

 最悪だ。

 気持ち悪い。


「殺してやる。……殺してやるぞ、ジャコブロー!」



 ◆



 その日、奴によってこんなメッセージが投下された。


『@everyone ◯月◯日 キノコストーリー20周年記念ミュージアムオフ会を開催します。詳細は~~』


 オフ会の呼びかけである。

 ここにふらんが参加することがわかった。


 僕がこのオフ会に参加する動機は、3つに大別できる。

 ひとつは、願わくば醜いふらんの素顔を見て、この恋心に終止符を打つこと。

 もうひとつは、vtuberの中の人と会うという、一般人の人生では2度と無い経験をしてみかったということ。


 最後は、主催である奴、ジャコブローを殺害することだ。


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