第2段「糸繰ふらんとの出会い・前半」
はい。
さっそくだが、僕がネトゲを始めてから、1週間の月日が経った。
その間に起きた出来事=何もなし。
ぶっちゃけレベリング作業だけで、これといった出来事もないので適当にスルーしつつ今に至る。
強いて言えば、200レベルを超えてから、急にレベルが上がらなくなった。
200以降の経験値のうまいコンテンツは、ぜんぶパーティプレイ前提なのである。
wikiもつべの攻略動画も口々に「パーティプレイが最高効率」の一点張りだ。
というわけで、もけけ丸、パーティを組んでみようの巻開幕。
若きヒキオタニートの悩み/第二段
の、はずだったのだが……
ゲーム内ミニゲームの"神経衰弱"ばかりをすることになってしまった。
そう、カードをめくって、同じ絵柄をそろえるアレである。
アレが期間限定のミニゲームとして実装されたのだ。
遊ぶと強い装備と交換できるコインがもらえておいしい。
まあ、神経衰弱自体はつまらないが。
よくよく考えてみればレベル上げ作業もそんなに面白くない。
とりあえず、実際にやってみるとしよう。
そんなわけで、僕はマッチ開始ボタンをクリックした。
『ふらんさんとマッチしました!』
はい。
さっそくマッチした。
ビスクドールを思わせる課金アバターに身を包んだ女性キャラである。
待ち時間はほぼなかったので、ゲームはそれなりに盛況らしい。
さて、この神経衰弱は、対戦ゲーにしてはめずらしく定型文以外のチャットができる。
なのでまずは『対よろです』とあいさつを送信するのだ。
あいさつは基本だ。
これができていなければ、相手にマッチ部屋から抜けられることもあるらしいので注意だ。
僕のあいさつに反応し、『ふらんが入力中です…』というインジケータが表示される。
その表示が消えると────妙なメッセージが送られてきた。
『おれちゃんは優しいから手加減しちゃる!』
なんだこいつ、と思った。
痛い消防、あるいは痛い大人。
どちらにせよ、テンプレ以外のメッセージが送られてきたのは初めてのことだった。
「手加減、か……」
それだけ強気なのだから、きっと強いのだろう。
強い犬ほどよく吠える、というのが僕の持論である。
なぜなら、弱者は吠えることすら恐れるから。
たとえば、僕がそうだ。
しかし────そんな僕の持論はあっけなく覆った。
『あっちょっと、取りすぎ!! 負けたらどうするの!!』
こんな感じで、彼女は僕がカードをゲットするたびにちゃちゃを入れてくる。
最初は遊んでくれてるのだ、と思った。
しかし、彼女の様子を見るにどうも違うらしい。
『まってまってそれはおれちゃんのカードなんだけど!!』
低脳の僕じゃ退屈させてしまうかもしれない、なんて、初めはそんな不安もあったが、騒ぐ彼女を見ていてすぐに霧散した。
『あっあっちょっとそれ取らないでおれちゃんが覚えてたのにあっあっ』
なんというかボコり甲斐のある相手である。
そんな感じで僕が最後のカードを取り終わると、画面にでかでかと『You Win!』と表示された。
『ああああああああああああ!!!』
あっさり勝ってしまった。
とりあえず、僕は驕らずへりくだらず『対ありでした』とだけ送信した。
相手のメッセージだけが大量にログに積み重なっている。
ここまで僕が送信したのは最小限のあいさつだけ。
シラフなのだろうか、これは。
どちらにせよ、発言量の差になんだか申し訳なくなってくる。
しかし、彼女はそんなこと気に留めた様子がないように見えた。
『なんなん!! いまの無しもう一回やってな!!!』
正直、人から遊んでほしいと言われるのは嬉しかった。
僕はチョロいのだ。
だから僕は『もう一度対戦する』ボタンをクリックした。
『対よろです』
『もう手加減しないけど!!』
もう深夜の二時なので、眠いし正直あまりやる気も無かった。
しかし、僕らはそれから────朝の八時まで戦いを繰り返すことになるのだった。
正直バカだと思う。
こいつは仕事とか学校とか行ってないのだろうか。
まあこんな時間にこんなクソゲーやってるやつは、絶対ろくなやつじゃない。
断言できる。
ソースは僕。
などと考えてたりしたら、彼女が勝利し、スコアボードが13:12に更新される。
眠さで集中力が切れてきただろう、後半から負け続きで、ついに逆転されてしまった。
『勝ったあああ!! おれちゃん最強!!!』
「うざ、ねむ……」
僕は自室の天井を仰いだ。
そうして僕がぼーっとしていると、ふらんはゲームを打ち切り、
『精進しろなもけちゃん』
というメッセージと共に、フレンド申請を飛ばしてきた。
もけちゃんというのは僕のことらしい。
勝ち逃げしやがってよ。
『しね』
というメッセージと共に、僕は申請を受諾した。
◆
彼女──ふらんとフレンドになってから、数日が経った。
あれからこれ、ということは何もない。
ログインしたらあいさつをするだけ。
それだけ。
それくらいの仲。
一緒に遊んだりすることはもう無いのだろうな、と思った。
実際、僕は過去にフレンドができたことがあったが、一度フレンドになっても、それ以降遊んだ経験が無かった。
まあ、よく言われるアレだ。
初対面だけ強い奴。
それが僕なのだ。
あるいは、ネットのつながりがその程度のものなのか。
ただただ彼女が勝手に盛り上がってその場のノリで僕にフレンド申請しただけであり、友情なんてどこにも芽生えていなかったのか。
どのみち、何の事はない。
あいさつだけの薄いつながりなんぞ、面倒なだけだし、削除してしまおうか──
──なんて、思い始めていたそんなある日のことだった。
『お前ニートだろ! おれちゃんたちと朝までボスクエ周回しようぜ!』
ふらんから、そんなおさそいが来た。
どうも彼女もニートらしい。
そのおさそいを皮切りに、僕らは一緒に狩りに行ったり、ミニゲームをしたりパーティクエストをするようになった。
そしてまたある日、彼女からこんな提案をされた。
『もけちゃん、ウチのギルド入るけ?』
『え?』
『もけちゃんうんT知ってるらしいし、参加資格はあるでな』
うんTキノコ部。
それが、彼女の属するギルド名である。
うんTというのは、知る人ぞ知るマイナーな掲示板だ。
だが、他の掲示板に比べて馴れ合いが多く、正直あまり好きではない。
匿名掲示板の悪習に染まりきった僕は、馴れ合いなど「くっさ」としか感じないのだ。
どう断ろうか悩んでいると、ふらんはこんな追加情報を提示してきた。
『ニート多数在籍!』
『入る』
ぶっちゃけた話、僕は人生で『人と何かをする』という経験があまり無かったのだ。
……その、なんだ。
こいつと居て、楽しかった。
もっと一緒に居たい。
もっとつながりたい。
最初は、そんな感じの純粋な気持ちだった。
だけど、僕の致命的な人生経験の欠如が埋まるわけでもない。
経験を得るべき時期に、十分に得ることのできなかった人間は、生涯それを引きずることになる。
要するに、僕はとっくに終わっていたのだ。
◆
ギルドへの参加と同時、僕はdispeakことディスピのサーバーにも参加した。
dispeakとは、世界的に有名な通話アプリである。
ソシャゲやネトゲユーザーに人気なのだとか。
僕が参加したサーバー──俗に言う「鯖」──は、なかなか活気がある場所らしく、毎日深夜あるいは早朝まで通話をしているようだ。
まあ、僕は一度もそこには参加していないのだが。
きっかけが無いと言うか、特に話すことがないというか。
まあ、そういう事情からほぼ放置している。
ところが、ある日の深夜2時ごろ。
僕は目が覚めて、なんとなしにディスピを開くと、4、5人くらいが通話をしていた。
何を話しているか知らないが、こんな深夜までよくやるものだ。
それだけ思って僕はディスピを閉じた。
──テキストチャンネルのとあるメッセージを見なければ。
『ふらんさんVTuberやってたの!?』
そのメッセージを見て、思わず僕は通話に飛び込んだ。
────vtuberなど二度見ない。
かつて僕はそんなことを言ったが、なんだかんだいって、僕はまだvtuberが気になって仕方ないらしい。
自分の決意などたかが知れていると思っていたが、結局はその程度のものだったようだ。
ピロン、と。
通話開始のアラームが鳴り、一同が僕に注目した。
『新人さんら』
『はじめましてー』
『やっほ』
『こんちゃ』
テキストチャンネルに歓迎のメッセージが流れる。
それらを流し見していると、元気な声が聴こえてきた。
「おお、もけちゃんやんけ! やっほやほ~!」
透き通るソプラノの声。
声の主は、ふらんである。
彼女のアイコンに発言中のインジケータが表示されていることから、彼女自身の声であることも疑いようがない。
そして、それは間違いなく、
「女の人……!?」
思わず僕は衝撃を口にしていた。
こんな場末のネトゲに女性が存在したのか。
あんな場末の掲示板に女性が存在したのか。
「あ、いやボイチェンだよー、ボイチェン!」
『この鯖はおっさんしかいない定期』
『場末の掲示板発祥のコミュニティに女子なんているはずないんだよなぁ』
『新人さんはよく間違えるんだ』
『そもそも女性の定義とは』
各々が口々に僕の疑惑を否定する。
あー、なるほど、と理解する。
ネット上では、女性であることを理由にからかったり、チン凸したりする輩が存在している。
だから、一部界隈ではそもそも男性として扱うことで敬意を払うという文化が存在するらしい。
少し、いや、相当のカルチャーショックだった。
まあ、僕がネット界隈の最近の事情を知らなすぎるだけかもしれないが。
ひとまず、ここは僕も乗っておく。
それが礼儀ってヤツだろう。
「ボイチェンか、失礼した……」
「気にするな! それより、もけちゃん来てくれて嬉しいよ!」
脳内に様々な衝撃の余韻が残っていたが、ひとまず、これを聞いておきたかった。
そのために僕はここに参加したのである。
「え、ふらんさんvtuberなんです?」