第1段「ネトゲをする」
──朝。
出勤や通学の時間帯をすこし過ぎたころ。
僕こと最癌淘太が目を覚ますのは、いつもそのくらいの時刻である。
まあ、ニートの特権ってやつだ。
悪く思うな、これは当然、人生の詰み具合との引き換えなのだから。
「スマホ……」
いつもどおり、僕はスマホを手に取り、掲示板巡回をはじめた。
それは、ベッドから起き上がるより先にする僕の日課である。
ぶっちゃけた話、終わっている生活習慣だと思う。
かるく目をこすりながらスレ一覧を流し見していると、あるスレタイが目についた。
そして、僕は思わず凍りついた。
────【悲報】有名vtuber◯◯◯◯さん、既婚バレ★13
それが、僕が一番に注目したスレタイだった。
若きヒキオタニートの悩み/第一段
スレの勢いは首位。
◯◯◯◯といえば、僕の推しvtuberである。
ちょうど昨夜も彼女の配信を見ていた。
「既婚……」
ありえない。
そんな馬鹿な。
彼女に限って……
なんて、そんな戸惑いはなかった。
僕はこのスレを事実と判断したのだ。
すんなりと。
なんせ、この掲示板でパートスレが立つのは、実況以外ではスキャンダルくらいのものだからである。
まあ、そんなくだらない推測に気を回せるくらい、不思議なほど僕は冷静だった。
ああ、そうとも。
僕は冷静だ。
冷静だとも。
なにより、女には男がいるものだ。
それが現実ってやつである。
そんなものだ。
そうだろう?
とりあえず、スレを覗いてみる。
……………………
……………………
……………………
スレの内容を要約すると、◯◯◯◯の夫と思しき人物が、SNSやら掲示板やらネットの色んな場所でマウント取りまくっていたとかで露見したとかなんとか。
「くだらないな……」
スレを見ていると、そんな言葉が口をついて出る。
本当にくだらない。
しかしまあ、もし僕がvと結婚して同棲していたとしても、同じことをするだろうさ。
マウントやほのめかしは人間の性だ。
しかし、やたら幸せそうな旦那の愚痴ポストを見ているうちに、だんだん吐き気を催してきたので、僕は掲示板アプリをアンインストールした。
数百は登録していたお気に入りのスレも全部消えたが、そんなことはどうでもいい。
アンインストールしますか? はい。
アンインストールしますか? はい。
アンインストールしますか? はい。
彼女とコラボしたソシャゲをアカウントごと削除した。
そこそこ課金していたが、そんなことはどうでもいい。
ウェブブラウザも、動画アプリもアカウントごと消去した。
履歴もチャンネル登録もプレイリストも全部消えたが、そんなことはどうでもいい。
削除しますか? データは復元できません。はい。
削除しますか? データは復元できません。はい。
削除しますか? データは復元できません。はい。
彼女の非公開アーカイブや、万は保存していたイラストをフォルダごと永久削除した。
それぞれに細かく星やらタグやらを付けていたが、そんなことはどうでもいい。
とにかく消せるものは全部消した。
……推しが結婚したオタクには決まり文句がある。
「二度と見るか……vtuberなんぞ……」
……おっといけない、間違えた。
訂正訂正。
「ちょっと横になるわ」
ふむ、お約束は守らないといけない。
などと、おどけてみたが胸が苦しい、痛い。
あまりに身体に力が入らないので、僕はしばらくベッドで寝そべった。
現実はこんなもの。
わかった風に言ってみてもやはり苦しい。
「これから、どうするか……」
やめればいいのに、僕は何の意味もなくそんな言葉をつぶやいた。
そんなことをつぶやいたから、だ。
底辺高校3年、2留、童貞。
嫌でも、そんな不愉快な現実が脳裏をよぎることになったのだ。
人生詰んでいる。
やる気もない。
まったくない。
唯一熱中できたのはvtuberを見ることだけだった。
我ながら終わっていると思う。
「vtuber、か……」
『────【悲報】有名vtuber◯◯◯◯さん、既婚バレ★13』
ふと、さっきのスレを思い出した。
僕にもパートナーが居たら、人生楽しいだろうに、やる気もモリモリだろうに。
vtuberでなかったとしても、楽しいだろうに。
だが、それは無理な話である。
僕のような無能で醜い男には届かない、いや、届いてはならないのだ。
だから結局どうしようもない。
どうすることもできない。
つらたん。
まあ、ぶっちゃけ僕は、何をどれだけ頑張ったところで、この先死んだほうがマシな人生しか送れないだろう。
そもそもやる気がない。
まあだから、僕はそういう現実から逃げて、楽しいことだけをして生きていくのである。
現実に降参だ。
しかしただ単に絶望するのもほとほと飽きている。
何か良い現実逃避はないか……
「あ……!」
そういえば、と思った。
僕にはvtuberの他にも熱中できたものがあったはずだ。
ネトゲである。
小学生のころから、勉学をほったらかしてよく遊んでいたものである。
当時から終わっている、と思った。
まあ、だからといってどうということもないのだが。
「……やるか」
僕はおもむろに起き上がり、PCの電源をいれた。
そうして、僕はネトゲ『キノコストーリー』を開始した。
……ぶっちゃけ、それが間違いの元だったのだが。
だが、あんな事になるとは露知らず、僕は何も考えずに、ゲームの世界にのめり込んでいった。
そんなこんなで、僕のアバター────"モケモケ"は誕生したのであった。
キャラは新しく作り直した。
僕が青春を捧げたキャラは、環境が変わって雑魚になっていたので。
時は残酷なものである。
しかし特に感情はなかった。