俺はチーズが嫌い。彼女はチーズが好き。
男女の友情が好きだったりします。これから恋愛感情を持つことはないけど、とても仲がいい関係。まあ、両片思いもラブラブも好きだったりしますが!
チーズが嫌いだ。主に、あの独特な味が嫌いだ。だから、チーズケーキやピザと言った、チーズを使ったものは等しく嫌いだ。
「お誕生日おめでとう! 今日はチーズ祭りだよ!」
つまり、今年の誕生日は悪夢だ。俺の苦悩をつゆ知らず、マキはクラッカーを鳴らし満面の笑みで祝った。ちなみに、マキの大好物はチーズだ。完全にマキの趣味でやっている。
「あー、ありがとう……」
正直作った笑顔が引きつっている気しかしないが、こう言わずして何を言う。一番近くにあったグラタンを口に突っ込んだ。紛れもなくチーズであった。
こういうことなら、俺がチーズ嫌いなことを言っておくべきだった。中学、俺はやや人間関係というものに飽き飽きし、「高校入ったら、孤高の狼になろう!」と決意を固めた。しかし、高校に入って気づいたことは、俺も人間関係を欲するタイプの人間だったことだ。そう気づいたときには、一人でいるスタイルがこびりつき、自分のことを語るのが苦手になってしまった。やっと出来た友達であるマキも、俺のことはあまり知らないだろう。
「誕生日ってめでたいね! でも私、クリスマスが誕生日だから、幼いときは不満があってさ。お母さん、誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントはどっちか一つでいいよねって言うんだよ! 酷いって思ったね! でも、今思うと、経済的に芳しくなかったのかなーって。だから今は私が逆にサンタになって、バイト代貯めて、お父さんとお母さんにプレゼントをあげてるんだ! 去年はケーキあげた! 今年は何あげようかな?」
反面、マキはよくしゃべる。竜田マキ、一年二組二十一番、誕生日は十二月二十五日、得意科目は社会、苦手教科は英語、趣味はカラオケ、でもあまりうまくはない、聴いた人から「センスがない」と言われた、将来の夢は超絶上手い歌手……など、俺にすべてを知ってほしいと言うがごとくしゃべる。
初めて会話したのは、最初に席替えをした日だ。
「これからよろしく!」
マキは隣の俺はもちろん、前後左右の人たちすべてに話しかけていた。俺はまともな返答を返せたことはないが、マキはいつも俺に話しかけていた。曰く、「いつも熱心に聞いてくれるのが嬉しかったから」だそう。大体の人はマキの話の長さにうんざりして去るのだそうだ。
「末田くんはどうして私の話を聞いてくれるの?」
また席替えして離れた後も、マキは俺に話しかけ続けた。この問いかけはおそらくその時期に発したものだろう。なお、末田とは俺のことだ。
「別に、大した理由があるわけではないけど。まあ、無理に返答しなくていいっていうのが助かるのかな。お前の場合、単に聞いてほしいだけらしいし」
中学時代、俺の周囲の人たちは同調圧力が強く、否定の意見を言おうものなら「ノリ悪いな」と四方八方から非難されるような環境だった。クラスの最底辺カーストにいた俺はただイエスマンになるしかなかったのだ。一方、マキはどう返事してもしなくても、寛容だった。むしろ、意見の違いというものを楽しむ傾向にあった。それが俺にとって心地よい。
「そっか」
マキは俺の返答を聞いて少し口角を上げた。
それからなんだかんだ関係が続いて、今に至る。
「ああ、そう、誕生日プレゼントだけどね、これあげる!」
マキは鞄からノートを出した。その辺の百均でも売っていそうな、ただのノートであった。
「そこにね、末田くんのこと書いてよ。普段私ばっかりしゃべってるけど、私だって末田くんのこと知りたいからね。言うよりも書いた方が伝えやすいこともあるって聞いたし」
マキはそう言ってノートを手渡した。
「よし、じゃあ私はこのチーズ味の駄菓子を食べよう!」
マキは駄菓子を口いっぱいにいれ、満面の笑みで頬張った。マキが一番俺の誕生日を楽しんでいる。机の上の食べ物たちはほとんどマキの胃に入っていった。
誕生日会を終え、俺は口の中に残るチーズの味を水で流した。
「友達として非常にいいやつなんだが、やっぱり猪突猛進すぎるよな……」
だが、誕生日に嫌いなものを食べる羽目になったのは、多くを語らなかった俺の責任だろう。これから少しずつでも、俺のことを伝えられたらいい。
「ああ、そういうときのこれか」
鞄にしまったノートを取り出す。ここに俺のこと、たとえば誕生日、得意科目、苦手教科、趣味、将来の夢を書いていけばいい。それで、俺のことも知ってもらおう。シャーペンを持って、文字を書く。
『好きな食べ物は味噌汁、実はチーズが苦手な食べ物。でも、今日盛大に祝ってくれたのは嬉しかった』