本編一話
正午の室内。場は、妙な空気に包まれていた。意気揚々と入ってきた人物は、後に続く言葉がなかったのか、見つめあうばかりであったからだろう。あの冒険者の後ろに続いてお人好しが入ってこなければ、あと少しで逃げ出していただろう。
「冒険者さん。そこの席に座ってもらってもいいかな。依頼の話をしようか。」
「カラメラ・ラーキンズと申しますわ。カラメラと御呼びになって。」
流れるように自己紹介を済ませた冒険者カラメラに続くように喉の発声を促す。緊張の絡んだ声は、外からの悲鳴に飲み込まれた。恐怖の声、咄嗟に手を頭に、体を屈めそうになる。事態を少しでも把握しようと窓の外に視界を向ける。滲んだ視界では、外の異変を感じ取ったカラメラは一目散に飛び出し、それと相対していた。それは、明るい空を飛んでいたため印象の違いこそあれど、あの日に焼き付いた蛮族の姿と相違なかった。獅子を想起させる全身は、四対の翼を用いて対空し、ネコ科を思わせる四肢と肉球は、隠されることのない爪を強調させる。吐き気が頂点に達する。涙が溢れる。食道から湧き上がる恐怖は堪えようがなかった。足に力が籠らず、思わず四つん這いになる。只々なるがままに吐き出す。ただの嗚咽になる頃には、意識ははっきりしていた。外に出てカラメラを助けなければ、と。だが、筋肉は硬直し動くことはなく、息を殺すように部屋の隅で震えているのが関の山であった。
しばらく経って外からカラメラが駆け込んでくる、顔面に跳ねた泥を気にする様子もなく、私の姿を確認すると近づいてきた。
「あの蛮族は西の森の方から飛んできたそうですわ。さあ、向かいますわよ。あの蛮族の元に。」
「分かりました。今すぐ用意します。」
躊躇いはあった、疑問もあった、しかし、衝動的に発した言葉のあとに続いた思考に意味はなかった。これからのことを想像するほど寒気がする。兎にも角にも手を動かす。幸いなことにそれほど荷物はない、全てを捨てて逃げてきた。
外に出てカラメラと合流する。村人と軽い挨拶を終えてこちらに歩いてくるのが見える。震える手を見つめる視界が滲んできた。今どんな顔なのだろうか。鏡は見れない。心が折れてしまいそうだから。
「良い面になりましたわね。」
涙は流れなかった。目を拭い歩き出す。太陽が先導する森ははっきり見えていた。




