ようやく人に出会えたけれども
この世界で目覚め、最初に遭遇した人らしき者たち。
彼らはまるで、俺と同じような姿をしていた。
見ようによっては、全身を鎧で覆った騎士といえる出で立ち。
そんな姿をした3人の騎士が、巨大な猪のような獣と戦っていた。
初めに聞こえたのは声だった。
長いサバイバル生活。
もしかして、この世界には人間がいないんじゃないか、そんな不安を抱き始めていたのだが。
そんな杞憂を払拭する人の声に、俺は迷うことなく近づいていくものの、その姿を見て、期待と落胆が半々に混じった感情を抱いた。
ようやく人と思わしき存在に対する期待。
自分と同じ姿を見て、この世界の知的生命はみんなロボなのではないかという落胆。
自分が思っていた以上に、人間であったことに未練があったようだ。
この世界の人間に会えることをどこか期待していたからこその落胆だった。
「いいぞ、そのまま盾を構えて持ち堪えろ!!」
中心人物なのだろうか、まるで血のように深紅に染まった騎士鎧を纏った男性と思われる人物が周囲へと指示を飛ばす。
相手にしている獣だが、大きさ自体がダンプカーの倍はありそうな巨体。
猪のような体型に、顔の左右には円月刀を思わせる形状の牙が生えており、額と鼻は盾やハンマーを思わせるような形状に突き出ている。
毛も全てがワイヤーや針金で出来ているかのような見た目をしており、形こそ猪のようだがまるで金たわしのようだ。
猪は騎士たちが囲む中を突っ切るかのように、でたらめに走り回っている。
高速道路を走る車のような速さで動き、騎士たちを斬り裂こうと牙から突進をしていく。
対して盾を構えた騎士2人は、猪と正面でかち合わないよう、突進をいなしている。
まるでスポーツでボールをパスして回るかのように、盾で牙や頭突きをいなし、猪をある方向で誘導していく。巨体に触れるだけでもふっ飛ばされそうであったが、騎士たちは大きな盾を巧みに使い威力を逸らしていた。
その先にあったのは、巨木。
それも、猪が小さく見えるほどの巨木だった。
猪は突進を誘導されていることに気づかず巨木へ激突。
2本の牙を巨木へ深く突き刺してしまう。
「今です、副長!!」
「よくやった、あとは任せておけ」
副長と呼ばれた深紅の騎士が猪へ向かって直進する。
その姿は、まるで狼を思わせるような獰猛さだった。
肩に担いでいるのはメイス、だろうか。
最初はハンマーに見えていたが、複数の刃が付いていて、形状としてはメイスに近いと思う。
2メートルはあろうかというサイズで、そのうちの半分近くが武器部分になっている。
とても大柄な武器を担いでいるとは思えない速さで、深紅の騎士は猪へ肉薄。
よく見ると、肘やふくらはぎ・背中から何かエネルギーのような物が噴射されていた。そのエネルギーで推進しているのか、凄まじい速さだ。
その勢いを殺さず、深紅の騎士は猪へとメイスを振り降ろす。
「ヴォオオオオオオオオオオオ!!」
猪は咆哮をあげ、牙を巨木から引き抜いた。
引き抜いた牙で、そのまま深紅の騎士へと突き刺そうとする。
深紅の騎士は反撃を気にもとめず、メイスを猪の顔面へめがけ振り下ろした。
顔面が、ハンマーのような額や鼻ごと叩き潰され、2本あった牙が折れて飛んでいく。
折れた牙の一本が俺の方へ飛んできたので、慌ててそれを受け止めた。
生身だったら、今ので死んでいたかもしれない。
ちょっと近づきすぎたか。
猪は顔を叩き潰されたことで絶命したようで、3人の騎士の足元へ倒れ込んでいた。
深紅の騎士が俺の方を凝視する。
やはり、今ので気づかれたようだ。
俺は覚悟を決めて彼へ話しかけようとするも、背後から聞こえる轟音に思わず振り返る。
「ヴォオオオオオオオオオ!!」
先ほどのより一回り小さい猪が、こちらに向かって突進してきていた。
もしかして、親子か夫婦だったのだろうか。
尋常ではない怒りを感じる突進だ。
俺は慌てて身構えるも、深紅の騎士に応じる様子がない。他2人の騎士も同様だった。
俺が身構えながらも訝しんでいると、猪の突進に対し横からとてつもない速さで何かがぶつかっていく。
見ると、深紅の騎士たちと似たような鎧を纏った者が、猪を剣で突き刺していた。
白銀と青銀が混じった美しい鎧姿で、まるで流星が通り過ぎたかと錯覚をするほどの速さ。
しかも、突きは一度ではなく、瞬時に数回は突き刺しているように見えた。
最後の突きで猪は絶命したようで、剣が刺さったまま全く動く様子がなくなった。
引き抜いた剣は、これも2メートルはあるだろう長さで、剣のサイズにしては細身の両刃。それを青白銀の騎士は、軽々と振って血を落としていた。
「先ほどから見ていたようだけど、きみは何者だい?」
青白銀の騎士から、声をかけられる。
こちらも声音から男性のようだ。
「時間が惜しい、後にしろライカ」
自分の事情をどう説明したものか、考えあぐねていると深紅の騎士がロッゾと呼んだ彼を急かす。
「でもギルさん、彼、狩人じゃなさそうだけど強そうだよ?
ディッシュボアが思いのほか大きいし、いっしょに運んでもらったら?」
ディッシュボア、あの金たわしのような猪の名前か。
そして、深紅の騎士の名前がギル。
「そうだな。"こんな世界"だ。一人でいるなど、よほどの事情だろう。
獲物を運ぶのを手伝ってもらってもいいか?
名前は?」
ギルから問われ、俺は言葉に詰まる。
事情を説明しあぐねたからではない。
忘れていることに今さら気づいたからだ。
自分自身の名前を。




