想定外のガチサバイバル
幸いなことに、戦いを終えると指は元の形に戻っていた。
助かった。
あの形状のままだったら、何も触れずに困ることになっていた。
ファンタジー剣術みたいな斬れ味だったからな。
あんな爪で、仮に近くの樹を触ろうものなら、簡単に輪切りにしてしまったことだろう。
すぐに戻って本当に良かった。
指が元へ戻ったことに安堵した俺は、改めて仕留めた巨竜を見る。
「う〜ん、どうしたもんか」
まず、自分の身体だが。
食事を必要とするのかがわからない。
エンプティ、という状態から考えるに、おそらくだが何かしらでエネルギーを補給しないといけないだろう。
だが、それが食事とイコールかは不明だ。
顔を触った感じでは、口がなさそうで、とても食事が出来るとは思えなかった。
また、空腹感というのも覚えないので、エネルギー補給についてはどういう手段がいるのか、早々に知る必要がありそうだ。
そして、仮にエネルギー補給が食事だったとして。
目の前の巨竜に可食部分があるのかがわからない。
食べられる部分があっても不味いかもしれないし、調理器具や調味料もないから、料理して食べることも出来ない。
毒があるかもしれないし。
なので、目の前の巨体の処理に困るのだ。
生前、キャンプや釣り・料理などわりと多趣味だったので調理器具などがあれば出来なくはないのだが。
さすがに食べたことのない生き物を捌いて食べるのは無理だ。
それに捌いて可食部分がわかったとしても、干し肉のような保存食を作れる知識がない。
仮に巨竜から金になる部分があったとしても、それを解体して取り出す知識もない。
現状は仕留めた獲物を持て余してしまっているのだ。
仕方ない状況だったが、奪った命を粗末にするようで、ものすごく気が引ける。
「まあ、放っておいても他の生き物が食べたり土に還るか」
罪悪感からしばらく巨竜をどうするか悩んでいたが、自分にはどうしようもないと割り切り、移動しようと思ったその時だった。
俺と巨竜の周囲を植物が囲んでいた。
先ほどまで、このあたりは俺と巨竜の激闘で、文字通り更地になっていた。爆破で植物は根から吹き飛んでいたり、炭化して転がっていた有様だった。
それが、いつの間にか樹木がここまで移動してきていたのだ。
風によって枝葉が飛んできたとか、蔓が伸びてきた、といった動きではなく。文字通り、植物が動いていた。
それも、一本や二本の樹ではなく、周囲の樹木が一斉に。
根っこを足のように動かし、地面を踏みしめ次々と樹木が、巨竜の遺体へと近づいていく。
樹木たちの枝葉の中から、ハエトリソウのような葉が伸び、まるで口のように広がり巨竜へ噛み付いた。
葉先には、枝や棘ではなく、文字通り歯や牙としか思えない部位が生えていて、肉を噛み千切り葉が口のように動いて咀嚼している。
次々とハエトリソウのような葉を伸ばし、巨竜を食い散らかしていく。
その様は肉食動物の食事のようだった。
他にも、粘液のついた枝葉を伸ばし、絡みついた先から溶かし吸い上げるような食事をする樹木。
巨大な袋のような物を持ちあげ、他の枝で肉を引き裂きそこへ入れていく植物など。
凶暴性を剥き出しにしているその様は、生前の世界では考えられないような光景だった。
「この世界のこと、だいぶ舐めていたかもしれないな······」
先ほど戦った巨竜よりも、とてつもなくやっかいそうな相手だった。
周囲にいた植物全てが襲いかかっているのだ。
ただ、巨竜が死んでから食いついたところを見るに、自ら進んで襲いかかるほどの捕食性がないのかもしれない。
とはいえ、ここから移動した先の植物も全てがそうとうは限らない。そう思わせてくれる光景であったのも確かだった。
あっという間に、文字通り骨も残らず巨竜は平らげられてしまっていた。
血ですら吸い尽くしたようで、そこに死体が転がっていたとはとても思えない綺麗さだ。
食事に満足したからか、剥き出しにしていた捕食部位をしまい込み、周囲の植物は元いた場所へと戻っていく。
だが、俺は自分の考えがまだまだ甘いことを周囲の光景から思い知らされた。
先ほどまで確かに、爆心地かと思えるほどの更地だったはずが。
根本から折れていた樹木や、巨竜による火球で炭化していた樹木を押しのけて、新たな根が、枝が、葉が更地を覆うように伸びてきて、元の森へと戻っていく。
戦闘など、まるでなかったかのような戻りようだった。
それどころか、先ほどは見かけなかった花が咲いていたり、実をつけている樹木も見かけた。
「巨竜を食らって、全て栄養にしたのか」
どこからどこまでが、どの植物になっているのか。
見当もつかない状況に、薄ら寒さを覚える。
元の世界からしたら、異様なほどの生命力だ。
あまりに異常な光景にしばらく呆気にとられてしまったが、このままいてもしょうがないと思い立ち、俺は移動することにした。
鬱蒼とした中をあてもなく歩きながら、俺は周囲の植物を油断なく見ていく。
小さな草花から大きな巨木まで。
外見上は元いた世界とそれほど大きな違いはないように見える。
光景としては、写真でしか見たことはないがアマゾンなどの熱帯雨林に近いだろうか。
どの植物も、動く様子は見られない。
巨竜を平らげたあの植物は、屍肉しか食らわない習性と考えられるが、動く生き物を襲う植物がいる可能性はある。
現状、襲われていないのは、周囲にスカベンジャーな植物しかいないか、俺自体が生き物と思われていないという可能性が考えられる。
「この世界で生きていくなら、もっともっと色々なことを識っていかないとな」
未知を既知とせんため、俺は覚悟を決めてサバイバルを敢行することとした。
自分がこれから生きていくだろう世界がどういうところなのか、好奇心と不安が半々であるが、歩を進めていった。
◆
長い長いサバイバル生活。
覚悟を決めたものの、あてがあるわけもなく、森の中を延々と彷徨い歩いた。
その中で、わかったことも多々あったので記していく。
まず第一に、自分に食事が出来るということ。
川に出た際、鏡代わりに自分を写してみたところ、顔が想像以上にロボットだった。
ただ、鼻口を覆っていたマスクのような部分は、意識すると開閉し、人間のような顔立ちが顕わになる。
口があるなら、食べられるのでは? そう思った俺は、試しに食事をしてみることにした。
魚や肉は生で食べるには寄生虫が怖かったし、道具がなければ調達も調理も出来ないので、樹の実に手を出してみた。
食べる前に解析を試みたが、実の名前や成分が出るだけで、毒の有無はわからなかった。
勇気を出して食べていったが、毒があるかはわからず。わかったことと言えば味だけだった。
体に味覚が備わっていることがわかっただけでも嬉しかった。生きている実感が湧くし、楽しみが出来る。
もちろん味がわかったからといって、食べた樹の実が美味しいものばかりなわけがなく。
酸っぱいだけの樹の実もあれば、渋いものや苦いものもあり。
比較的甘くて食べやすいものだけを記憶し、見つけたらなるべくそれらを摂ることにした。
食事が出来ることがわかったものの、謎のエンプティ表示が消えることはなかった。
どうやら食事で補給される類いのエネルギーではないらしい。
代わりに、右腕のホログラムに別のエネルギー表示のような物が現れ、そちらが満たされるようになった。
生きていくための補給自体は、やはり食事で賄う必要があるということだろうか。
ちなみに、この体に排泄機能はないようだった。
おそらく、食べたもの全てを完全に消化しエネルギーにしてるのだろう。
次に、この体の性能について。
どうやら、指をナイフ状にするだけでなく、体の部位をある程度武器のように変化させられるようだ。
と言っても、人間の形態を逸脱するような変化は出来ず。精々、手刀部分に刃を作ったり、肘や膝の先を尖らせたりくらいだが。
それでも変化の恩恵は大きく、時折襲ってくる原生生物を撃退するのに大いに役立った。
そして、襲われるたびに思うのがこの体の頑丈さと力だった。
戦うことに関してずぶの素人のため、襲われたら本来ならがむしゃらに逃げることしか出来ないが。
襲ってくる生き物はみな速かったりデカかったり、不意打ちで襲われたりと、逃げることがかなわず。
そのたびに応戦するのだが、今のところ傷一つ付く様子がなく。力任せに振るった攻撃だけで、襲撃を凌ぐことが出来ていた。
こうして、襲ってくる原生生物を凌ぎ、樹の実で食いつなぎながら彷徨い歩き、それなりの月日が経った頃。
初めて、俺の目の前に人らしき姿が目に入った。