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 重要参考人に指名された小沢克也は警察の任意同行に応じたが、事情聴取に対して当然のように児玉望美殺害を否認した。なぜ嘘のアリバイを他人に依頼したのかに関しては、警察と関わりになるのは面倒臭いからとのこと。事情聴取を担当した本庁の刑事によると、かなりの手応えがあるとか。さらに粘り強く追及すれば、必ず自白するに違いないと。引き続き小沢を拘束こうそくして事情を聞いている。翌日の朝から小沢の自宅を家宅捜索することも決まった。

 夜遅くになって雨が上がった。ここ何日もの間、雨は休みなく降り続いていたのだが、久しぶりのことである。明日の朝は早めに出勤して小沢の家宅捜索に参加しなくてはならない。海老名は自宅に戻ると、飼い猫のうり坊にえさをやり、350ミリリットルのビール1缶を飲んで早く寝ようと思っていた。だがビールを飲みながら考えたことは、今夜は何かが違う。妙に静かだ。そう、雨の音がしないのである。ここ最近は外の雨の音が一種の子守歌になっていた。海老名の頭の中を虫の予感が通り過ぎて行く。今夜は何かが起きそうだ。まず眠れそうにない。

 海老名は夜中、久しぶりに自転車に乗った。特に行く当てはない。行く当てはないが、気づいた時には今回の事件現場である北大塚に来ていた。ここ最近は毎日のようにここら辺に来ているから、頭より先に足の方が反応してしまったようだ。望美の遺体が発見された空き家。望美が通っていた小学校。望美の一家が住んでいるマンション。ほとんど目をつむっていても目的地にたどり着く。明日家宅捜索を行う予定である小沢の自宅も……

 小沢の自宅前を通り過ぎようとした時、海老名は急に胸騒ぎを覚えた。小沢は現在池袋北署に拘束中で自宅にはいないはず。でも誰かがいる。誰かが俺を呼んでいるような気がする。気のせいか? いや、そうではない。微かに身体の中に残っている酒の神が俺を指図さしずしている。中に入れ、と。

 音をたてないように門を開け、小沢の自宅の敷地内に入った。耳を澄ましてみる。微かに音が聞こえるような気が。それも金属的な物で土を掘り返しているような音。

 建物を回り、狭い敷地内の通路を通って裏庭に出てみる。間違いない。この時間に誰かがいる。光が差し込まない暗闇の中で何者かがサクサクと微かに金属的な音を立てていた。

 海老名は懐中電灯を点けて音のする方を照らした。それは図体の大きな人物がスコップのような物で地面を掘り返している姿。

 次の瞬間にはその人物が大声をたてていた。

 「け、警察だ! こんなとこで何をしてる?」

 「ほう、警官がこの時間にこんな所で宝探しかよ」海老名は声を落として冷静に言う。「この家の主ならよく知ってる。あんた、よその人間だろ。家の庭で金銀小判がザクザク出てきたなんてことになったら、そのうちの9割はこの家の持ち主のものだぞ。あんた、その9割まで自分のふところに入れる気か? そんな薄着の懐に入ればの話だけどな」

 「黙れ、俺は今、この家を調査中なんだ。おとなしくしろ。さもないと逮捕するぞ」

 「何の調査だ? 徳川埋蔵金とくがわまいぞうきん極秘ごくひ調査か? そんな極秘指令が警察に出回ってるようなら、この国の警察も終わりだな。ただでさえ税金泥棒だなんて言われてるのに、国家権力を利用して文化財まで泥棒するようなことをするんだから」

 「とにかく今すぐここから出て行け。今見たことは誰にも言うんじゃないぞ。さもないと刑務所にぶちこんでやるからな」

 「刑務所にぶちこまれるのは、そっちの方だ。そっちが法律を利用して俺を逮捕する気なら、こっちは天に代わっておまえを成敗せいばいしてやる」

 怪しい人物が襲い掛かってきた。海老名は素早く避けて、相手の向こうずねを蹴り付ける。相手が膝を打って倒れたところで、うまく組み伏せた。相手は体格もかなり大きく、馬鹿力もあるようだが、各種格闘技に通じた海老名の敵ではない。海老名は空いている方の手で懐中電灯の光を相手の顔に当てた。

 「ん? その顔はブーか? 何やってんだ、おまえ。本当に財宝を掘り当ててるのか?」

 「その声は……エビさん?」

 「そうだよ、汚い泥もしたたるいい男・海老名忠義とは俺のことだ。それよりブー、ここで何やってる? 言え!」

 「やめてください、エビさんだろうと誰だろうとそれは言えません。どうか見逃してください」

 「丸出に頼まれたんだろう。何を頼まれた?」

 「どうして俺が丸出に何か頼まれなくちゃならないんですか?」

 「まずおまえがあいつのことを先生とか言ってたこと。俺のパソコンを内緒でいじくってたこと。それにおまえの最近の落ち着かない精神状態。丸出に何か弱みを握られてるな? 何をしでかした?」

 そこへもう1つ別の懐中電灯の光が海老名と高木を照らし出した。

 「あ、すいません、警察の者です」海老名が高木を組み伏せたまま、その光の主に言った。「今泥棒を現行犯逮捕したところです。110番しなくてもいいですよ。この時間にご迷惑をおかけしました。どうか家に帰って安心してお休みください」


 海老名と高木は近くの児童公園へと移動した。2人とも雨上がり直後の地面をいずり回ったせいで泥だらけ。街灯の明かりで照らされたその姿は、大の大人なのに子供じみている。高木は金属製のスコップと何かが入ったポリ袋を手にしていた。2人は雨音すら寝静まった夜中の公園のベンチに腰かけている。

 高木が手にしていたポリ袋の中には女児用のショーツが4枚入っていた。

 「明日、小沢の家宅捜索をするから」高木はポツリポツリと告白を始めた。「もし仮に自宅から殺人の決定的な証拠が手に入らなくても、証拠を発見できるように何かでっち上げてくれ、と丸出に頼まれたんです。女の子のパンツを何枚か袋に入れて、庭の地面にわかるように浅く埋めておけば、物証をもみ消した跡ができると思いまして……」

 「それでパンツを盗んできたのか?」海老名が煙草を吸いながら言った。

 「いや、盗んだものじゃありません。買ってきたんです。買った物を一度洗って……」

 「まったく、しょうのないことをするよな。おまえがそのパンツ買った時の店員の目付きを想像するぜ。1年間放置されてかびの生えたフライドチキンを見るような目をしてただろうよ、きっと」

 「あ、無人の自動レジで精算したんで、それは問題なかったです」

 「あっそ。機械でも同じことを考えてるはずだよ、たぶん。ま、そんなことはどうでもいいや。それより丸出にどんな秘密を握られた? あの例のキャバ嬢の自宅に隠しカメラを仕掛けた件か?」

 これは半年ほど前の冬の寒い時期のこと。池袋の路上で会社員の男がナイフで刺されて重傷を負った事件が起きた。幸い犯人は間もなく顔見知りの男であることがわかって事件は解決したものの、その捜査で被害者の交際相手であるキャバクラ嬢にも聞き込み捜査をしている。仕事ではあるものの、高木がそのキャバクラ嬢に一目ぼれをし、事件後に彼女が働くキャバクラに通い出したり、さらには裏付け捜査とめい打って彼女の自宅を訪問した時、こっそりと隠しカメラを仕掛けるようなことまでしたらしいのだ。カメラはすぐに発見された。彼女は高木が怪しいとにらんで警察に抗議しに行く。ところが高木は激しく全否定をし、決定的な証拠も見つからなかったので、やがてこの件は沙汰闇になって幕を引いた。

 「やっぱりおまえが仕掛けたんだな?」海老名が煙草を靴の底でもみ消しながら言う。

 「はい……すいません。証拠もないんで、このことはもう終わったって思ってたんです。ところが丸出の奴、どこで撮影してたのか、俺があの女の部屋でカメラを設置してる画像を見せつけたんですよ。こんなのが撮影されてるなんて知らなかった。合成写真にしてはよくできてるし……『私のことを先生と呼んでください。さもないとこの画像を藤沢係長とあの女性に見せますぞ』だって……」

 「へえ。つくづく恐ろしい奴だよ、あいつ。バカな振りして何考えてるのかさっぱりわからん。ところでカメラはどこで手に入れた?」

 「ネットの通販で買いました。簡単に手に入りますよ」

 「ま、悪いことはできないな。ましてや警官ならなおさらだ。丸出の奴、ものすごく嫌な奴だけど、これを機に大いに反省することだな。心の扉を全開にして洗浄しまくって、一からやり直す気でいろ。今夜のこともカメラのことも内緒にしてやるから」

 「でも俺、これから先も刑事としてやっていけるかどうか自信がありません」

 「こんなしょうもないことで人生終わりにしたくないだろ。前を向いていくしかないんだ。待てと言っても時の流れは止められない。さ、明日は小沢の自宅へ家宅捜索だ。遅れるなよ。家に帰って早く寝ろ」


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