表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

 その日の捜査会議で容疑者は4人に絞られた。小沢克也に児玉太一、小谷真樹と芝塚元。この4人の周辺をもっと念入りに捜査しようという方針。

 児玉太一が勤めている会社への聞き込みによると、太一のアリバイは一応立証された。だが甥の高木の証言が事実であるなら、つまり10代前半の女子小学生を好む傾向が事実であるなら、まだ疑惑が完全に解消されたわけではない。引き続き容疑者の線で捜査中である。小沢に関しては現在、アリバイを捜査中。

 海老名は新田を引き連れて、第一発見者である青木夏子の自宅を訪れた。児玉望美とその一家が住むマンションのすぐ隣の一軒家である。夏子は小沢克也の叔母おば。この点からしても小沢に関する有力な情報を集めることができるかもしれない。現在、娘とその娘、つまり夏子の孫娘の3人暮らし。孫娘の青木充貴(みつき)(11歳)は望美より1歳年長ではあるが、同じ小学校に通っていて望美とは親しかったと言う。

 娘は仕事に出かけて留守。聞き込みには夏子と充貴が応じた。充貴は刑事たちを前にして、愛犬のラーメンを抱き上げながら小鳥のように怯えている。

 「充貴ちゃん、チョコレートは好き?」

 新田が優しく声を掛けると、充貴は顔をこわばらせながらも軽くうなずいた。新田は青少年係にいたこともあって、子供の扱いには慣れているのだ。

 「はい、イチゴミルク味。おいしいよ」

 聞き込みはまず、夏子が望美の遺体を発見した当時の出来事について、再度の確認。特に問題はなし。続いて甥である小沢の素性についての聞き込みに移った。

 「克也は昔から少々引っ込み思案なところがあって、友達ともあまり遊ばないところがありましたね。今でも1人で在宅で仕事してますけど、少しは外に出てるのかしら? 姉が亡くなってから月に一度は様子を見に行ってはいるんですけどね」と夏子は話した。

 「克也さんが特に子供好きというところはなかったんですか?」と海老名が聞く。

 「さあ……刑事さん、もし望美ちゃんを殺したのが克也だと疑ってるのなら、それは絶対に違います。あの子、人前にはあまり出ないし見た目も良くないけど、とても素直でいい子なんです。私は信じてますよ」

 続いて望美のここ最近の変化について。夏子から見れば、望美に最近何らかの変化があった様子は見られないとのこと。

 「充貴ちゃんはどう? 最近望美ちゃん、何か変わったところがない?」新田が声を掛けた。

 「これ、望美ちゃんから内緒だって言われてたんだけど……」少々戸惑い気味に充貴が話す。「最近望美ちゃん、カレシができたんだって」

 「彼氏? それはどんな人なの?」

 「わかんない。見たことないし」

 「他に何か変わったとこない?」

 「……」

 それ以上有力な証言は得られそうになかった。

 それよりも海老名は部屋の片隅で、どこかで見たことがあるような色彩を目の端で感じていた。ターコイズブルー。そのターコイズブルーの色彩は部屋の隅にある戸棚の上にある陶器の皿に凝縮ぎょうしゅくされていく。ターコイズブルー1色というわけではなく、ターコイズブルーを下地に、何やら異国情緒あふれる草花の模様が描き出されている。海老名がその皿のことを夏子に質問すると、あれは亡き姉、つまり小沢の母親がシンガポールに行った時に買ってきたものだということ。そういえば小沢の自宅にも似たような色の花瓶があったのを思い出した。小沢の母親の趣味なのだろう。外の陰鬱な雨の中、その皿が放つ色は異様にまぶしかった。


 「でも望美ちゃんに彼氏ができたって言葉は気になるわね」帰り道に車を運転しながら新田が言った。

 「うーん、彼氏って言葉をそもそも理解してるのかどうか」助手席の海老名が腕を組んで考え込みながら言う。「大人の言葉でも彼氏の意味合いはかなり広いわけじゃん。新田さんなんか、頭の中に住む実体のない妄想を彼氏とか王子様とか呼んだりするわけだろ」

 「うるさいわね。私のことはどうでもいいでしょう。でも彼氏の意味を厳密に理解してない子供が彼氏って言ってるんだから、何かしらの男の影がちらついてるように思えるの」

 「もしそれが正しいとしたら、少なくともその男に対して好意的な印象を持ってたってことかな? 好意を持ってた男の正体が実は鋭いきばを持った狼だった、そして最後はその狼の餌食えじきになってしまった、と。新田さんも気をつけな。妄想ばかりにひたってると、最後はその妄想に食い殺されるぞ。現実の社会生活を送れなくなるぜ」

 突然新田が車を道の端に停めた。

 「エビちゃん、ここから先は歩いて帰ってくれる?」


 その翌朝も雨。それだけではなく池袋北署の入口で、ある種の雷が直撃した。

 児玉望美の母親であるひかりが自首してきたのだ。顔中を涙で塗りつぶしながら「私が望美を殺しました」と泣きわめいている。刑事たちは色めき立った。これで事件は解決か? だがどういう経緯や動機なのかは全くわからない。何しろ「私が殺しました」と繰り返すだけで、その精神状態は大嵐であったからだ。

 しばらく気持ちを落ち着かせてから刑事たちがひかりに事情を聞くと、自分は望美をビルの屋上に誘い出して、そこから突き落とした、前から望美を殺そうと思っていたとか。望美の死因は絞殺のはず。その供述内容は矛盾むじゅんを極めていた。望美の遺体がどのような状態で発見されたのかについて刑事が詳しく説明すると、ひかりは意外そうな表情をしながら「え? そんなはずはありません」

 話を総合すると、ひかりは前の夫との子である望美に対して、以前から心の片隅で殺意のようなものを持っていた。今の夫である太一に対して常に負い目を感じていたとか。太一との関係を円満に続けるためにも、いつかは望美を始末しなくてはならないのかもしれない。それが現実のものとならなければいいが……そう思っていたと言う。つまりはひかりが常日頃から無意識の中で育んできた妄想が、今回の事件を期に爆発したみたいなのだ。

 望美が殺害されたと思われる当日、ひかりは望美がいつまでたっても戻ってこないことを、一応母親らしく心配していたらしい。警察に通報しようかとも思っていたが、自分が密かに望美に殺意を持っていることをうっかり話してしまいそうで怖かった、だから通報しなかったとのこと。心配ではあるが、いつかは戻ってくるだろう。変なところで楽天的になっていたとか。望美に何事もないことを祈りながら。

 警察は児玉ひかりをシロと断定し、解放した。

 「何だよ、まったく、人騒がせだな!」高木は大声で怒鳴り散らした。

 「まあ、こういうことって珍しくないよ。おまえも経験を積めばわかることだけど」と大森がなだめた。

 「でもこういうことって迷惑なんっすよ。こっちは真面目に捜査してるっていうのに、それを妨害するなんて。そんなに刑務所に入りたいんですかね」

 「おい、ブー、落ち着けよ。そんな大声でわめきたてることじゃないだろ。少しは母親の気持ちも察してやれよ。家庭環境も複雑なんだし」

 「大森さんはあんな馬鹿な母親に同情する気なんっすか? これは殺人事件なんっすよ。それなのに、こんな時に捜査を妨害するようなことをするなんて。別件で逮捕してやりたいっすね。殺意を抱いただけで逮捕なんて法律はないんですか?」

 「そんな法律があったら刑務所がいくつあっても足りないよ。おまえも前から歩いて来た人と肩がぶつかって、相手を殺したいと一瞬思っただけで逮捕されたいのか?」

 「大森さんならチビって言われただけで殺したいと思う人間もいるでしょう」

 「それはおまえのことだ! この野郎、本気で殺すぞ!」大森の感情に火が付いた。背が低いことを気にかけている大森は、他人からそのことを言われただけで気分を害すのだ。

 「冗談っすよ、そんな大声で怒ることもないでしょう、大森さん。手に乗るぐらい小っちゃいくせに、怒り方は大物っすよね」

 大森が怒りに任せて拳を振り上げた。今にも高木に殴りかかろうとしたその時、後ろから海老名がその拳を手でつかんだ。

 「ほらほら、やめんか、2人とも」海老名が渋面をして言う。「ブー、おまえが悪いんだぞ。大森が背丈のことを他人から言われたらどんなことになるのか、おまえにもわかってるだろうが。余計な場所に火薬を投げ込むような真似するな」

 「エビさんも大森さんの味方をするんっすか? 俺、あの馬鹿女のことを考えると、はらわたが煮えくり返るんっすよ」

 「ブー、どうした? おまえ今日、どうかしてるぞ。何か悪い物でも食ったか? 今の時期は食い物が腐りやすいんだ。ちゃんと火を通して食ったのか?」

 「どうした? 何をそんなに騒いでるんだ?」藤沢係長が遠くから大声で言う。

 「いや、フジさん、何でもないです。ただちょっとブーの奴が大森先輩に逆らったから、水をぶっかけて冷やしてるだけですよ」と海老名が大声で言い返した。

 「そうか、水の中に氷でも入れた方がいいんじゃないのか?」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ