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小沢の自宅の花瓶から見つけた鍵を、海老名が池袋駅構内のコインロッカーに差し込むと、中からキャリーケースが出てきた。そのキャリーケースを取調室のテーブルの上に置くと、小沢はついに落ちた。全てを白状したのだ。
キャリーケースの中に入っていたのは、まず望美が行方不明になる前に着用していた紫色のTシャツに水色のキュロットスカート、そして望美が履いていたと思われる白いショーツ。さらには望美やその他の幼い少女たちを撮影した動画や静止画、児童ポルノサイトからダウンロードした少女の裸などを収めたROMやメモリーカードなど……材料は全てそろっていた。
かくして小沢克也は児玉望美殺害容疑で逮捕された。これはいたずらなんかではない、本気で望美を愛していた……と言うのが小沢の言い分。
小沢が望美を初めて見たのは3カ月前の春のこと。伯母の青木夏子の部屋へ行った時。望美は充貴と部屋の中で遊んでいた。その時の望美は青いジーンズのスカートを履いていたが、そのスカートが不意にめくれ上がって白いショーツが……
ほんの一瞬の出来事だったが、それから小沢の頭から望美の白いショーツが頭に焼き付いて離れなくなった。望美のことを思い出してはマスターベーションに明け暮れる夜が続く。大人の女性に全く興味がないとはいえ、あの一瞬の出来事は強烈だったとか。何とかして望美を自分のものにしたい。小沢の尋常ではない欲望は日に日に身体中から芽を吹き出してきた。
ある日、望美が1人で歩いているところへ、お菓子をあげるから家に来ない?と誘った。菓子やジュースをおごり、小遣いをあげたりして何とか望美の興味を惹こうとする。望美がいる時は小沢の自宅から出なければ何をしても放っておいた。テレビを見たり絵を描いたり。ちょっとした隠れ家を作るために、無地の段ボールを小沢が買ってきたりも。小沢の自宅にあるもので望美が特に気に入ったのが、例のターコイズブルーの花瓶。この花瓶の前にたたずみ、花瓶の絵を描いていたりしていた。
望美、僕は君の彼氏だ。でもこのことは誰にも内緒だよ。お父さんにもお母さんにも内緒。先生にも友達にも内緒。望美と僕だけとの2人だけの秘密にしよう。またいつでもおいで。お小遣いあげるから。
やがて望美は小沢の自宅へ頻繁に通い始める。あの見るからに陰湿な小沢に慣れ親しんだのかどうかはわからない。おそらく小沢の自宅に通っていたのは、小遣いが目当てなのだろう。いつものように菓子を食べたりジュースを飲んだりしながら絵を描いたりしている。BGMはメタリカ。暗く重苦しいメタリカの騒々しい演奏は望美の好みではなさそうだったが、そればかりを聞かされているうち、嫌でも曲を覚え出したようだ。時々小沢は趣味のエレキギターを演奏して望美に聞かせたりする。
欲望はさらに毒を放って家の天井を突き破っていく。望美の身体に触れたい。裸が見たい。そして何より愛し合いたい。そしてあの日、雨の降る夕方、望美は自分から小沢の自宅へやってきた。
もう我慢できない。今日こそ望美と愛し合うんだ。小沢はテレビを見ていた望美を強く抱きしめた。望美は突然大声で悲鳴を上げ出す。大きな声を出すな! 近所に聞かれては困る、これは誰にも内緒なんだ! 抱きしめたまま望美の口を強く手で押さえた。望美は小沢の腕の中で必死になって暴れている。気づいてみると望美の首を絞めていた。とにかく望美が暴れるのを止めたかった。暴れるのをやめた時には、望美はもはや永久に呼吸をしなくなっていたが。
自分はとんでもないことをしてしまった、と小沢は初めはそう思った。でもすぐに思い直す。これでよかったのかもしれない。このまま大人になって、社会の常識を身に着けて汚れていくよりは、永遠に純粋無垢の幼い姿を保ったまま記憶に残った方が……
望美の服を脱がし、初めて望美の裸を見た。乳房も陰毛もないその裸体はとても美しかったとか。でもそれ以上のことはできなかった。勃起していた男根もすっかり萎びてしまっている。
もっと一緒にいたいけど、もうお別れだ。最後はせめて望美が大好きだったアジサイの花でいっぱいにしてあげよう。わずかな短い人生だったけど、最後はアジサイに囲まれて幸せな最後を飾ってあげるね……
かくして定説は覆された。細かな点は除いて、丸出為夫の推理が今回ばかりは当たったのだ。
丸出の喜びようは尋常ではなかった。その表情はフライパンの上のバターのように溶け切っていて、事あるごとに大声で高笑いをあげている。
いつものベレー帽にパイプ煙草、トレンチコートの下はランニングシャツにステテコ姿の奇妙な格好で池袋北署へ来ては、はしゃぎ声をあげて署内を歩き回り、注文されてきた仕出し弁当(費用は当然署の方で)を上機嫌で平らげ、昼間からビールを飲んでは床にこぼし、刑事たちの仕事の邪魔をしている。
「エビちゃん、今回こそは私を見直してくれたでしょう。私は世界の歴史に残る名探偵の仲間入りをしたんですからな」丸出はほろ酔い気分で話しかけた。
海老名は不機嫌な表情をしながら自分の席で事務作業を続けている。「わかったよ、うるさいから向こうへ行け」
「そんなつまらないルーティンワークなんかやめて、私と一緒に飲みに行きませんか? いやあ、存在意義のなくなった刑事というのもつらいものですな。今のご心境は?」
「だから、さっさと向こうへ行け! 邪魔だから」
「そうですか、暗い人はこれだから駄目なんですよ。それじゃ私はもっと明るい人のところへ行きますが、くれぐれも食中毒にはご注意くださいな」
そう言って丸出は海老名の席から離れたが、すぐに海老名が声をかける。
「おい、おっさん、ここに帽子が落ちてるぞ。おっさんのじゃないのか?」
そう言われて丸出は急に両手で後頭部を押さえながら振り返った。その拍子にふらついていた千鳥足がもつれて倒れ出す。
床に大きく尻餅をついた丸出は腰を痛めてしまい、不愉快な嵐も収まった。
それからしばらくして梅雨が明けた。身体に火が点きそうな暑さの中、海老名は丸出の住むわどメンタルクリニックを訪れた。
受付では和戸聡子が笑顔で出迎えてくれた。
「エビちゃんさん、今回のことは大変お世話になりました。とにかく真樹が犯人じゃなかったことだけでも、ほっとしましたよ」
「真樹さんの具合はどうですか?」海老名が聞く。
「ええ、日に日によくなってるようですよ。うちのクリニックで診察をすることにしたんです。人生をもっと前向きに考えてみようという気になってきたと主人も言ってました」
「ところで丸出のおっさんは腰痛でまだ寝込んでるんですか?」
「ええ。でも今日は腰をさすりながらも、どこかへ出かけて行きましたよ。何でも探し求めてた賢者の石がついに見つかったとか言って」
「ほう、と言うことは、丸出は留守ですか。留守でもあの部屋に入ることはできませんかね?」そう言って海老名は上部に「3」と表示された診察室の方を見た。
「んー、無理だと思いますよ。丸出先生、いつもちょっとトイレに行くだけでも扉に鍵をかけていくぐらいですから」
「あの中に入ったことはあるんですか?」
「いえ、入ったことはありません。うちの主人でも入れてくれないぐらいですから。ちょっと外から見た限りだと、何やら大掛かりな実験器具が中にあるようですね」
何だよ、この機会にせっかく来てやったのに。家宅捜索の令状を出してくれないものかな。海老名は心の中でつぶやきながらクリニックを後にした。丸出為夫の正体を知る探求はまだまだ続く。
とにかくわからないことだらけだ。あいつはいったい何者なんだ?
梅雨明けのよく晴れた太陽が全てを焼き払ってしまいそうな、そんな暑い昼下がりだった。
(次回に続く)




