勇者の剣を抜いた魔術師
勇者の剣、というものがある。
岩に刺さって抜けず、選ばれた勇者のみが抜けるという伝承を持つ剣だ。いわく、その剣を抜いた者は、世界を救うのだとか。
誰にも抜けないから盗難を気にする必要もなく、不思議な力で守られているのか風雨に曝されても朽ちることも錆びることもなく、ゆえにその重要性に反して驚くほど無造作に、それは森のただ中にぽつんと放置されていた。
――けれど、それらは全て、勇者の剣という共通認識を持つ者の間の話だ。
そして、ここに。
「勇者の剣」という知識を持たない一人の魔術オタクがいた。
彼は何も知らず、本当にただ偶然にその森へ入り、偶然その剣を目にした。
普段ならもちろん剣などに興味のない男ではあったが、この時ばかりは別であった。それはつまり。
「ほう。珍しい魔術のかかった剣だな?」
きらり、と空色の目を輝かせて男は言う。つまり、「選ばれた勇者にのみ抜ける」という、奇妙な魔術の方に興味を惹かれたのである。彼は剣のことなどどうでも良かった。レア魔術のオマケ程度のものだった。
男は早速、その魔術の解析にとりかかった。剣の効果か魔物の類の出ない区域になっていたので、野宿にも不便はなかった。
そして、毎日飽きることなく剣と向き合うこと半年。ついに、剣を封じた術は解かれたのである。先ほどまで岩に刺さってびくりともしなかったはずの剣は、いとも簡単に男の手に収まった。
「大層な封印のかかっていた剣だし、売れば路銀くらいにはなるか」
しかし、男は未だに勇者の剣の価値を知らなかった。遺跡に残された宝石と同程度にしか見ていなかったのだ。だから、我こそは勇者であると名乗り出るつもりもなく、適当な古物商にでも売り払ってまた旅に出るつもりだった。
男はまだ知らない。街で大層人目を引くことを。剣を売り払おうとした古物商でこっぴどく怒られることを。そして、城から使いが現われ、王に呼び出されることを。
まだ、知らない。




