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お話しましょ?


 昼飯時のファミレスは予想通り混み合っている。騒がしくて落ち着かないくらいだが、今はこの騒々しさこそ都合がよい。


 背筋を伸ばし、窓の外を眺めていると、奴は現れた。


 俺を見つけた藤森は驚く。が、それも一瞬だ。こんなところに何故、でもそんな疑問はどうだっていい。という思考だろうか。


 入店するなり、躊躇いなく俺の向かいに座った。隣に座られないだけよかった。


「もしかして、わたしは騙されたのかな。占いなんて、大嘘」藤森は満面の笑みを浮かべている。「でも、なんだっていいや。優悟くんに会えたから、最高に幸せだもん」


「仲良く雑談しようってつもりは一切ないから。勘違いしないようにな」


「そうなの? でも、わざわざこんな手間をかけて、わたしと会おうとしてくれたんでしょ?」

「お前がコソコソしなければ、もっと話は簡単だったんだよ」


 藤森は不気味に微笑む。


「じゃあ、優悟くんがわたしに会いたい理由は? 教えて」

「俺と日野に近づくのを、金輪際やめてほしい」

「どういうこと?」


 予想通りの反応だ。正直に「はい。もうしません」なんて言うはずがない。期待もしてない。


「牧雄から」

「牧雄?」

「お前の名前が出たんだよ。脅したんだってな」

「そんな人、わたし知らないよ」


「剃刀の入ったバッグとすり替えたりもしたよな。そのとき、お前の姿を見たんだ」


 半分は嘘だ。はっきりと藤森の姿を見たわけじゃない。だが、ここで重要なのは藤森から本当のことを引き出すこと。つまりは、ハッタリだ。


 ハッタリが多少は効いたのか、藤森の態度が変わった。


「へえ。優悟くん、わたしのこと見ててくれたんだ」

「認めるのか」

「ふふ。バレちゃったらしょうがない。なんだか探偵や刑事みたい」

「誤魔化すな。それより話を戻すぞ。俺たちに近寄るなって言ってるんだ」


「でも、わたしには優悟くんしかいない。今でも一番大好きなの」


「は?」話が通じてないのか?


「わたしね、最初に日野ちゃんを見たとき思ったの。『ああ、この子も優悟くんが好きなんだな』って。わたしも同じだから、分かるの。それだけだったら、なにもしないんだけど」


「それだけじゃなくなったから、攻撃をし始めた? クソみたいな理由だ」


「わたしにとっては、なにより大事だよ。優悟くんが大好きで、大好きで仕方ないの。なのに、日野ちゃんに奪われちゃった。奪われたら普通、取り返すでしょ? そりゃもちろん、ナイフとか剃刀とか、ちょっと可哀想だとは思ったけど。わたしだって可哀想だと思わない?」


「お前が、可哀想だあ?」


「高校卒業するとき、優悟くん、わたしと別れたいって言ったじゃん。だから我慢して、心も殺して、別々の学校に通ったの。ちょっとの辛抱だと思ってさ」


 ちょっとの辛抱、という言葉から、その時点で認識の相違があったことが分かる。



「なのに、優悟くんは日野ちゃんと付き合いだしちゃった。それって、おかしいよ。浮気みたいなものでしょ? だから、腕を切った。自転車にも、細工した。こっそりブレーキも壊したんだけどそれは意味なかったかな。暑い中、頑張ったのに」



 頭のネジが飛んでるとしか思えない発言が、次から次へと止まらない。呆れたものか、怒ったものか。


「お前の狂ったご託はもう、どうでもいい。ただ、お前のやってることは犯罪で、正当化できるようなものじゃない」


「見て、あれ」


 藤森は、はす向かいの席にいる若者を指し示した。若者はスマホを手にしながら料理を口に運んでいる。


「スマホ依存とか、他にもアルコールや煙草。いろんな依存があって、苦労するんだろうね。わたしも似たようなものでさ、優悟くんと離れていると不安になっちゃう。気持ちを落ち着かせようとしても、気がつけばあなたのことを考えちゃう。優悟くんに出会う前だったら、そんなことなかったのにね」


 よくもまあ、Jポップの歌詞のようなことを恥ずかしげもなく言えるものだ。


「お前のそれは、別の異常だ」

「どうして分かるの?」

「それは」


「一緒だよ。なのに、わたしのは別だって、違うものだって決めつける。依存症なんだよ。苦しいの。優悟くんに伝わってくれたら嬉しいな」


「自分の気持ちを分かって欲しい。だから、危害を加えるのか?」


「分かって欲しいと、思ってるだけじゃなにも変えられないでしょ。だから、行動したの」


 このとき、はっきりと理解した。藤森の気持ちではない。この世には決して相容れない人間が存在するということをだ。


 俺は一刻も早く会話を終わらせたくて、今までの流れも無視し、例の提案を切り出した。


「クリスマス、話がある。場所と時間は……どうせ、俺の連絡先も知ってるんだろ? だから、前日にでも聞いてくれ」

「話ってなに?」


 藤森は顔を輝かせる。


「俺も考えをまとめて、言葉にできるようにしたい。だから、当日まで待て」

「ふうん」


 その声色には、誤魔化しなど通用しないぞ、というメッセージが込められていた。デタラメだったら許さない。身震いしそうになるが、腹に力を込めて受け止める。


「お前の行動理由は、まあ分かった。だが、このままだと一生、平行線だろ。クリスマスに、俺たちの今後に関わる話をしよう」

「いいよ。楽しみにしてるね」


「クリスマスまで、俺や日野、もちろん他の奴らにも近づいたりするなよ。この約束を破れば、話はなかったことになる。分かってるな」

「うん!」


 もう少し説得することも覚悟していた。彼女は本当に了承しているのか、表情からは判断が難しい。この場は、彼女の言葉を信じて頷くしかなかった。


「なんだか、わたしたちの最初を思い出すね」

「最初?」


「わたしが優悟くんに告白したときのことだよ。校舎裏に呼び出して、告白したんだ。あのときも、話があるって、伝えたいことがあるって呼び出した。あれはわたしからだったけど、今度は優悟くんから」


「ああ……」


 俺にとっては嫌な記憶だが、藤森にとっては最高の記憶なのだろう。数年経っても鮮明に思い返せるほどに。


 彼女は本当に、俺と再び一緒になれると信じているのだろうか。


 誰にも理解されず、想う相手には拒絶される。そう考えると、ほんの少しだけ哀れに感じてしまう。


   ***


 鋭さすら感じる寒風に耐え、電車に乗ったかと思えば、効き過ぎた暖房で汗をかいた。逃げ出すみたいに降車すると、再び寒風にさらされた。

 体調を崩しそうだ。だが、弱音を吐いている場合ではない。クリスマスまで、一ヶ月を切った。


 藤森への対抗策を少しでも用意したくて、苦し紛れに志村と話した。以前、ゲームでは彼女が云々、そう語っていたのを思い出したからだ。ストーカー気質のキャラは、どう攻略してるんだ、と。


 志村は「お前に女関係で質問される日が来るとは思わなかった」と目をぱちぱち瞬かせた。


「いいから、たいして期待もしてないから教えろよ」


「教わる態度じゃないな。まあいいけど。とりあえず、拒絶するとろくな目に遭わない」

「たとえば?」

「ナイフで腹を刺されたり」

「マジかよ。剃刀で指をやられるとか、そういうので済まないのか」


「ぐっさりとな。そういう子は、自分の思いどおりにならないなら、いっそのこと殺してしまおうって思うんだよ。ホトトギスに対する信長みたいな」


「なあ、そういうキャラって人気あるのか?」

「あるよ。需要がたっぷりと」

「分からねぇ世界」


「これが完全なフィクションってわけでもなくて、この間、現実でもニュースになったんだぜ。愛しすぎて、刺しちゃう系女子」


 クリスマスに向けて覚悟を決めてきたつもりだが、流石に鳥肌が立った。刺されないように今からでも護身術を習うか、防刃ベストのようなものを買うか。藤森はナイフを持ち出すだろうか? なんにしても、危険物と対峙する可能性は高い。


   ***


 決戦の日が近づき、抱いていた恐怖も吹き飛ぶような出来事が起こる。


 日野が、車道へ突き飛ばされた。


 偶然その場に居合わせた白坂さんによって無傷で済んだものの、轢かれたら最低でも重傷は免れられなかったはずだ。


 目撃したわけではないが、理解した。藤森は、俺との約束を破りやがったのだ。


 ある種の絶望を抱く。俺は、藤森の考えを読み違えた。



 藤森は理解していた。約束を破ったからといって、あいつにとってのデメリットは限りなくゼロに近いことを。


 俺があいつと二度と会わないと決めようが、あいつは俺たちを追いかけて、関係を必ず壊そうとする。それを阻止するためには、結局のところ、俺が直接会って、話をつけなくてはならないのだ。


 日野が殺されそうになったのは、完全に俺のミスだ。ファミレスで、藤森の考えをしっかりと読み、行動を封じておけばよかったのだ。後悔しても、しきれない。



 しかし、幸運にも、日野の命は白坂さんによって守られた。

 反省と謝罪は、クリスマスで、すべての決着をつけてからたっぷりとしよう。

 

 今は、闘志を蓄える。


 怒りで、恐怖はもう消え去っていた。 

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