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アイラブユー・Y

 梅雨の時期に曾根崎と会った。三年にもなると、一年時に一緒だった奴らと会うことも珍しくなる。久しぶりの曾根崎は、曇りがちな空に似合う顔をしていた。


 曾根崎の愚痴を要約すると。


「つまり……入学から慕っていた女の先輩が、実はとんでもない女王様だったってわけか」


 曾根崎はひたすら己の不運を呪っていたが、阿呆らしいこと、この上なかった。


「あり得なくね? ずっと騙されてたんだぜ」

「面白くてしょうがないよ」

「ふざけんなバーカ」


「そういえば先週の嵐の日、お前が自転車で疾走してたって聞いた」

「そう! それも女王様絡み! や、正確には女王様と、()()()A()絡み」

「よかったじゃんか。ずっと女の子と仲良くなりたいって言ってただろ」

「今の話聞いてその感想、病院行った方がいいぜ」

「お互い、女性関係に難ありってか」


「そりゃストーカー問題抱えてるお前と比べたら小さい悩みだろうけど。ってか、災難なのは、むしろ女王様の方かもしれないんだよな」

「どういうことだ?」


「さっき言った、付き人A。そいつ、とびっきりの変人でさ。女王様になにされても動じないんだよ。宇宙人じゃないかって噂になるくらいに」

「宇宙人とは。壮大なスケールだ」


「悪い奴じゃないんだよ。でも面倒。だからかなぁ。女王様と仲良くやれてんのは、むしろそいつ」


 語る曾根崎の雰囲気が、まるでもう少しで卒業する学生のような、これまでを懐かしむものに見えた。卒業はまだだというのに。


 しかし、まだ先は長いと感じていても、物事の終わりは案外あっさりと来るものだ。こうして同級生と馬鹿話をする機会も限られ、気がつけばスーツを着て企業を探して面接を受けて、社会に出て行く。

 曾根崎はとっくに、やがてくる結末を見据えて、寂しさを抱いているのだろうか。


「そろそろ授業が始まるな」

「マジか。お前との話で休憩終わっちまったじゃんかよ」


 あと何回できるか分からない会話をして、俺は別の教室に向かおうとする。曾根崎はへらへらしながら言う。「ストーカー、解決できるといいな」


「なんとかするよ」


「お前、いろんな奴と関わっただろ。困ったことがあったら、()っていうの? それを使ってけ。アドバイスだ」


「じゃ、困ったらお前にも、声かけるよ」

「あ、俺はパス」


 舌を出して曾根崎は逃げ出す。


「ありがとな。アイラブユー、曾根崎」


 去って行く背中に向かって、わざと大声で叫んだ。振り向きはしなかったが、はっきり「キモい!」と吐き捨てるのが聞こえた。


   ***


 悪意によって、剃刀で指を切る羽目になった。授業で一緒になった友人に「ドジだ」と笑われた。すべてを語る気はないが、違うんだよと主張したい。


 夏の終わり頃に、日野と作戦会議をした。2度目の会議は日野の新居で行われた。


「さて、始めるよ」


 日野は目から炎が出るくらいに意気込んでいる。


「まず日野に聞きたいんだけど、藤森から攻撃された日付とかって覚えてる?」

「日付?」


 正直なところ期待していなかったのだが、日野は記録をしていた。曰く、毎日寝る前に数行日記を書く習慣があって、ちゃんと記していたらしい。


「自転車がパンクしたり、腕を切られたり、剃刀を仕込まれたり……」


 日野はカレンダーと日記を見比べる。「あ」と、あることに気がついたようだ。


「偶然かな、木曜日ばっかだ」

「たぶん、偶然じゃないよ」

「え、どうして」


「藤森は、スケジュールをきっちり管理するタイプなんだ。良いように言ったけど、要するに自己中で頑固。この曜日に出かけるって決めたら、他の曜日にはしない。今も変わってないなら、彼女は木曜日に俺や日野を狙うと決めているんじゃないかな」


「この日はバイト、この日は友だちと遊ぶ、みたいな感じで、わたしの腕を切るの?」


「常識で考えちゃ駄目だって。人の腕を切ったかと思えば、次の日には新しい服を買いに行ったりする。昔からそういう奴だったよ」


 日野は目を白黒させていた。


「……なに?」

「いや、なんだかんだ、時田くんとあの子、付き合ってたんだなって」

「信じられないだろ? ……木曜日って決めつけはしないけど、可能性は高いと思う。ヒガシに送迎してもらうことあるんだよな。木曜日に頼んでみようか」


「逆ストーキングもできるんじゃない?」


 つまり、大学周辺に現れる曜日が予測できれば、どこかで張って追跡することも可能というのだ。上手くいけば、一泡吹かせられる。


「でもまあ、意味ないか」日野は独り言のように呟いた。「ストーキングしても、そこからどうもできないし……」

「いや」


 ずっと、考えていたことがある。


「俺が、直接会って話す」

「絶対に危険だよ?」

「分かってる」

「もう近寄るなーって言う? 素直に言うこと聞くとは思えないなぁ」


「聞かざるを得ない条件を提示する。たとえばだけど、『クリスマスに会って話がしたい。それまで大人しくしてろ』とかってね」


「仮にそれでクリスマスまで大人しくなったとして、その先は? 会って話して、今後一切関わらないようにできる?」


 当然とはいえ、日野は納得しない。


「藤森の心を折れたらいいんだけど……」


 半端な拒絶では、藤森は聞き入れないし、十中八九、怒る。怒り狂うか静かに怒るか分からないが、俺たちを今まで以上に攻撃してくるのは間違いない。


 殺されるかも、なんて想像はきっと大げさじゃない。


「でも、クリスマスに会って話がしたいっていうのは、効果がありそうだよね。ああいう子って、クリスマスに好きな人と過ごすって、憧れそうだし」

「あ」

「どうしたの」


「……そういえば俺って、藤森とクリスマスを過ごしたことないと思って」

「そうなの?」


「付き合ったのは、高校二年の冬、二月だ。で、別れたのは三年生の、十二月。クリスマスの前」


「……そのこと、結構恨んでたりして」

「えっ?」

「モテる男の子は、クリスマスを特別と感じないとか?」

「いや……そんなことは……。そ、それより、肝心のクリスマスになにを話すか。いやまだクリスマス確定じゃないけど」


 俺は別の方法も模索しようと思ったが、日野は少し考えて言った。


「たとえば、時間が解決してくれることに賭ける? それって、わたしが血だらけになって倒れることを意味してると思うけど」

「期待できないな」

「こっちからどうにかしなきゃいけない、か。警察……は、どうだろ。時田くんは警察に任せられる?」


 任せられないなら、この世に警察なんていらないんじゃないか、とも思うが。


「いや、どうにも」任せられないと、答えていた。「藤森が捕まった姿を想像できない。それに、ストーカーって罰則はどれくらい? あいつはすぐに再開するよ」


「しかも、本格的に動いてくれるのは、事が起きてからだよね。まあ、わたしたちは実際に傷害を受けてるから、事が起きてるとも言えるけど」


 警察はアテにできないというのが、結論だった。


「当然、力尽くは駄目。わたしたちに前科ついたら最悪だし」

「……じゃあ」


「うん。やっぱり、彼女の心を折る」

「とは、言っても」

「とは言ってもだよねー……」


 犯罪すらいとわない狂人に、俺たちは敵うのだろうか。


「もう一つ、彼女を大人しくさせる方法は、あるけど……」


 日野は今までにないくらい、沈痛な顔をする。とても、希望があるようには見えない。太陽が厚い雲で隠されたようだった。


「それって?」

「わたしが、時田くんと別れたらいい」

「なっ……」


 俺は咄嗟に言い返せなかった。確かに効果的ではあるからだ。そうすれば、日野への攻撃は止むはずだ。


「いや……ごめん」日野はか細い声で謝った。「そんなことをしても、時田くんは変わらず執着されるよね。わたしだけ逃げるだけだ……」

「そんなの……」


 謝るべきなのは俺の方だ。


 俺が日野に近づかなければ、彼女が危険な目に遭うことなんてなかったのだから。



 藤森の攻撃は、確実に俺たちを蝕んでいた。俺たちの間に亀裂が入れば、あいつの思い通りだ。


 気まずい空気をなんとか断ち切ろうと、俺たちは言葉を費やし、作戦会議を進めていった。

 しかし決定的な拒絶方法は思いつかず、時間がただ過ぎていく。ため息が増えて、お互いそのことに気づいているだろうが、指摘する余裕もない。


 ただ、終わり際に、日野が溢した言葉が耳に残った。



「あの子のことを理解できたら、拒絶する言葉も思いつけるんだろうけど」



 理解?

 藤森を?


 そんなの、どうやって?



 ***


 

 カラオケに来てまで、漫画を描いている。いとこである入江杏里、ペンネームで呼ぶのなら絵入アンは、俺が歌っているのもそっちのけで、狭いテーブルの上でペンを走らせている。無理に誘ったのは俺だから、気にしないけれども。


「歌わないの?」


 俺はジュースで喉を潤してから、杏里の側に座る。


「お好きにどうぞ」


 彼女のことは、ずっと昔から知っている。前はもう少し喋る子で、俺とおままごとをしていたこともあったのに。今では、他人行儀だ。なんとなく寂しい。


「日野さんと一緒に来れば良かったじゃないですか」

「いやぁ。ちょっとね」

「なにか」


 追求しようとしたらしいが、気が変わったらしく杏里は黙った。元々、彼女は他人に深入りしようとしない。もちろん、漫画のネタになるのなら話は別なのだが。


「ぎくしゃくしちゃって。で、思いっきり歌ったら気が晴れるかなって。でも、それも難しいな」

「喧嘩ですか」

「喧嘩とは……いやでも、そうとも言えるのかな」


「そんな面倒なこと、よくできますね」


「……おやおや?」


「……なんですか」

「そういう杏里ちゃんも、その面倒なことをしたじゃないか」

「はい?」


「君はどうしてもストーカーを尾行したいと言い張って、飯塚と喧嘩しただろ? ちょっと前の杏里ちゃんなら考えられ……」


「あれは喧嘩じゃありません」


 食い気味に否定されたが、手が止まり、声を張っているあたり図星のようだ。


 人間味が出てきたというか、まあ昔を知っている自分からすれば、捻くれた部分が真っ直ぐになってきたと言ってあげたい。


「あれが喧嘩じゃないなら、俺たちのも喧嘩じゃないのかなぁ」


「そうですか、どうでもいいですけど。それよりそのストーカーはどうなったんですか。飯塚さんとわたしの追跡は、役に立ちましたか」


「役に立ったよ。とてもね。ところで……杏里ちゃんだったら、相手を拒絶するときになんて言う?」

「なにも言わないです。黙って無視しておけば、勝手に離れていきます」

「まあ、そうか」


 杏里はそうやって育った子なのだから。


「でも」

「ん?」

「わたしの漫画のキャラクターなら、嫌いだって一言だけ言って、殴らせます」

「……暴力はなしで」


「含みを持たせたりして読者に読み取らせようとするのもいいですが、結局のところ、伝えたいことを大声で、ドが付くくらいストレートに叫ぶのが最強だと思います」


 現実の話というより、漫画の論を語っているようだったが、彼女の言い分は一理あった。


 恐れたり苛立ったり、藤森に対する感情は様々に渦巻いている。だが、根底にあるのは常に一つの思いで、言いたいことは多くはない。


「ああ、凄く参考になったよ。本当にありがとう」

「どういたしまして。お礼ができたようで、なによりです」

「……ん、お礼?」

「いいづ……」


 杏里の様子がおかしいことに気づく。彼女の顔は珍しく分かりやすいものになる。「しまった」と焦っているようだった。


「あ、もしかして、飯塚を紹介したこと? 杏里ちゃんはそれを『礼を言うべきこと』と感じているってわけ……」


「黙ってください」頬が赤くなっている


「はは。仲良さそうでよかった」

「良くないです。会うたびに、ストレスが溜まります」

「……歌う?」

「歌いません!」


 彼女の作画速度が明確に落ちていた。人間関係をまともに構築してこれなかった彼女の心に、今はどんな変化が訪れているのか、とても興味深かった。



 ちなみにこの後、俺がうっかり自分の出身地のことを喋り、彼女はすっかり興味津々になった。どうしても行きたいと言い出して、議論の末、飯塚が同行するならオーケーという話になってしまった。


 飯塚はまあ、頑張って欲しい。


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