お約束の台詞
志村と別れて大学に戻る。もう学園祭も終盤だった。空は藍色に変わって、西の空には夕陽があった。寒風が吹いて、体が震える。
「時田くん」
隣で歩く日野が言う。
「学園祭、最後にケチ付いちゃったけど、楽しかったね」
「ん」
まさに、最後に嫌な思い出が残された。が、曾根崎のために客引きをしたり、着ぐるみに入って走ったり、日野のライブを聴いたりと、愉快な体験も多かった。
「最後、レーザーショーがあるんだって」
「レーザーショー?」
「照明で、なんか、ピューッって、ね。照らしていい感じにする、やつ」
「すっごい曖昧」
「だってそんな興味なかったしー」
「うわー正直」
「……クオリティ、期待できる?」
「や……別に」
「でしょ」
デカいところの大学ならともかく、こんな田舎の大学では、たかがしれてるイベント、なのかもしれない。いや、そういうことを考えるのはよそう。
「ところで今日のわたし、違うところがあるんだけど、気づいた?」
「違うところ?」
過去にも、こういった類の質問を女子からされたことがある。ただ、日野と彼女らの解答が同じだとは限らない。
「メイク?」
「残念」
「ごめん、分からない」
「正解は、バッグでした」
「いやバッグ持ってないじゃん!」
「ロッカーの中にあるからね」
「不正」
「今日の昼とか、時田くんの前でバッグ見せたから、フェアだよ」
「いい性格してる」
「へへ、ありがと。ちょっと待ってて。ロッカーから取ってくるから。ここからなら近いし、5分くらい」
今まで付き合ってきた女子たちと、日野との違いはなんだろう。過去の彼女たちに、欠点があったとか、そういうのでもない。何故だろうと、ひとしきり思案する。
悩んでいると言葉どおり、5分程度で日野は戻ってきた。ピンクと白色の可愛らしいショルダーバッグを肩にかけていた。
「ヒガシがくれたんだ。引っ越しのせいで、お金がなくてさ。もういらないし哀れな貧乏学生に恵んでやろうだって」
「素直じゃないね」
「本当は優しい子なんですよ」
バッグの中に、ハンカチや小さな筆記用具、それと見覚えのある漫画本が見えた。
「その漫画」
「あ、これ? けっこう面白いんだよ。この前、最終巻が出て。買ったんだ」
へえ、と俺は初めて知ったというふうを装ったが、その漫画の作者を知っている。それどころか、親戚にあたる。
「『本当は世界の平和とか、誰かのためとか、そんなことのために闘いたくない』なんて台詞があって。主人公なのにいいの? って思うけど、なんか分かるなーって、思うんだよね」
「あはは」と、笑うしかない。
「なんとなくだけど、作者の実感がこもってる気がする」
「日野は鋭い」
「え、そうかな?」
そういえば、あの無感情漫画家が、新しいネタのために大学生を探していると聞いた。できれば色々と破綻している人がいい、そんな人を紹介してくれと彼女は言っていたが、本当に破綻していると危険だ。いとこを危険な目には遭わせられないし、どうしたものかと考えている。
一応、候補に挙がっているのが一人いるが。
「わたし、喫茶店でバイト始めたんだよ」
日野はストーカーによって大打撃を受けたが、くじけずに復活しようとしている。規模は違うが、災害に遭った町が復興しつつある様を思わせて、眩しく見える。
「だから、時田くんも。負けちゃ駄目だよ」
「ありがと」
しかし、藤森も暇な奴だ。俺に付きまとうなんて。高校時代に聞いたが、藤森もどこかの大学に行ったはずだ。目指すべき将来があるはずで、もっと意味のある時間を過ごせばいいのに。
日野にそのことを愚痴ると、「しょうがない部分も、あるよ」と返ってきた。
「どういうこと?」
「時田くんのことが、とびっきり好きなんでしょ。恋は盲目って言うし、君がいないと、藤森ちゃんは将来なんて見てられないのかもよ」
「なんで俺に、そこまで」
「時田くん、好かれやすいんだよ」
「日野は?」
「そりゃ好きだよ」
「え」
「……ん?」
時が止まったように思えた。が、体育館前のステージから、レーザーの照射が始まって、時は正常だと分かった。ほどほどに綺麗な光が、あたり一面をほどほどに照らした。
「は」
日野はネジの外れた機械のようだった。一方で、俺は今、どんな顔をしているだろうか。
今まで付き合った彼女たちと、日野の違いはなんなのだろう。どれだけ考えても、答えは出そうにない。理屈ではないのかもしれない。
思えば、きっかけは一年生の春だ。ライブの帰り道、軽口混じりに軽音サークルの批評をしたときから、小さな火は生まれていた。
「あ、いやっ! そうじゃなくてっ……」
日野は盛大に慌てる。俺も、過去の経験から、自分への好意は察することができる。だから、少し動揺したが、冷静になる。慌てる彼女の姿を見て、愉快に思う余裕も生まれた。
「い、今の、忘れて」
「いや」
「へ?」
「俺も好きだよ」
「すっ……」
俺は、異性に好かれる。が、同じ数だけ、別れもあった。恋愛に向いていないのだろう、と諦めかけていた。藤森のこともあり、恋愛とは縁遠い生活を望んでいた。
はずなのに。
空はもう暗いが、安っぽいライトがお互いの顔を照らした。
「ねえ、日野」
「な、なに」
前振りもない。ロマンチックさも中途半端。告白としては、最悪の部類かもしれない。けどまあ、別にいいか、くらいの気持ちで、俺は口を開いた。
「俺と、付き」
「あーっ!」
「ええ?」
「展開が早い! もうちょっと落ち着かせて!」
グダグダになって、もつれるような告白は結局、最後まで格好が付かなかった。レーザーショーが終わってから、ようやく俺は、お約束の台詞を言えた。
彼女の返事は、まあ、俺が告げることではないだろう。




