Yの奔走 ──アクション!──
──時田優悟 大学二年生 秋──
想像以上に視界が狭い。おまけにカビの臭いが立ちこめていて、気分が悪くなってくる。ふらつく足取りで、なんとか動けるように慣らしていく。
学園祭の浮かれた空気が、肌に伝わってくる。
とはいっても、着ぐるみを身につけているため、直に伝わっているわけではない。雰囲気だけだ。
この大学のマスコットは、当たり前だが、去年とまったく同じデザインで、やっぱり不気味に見えた。だからか、これを被って学内を歩いていると、微妙に避けられている気がする。マスコットの着ぐるみなんて、喜ばれてもいいはずなのに。
だが、逆にそれが良かった。避けられているのが、今回は都合がいい。
群衆の中から、同じ着ぐるみが姿を現した。中身は、きっと曾根崎だ。
「お前、時田? 合ってる?」
「合ってる合ってる」
「臭ぇし暑いし、拷問かよ。割に合わねぇー」
「客引きに付き合ってやるって言っただろ。お前の考えた、しょうもない占いの」
「けどなぁ」
「ところで、お前の友人とやらは、もう着ぐるみに入ってるのか」
「スタンバイしてるはずだ」
嫌々、曾根崎に頼み込むと思わぬ協力者が得られた。高柳という、曾根崎と仲がいい三年生。それと、名前は聞かなかったが、俺たちと同じ学年で曾根崎の友人だという男も、着ぐるみの中に入ってくれることになった。
曾根崎曰く、宇宙人みたいに変な奴らしいが、協力してくれるなら、なんでもよかった。
俺たちは作戦の確認をする。
「俺たちは、日野のストーカーを、着ぐるみで追いかけ回す」
「いくらこの着ぐるみが怖いからって、そんな効果あるのか? 小学生じゃないんだから」
「逆にお前だったら、どうだよ。知らない場所で、わけも分からず、不気味な着ぐるみに追いかけられるの、意味分からなくて怖いだろ」
「……ああー、まあ?」
「受付にいる学園祭の実行委員にも頼んである。ストーカー、牧雄って奴が来たら、連絡が来るようになってるから。そしたら、作戦開始だ」
「作戦て」
「いいか? ただ追いかけるんじゃないぞ。殺す気で追いかけるんだ」
「そのままの意味? 殺す気って」
「捕まえて、耳元で囁くんだ。キモい行為は金輪際やめろこのクソ野郎、って」
「やっぱ割に合わねーって!」
曾根崎は心底嫌そうに首を振る。その様子はまさに、子どもなら恐怖で身がすくむ光景だ。隣を通り抜けようとした女性が、ぎょっとして横に飛び退いた。当の曾根崎は、まさか自分がそんな恐怖を与えているとは想像もしていないようだ。
ポケットの中からスマホの振動が伝わってきた。取り出せないので、自然に切れるのを待つ。きっちり3回の振動で切れる。事前に取り決めた、牧雄が来たという合図だった。
やはり、来たのか。
「よし、行くぞ」
「やっぱやめていいか?」
「行くぞ!」
***
「と、いう感じだ」
「分からんが?」
志村は呆れた様子で言った。
事の顛末を志村に語り終えて、俺は一息ついた。着ぐるみで走り回るのは、普段使わない筋肉を使う。すっかり筋肉痛だ。1日経ったが、語っている途中で、疲労が蘇ったような気がした。
「お前と、曾根崎らが着ぐるみで走り回る、の時点でいまいち頭に入ってこなくなった」
「序盤も序盤じゃないか」
「やっていることが、あまりにもアホらしくてな。いいのかよ。大事な大学二年の学園祭でやることが、着ぐるみで奔走ってのは」
「家にこもって漢字眺めてたお前に言われたくないな」
「馬鹿。ミニコちゃんのアーカイブ配信も観てた」
「ま、作戦は成功した。要するにそういうことだ」
「要しすぎてる」
「なにもかもが上手くいった、ってわけでもないんだが……」
成功こそしたものの、想定外だったのは、牧雄があまりにも臆病な男だったことだ。
着ぐるみで近づき、ゆっくりと囲む予定だったのが、半径10メートル以内に入ったかというくらいで、奴は逃げ出した。まるでライオンを見つけたシマウマのようだった。
そのせいで、騒ぎが大きくなった。周囲から見た俺たちと牧雄の様子は、学園祭のイベントに見えたかもしれない。
しかし当初の目的の、怖がらせてストーキングをやめさせることは叶ったといえるかもしれない。
あいつが大学から逃げ出す前に、しっかり耳元で囁いてやった。「お前のストーキング、絶対に許さないからな」と。できる限りの、ドスを利かせた声で。
「志村」
「なに」
「アドバイス。誰かを脅したいときは、異質なもので追いかけるのが効果的だ」
「世界一いらないアドバイスだ」
「じゃあ、有用なのをもう一つ」
「その次にいらないアドバイスになるだけ」
「今回の件で自由になった日野が、これからステージに上がる。観に行くのが吉だ」
志村は小馬鹿にしたような目をして、けれども少しは興味が湧いたようで訊ねてきた。
「なにするんだ、その人」
「演奏?」
「は? なんで疑問系」
「演奏のような、そうじゃないような」
要領を得ないが、俺もそう言うしかなかった。なにしろ、俺だって詳しくは聞かされていないから。来てくれたら嬉しい、とは言われた。
「なんで。関係ないじゃないか」
「頼むって。観客が多いと、俺も嬉しい」
口には出さないけど、強引にでも連れて行くつもりだが。俺も彼女に言われたばかりだ。「どうしてもってときは、図々しいのが大事だからね」と。




