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Sの覚悟 ──作戦!──

 あと二週間ほどで夏休みになる。休みが終わればもう秋だ。光陰矢の如し。まだ二年生なのに、卒業までのタイムリミットを感じてしまう。


「そっ、そういえば……秋になれば、学園祭だね」

「えっ?」


 時田くんは上の空だったらしく、不意打ちを食らったかのように戸惑った。


 ヒガシの作戦が、実行に移された。一緒の帰り道だ。これから家に行って、泊まるというのだから、どうしても気まずくなる。

 この空気を変えられないかと考えた、渾身の話題選びのつもりだった。


「な、なんか日野は、やるの?」

「や……やるって!?」


 会話がぎこちない。


「サークルとか、入ってないんだっけ」

「あ、うん。いやでも、ちょっと予定がある、かも」

「かも?」


「確定じゃない。でも、やるって決まったら、時田くんも観に来てほしいな」

「分かったよ」


 ふと、学園祭の人混みを想像する。他校の学生、入学予定の高校生、親やきょうだい、果てはただ遊びに来ただけの近隣住民。無秩序に様変わりする大学構内。


「ねえ、思ったんだけど、牧雄くんが学園祭に来る可能性ってあるかな」

「……なくはないかも」


「だよね」学園祭は、誰であろうと敷地内に入ってしまえる。「今回の件で諦めてくれたらいいけど」



 後方が気になる。なんとか説得して、飯塚くんは協力してくれることになった。おそらく、遥か後ろで隠れながら、ついてきてくれているはずだ。そして、彼とわたしたちの間には、ストーカーがいるのかもしれない。


「でも、逆に言えば、学園祭はチャンスかも」

「チャンス?」わたしは訊ね返す。

「牧雄と確実に、面と向かって会えるかもしれない」

「あっ、そうか。今まではあっちから一方的だったけど、こっちから近づけるのか」


「ヒガシ軍師には及ばないかもだけど、俺たちも作戦を考えない? もしまた来たときのことを考慮して、こてんぱんにやっつける方法を」


「四番バッターに対して、新たに習得した変化球を投げるみたいな?」

「今川義元軍に対して織田信長軍が奇襲で攻めるみたいな」


「えーっと、じゃあ……」

「まあ、上手いことやる作戦を考えようって話」

「せっかく喩えてたのに!」


 話していたら、わたしの住むマンションが見えてきた。もしかしたら、待ち伏せしている、なんてことはないだろうか。わたしの不安が伝わってしまったのか、時田くんが咳払いして言った。


「俺、サッカー部だったんだよ」

「そうなの?」


「だから、もし襲いかかってきたら」と、脚を高く上げる。「蹴り飛ばすよ」


「問題は、サッカーは人を蹴るスポーツじゃないってことだけどね」

「そこは、なんとか」


 だが、心配は杞憂に終わり、無事に家に着く。



「で、日野は引っ越すことに決めたの?」

「万が一を考えてね。お金の問題があるから、バイトしなきゃ」

「両親には言ってないの? 援助してくれるんじゃ?」

「心配させたくないから」

「日野は偉い。だけど、頼れるものはもっと頼ろう」


 ふと、時田くんが自分の部屋にいるという現実を再認識する。落ち着かない。会話が途切れると忘れていた恥ずかしさとか、気まずさとか申し訳なさが襲いかかってくる。

 飲み物でも出すよ、と立ち上がった瞬間、時田くんのスマホが鳴り出す。


「飯塚だ」


 メッセージが届いたようだ。


「な、なんて……?」

「待って……あ、いた!」


 時田くんは声を張り上げた。わたしはそのメッセージを見せてもらう。写真が送られてきていた。そこには、遠くにいるわたしたちと、それを観察している怪しい人影、つまり牧雄くんが写っていた。


「こ、これ……そういうことだよね? 牧雄くんがわたしをストーキングしてたっていう、証拠だよね?」

「まさか、いきなりヒットするとは」

「やった!」


「うん。奴はしばらくマンションの前をうろうろして、そのうち肩を落として帰って行った、らしいよ。飯塚、やるなぁ。流石、自称天才は伊達じゃない」


 嬉しさで、思わず飛び跳ねてしまう。時田くんが慌てて制した。


「でも、まだ完全に諦めたわけじゃないかも……」

「じゃあ、やっぱり学園祭だよ!」

「牧雄と面と向かって、拒絶する作戦ってやつ?」

「拒絶するかどうかは分かんないけど、決着つけよう!」


「なるほど。チャンス、か」


 そう言ってから、時田くんは笑う。


 愉快になってきて、わたしも笑い出す。ひとまず危機が去ったことも関係しているのかも。なんだか、涙が出るほど笑ってしまった。



 まったくの余談だが、時田くんは予定通り家に泊まっていった。

 だが、なにもない。

 わたしのお気に入りのライブDVDを夜遅くまで観て、そのまま、別々に眠った。それだけだ。


 ヒガシに話すと「日和りやがって」と悪態を吐かれたが、「うるさい」と返してやった。


 わたしはそれだけで楽しかった。けれど、彼はどう感じていたのだろうか。




   ──日野鈴奈 現在から数十分前──



 引っ越して一年が経つこの部屋にも、ようやく馴染めてきた。


 プレイリストが一周して、ヘッドホンを床に置いた。テレビの無秩序な音が聞きたくなって、適当にチャンネルを合わせる。NHKでは相撲が放送されていた。


「今の、物言いじゃないんですねー」


 と、アナウンサーが公正にしつつも、「おいおい、しっかりしてくれよ」と言いたげな、笑いを滲ませた様子で発言していた。


 物言いとはなんだろう。疑惑の判定を、きちんとジャッジするための話し合い、みたいなことだろうか。他のスポーツで言うところの、ビデオ判定のような。

 結局、物言いとやらはつかず、しかし相撲取りたちは不平不満を言う様子はまったく見られない。当たり前なのかもしれないが。



 しばらく視聴していると、ふいにスマホが、けたたましく鳴り出した。わたしの体は大きく跳ねる。

 設定していたアラームだ。繊細さのない、勢いだけの音。音質も悪いから、耳障りでしかない。だからこそ、絶対に忘れられないアラームにはぴったりだ。


 父親が勝手に、わたしのスマホにダウンロードした曲だ。父親のバンドが若い頃に作った曲らしいが、どういう神経をしているのか分からない。娘のスマホを勝手にいじるのも、よりによって自分の曲を入れるのも、ふざけてるのかと、そのときは怒ったものだ。


 まあ、喉元過ぎれば、父親にも若い頃があったのだなと思い、愉快な心地になる。ロックンロール。わたしにとっての、春の季語。わたしはアラームを止めた。


 待ち合わせの時間が迫る。場所は、時田くんが「ここならひとけもなくて面倒が少ない」と言って見つけてくれた小道だ。確か、公衆電話が目印になるらしい。

 人がいないというのは、都合が良くもあり、やや危うくもある。だからこそ、覚悟を決めるしかない。



 さて。

 

 わたしたちの邪魔をする存在と、対決する時だ。


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