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Sの回顧 ──ストーカーM──


   ──日野鈴奈 現在から約1時間前──



 時計の針は16時半を指していた。幼い頃、なんで午前なら4時で、午後になると16時になるのかと納得いかなかった。親に説明されても、よく分からず逆ギレをした記憶がある。


 わたしは、自分が貧乏揺すりをしていることに気づき、気持ちを落ち着かせようとする。まだ家を出るには早すぎる。待ち合わせは18時過ぎだ。


 時田くんと待ち合わせ。これが、たとえばプロポーズとかだったら、この落ち着かない気持ちも楽しくなってくるのだろうが、残念なことに、そういうのではない。

 貧乏揺すりが治まらない。立ち上がって、自室をうろうろと動き回るが、余計に不安になってきた。


 棚からヘッドホンを取り出す。確か、1年前の学園祭で貰ったものだった。高価なものではなかったけど、そのぶん長持ちした。


 時田くんから例の話を聞いたのも、1年前だ。



「時田くん、ストーカーされてたの?」と、わたしは驚いた。


 それから、不謹慎ながらも、笑って言った。


「わたしたち、ストーカー被害仲間だ」

「笑えないから」と彼は言った。

「にしても、嫌な偶然だね」


 ヘッドホンから、数年前に流行って、今ではすっかり勢いを失ってしまったロックバンドの曲が流れる。ストーカーの偏執的な行動も、このバンドくらい、勢いを失ってしまえばいいのに。



 大学二年の夏頃、最初に、わたしのストーカー被害が問題となった。



   ──大学二年生 夏──



「で、その牧雄(まきお)くんとやらが、日野のストーカー?」


 時田くんは、わたしが表示した写真を覗き込む。

 教室は授業が始まる前で、人がまばらだ。


「高校が一緒だったの。今までどこにいたのか知らないけど」

「うーん」


 時田くんは苦い顔をする。きっと、自分の体験を重ねているのだろう。以前、彼がぽろっと溢した、彼自身のストーカーのことだ。


「ヒガシは、どう思う?」


 わたしが話を振ると、友人はすました顔で言う。


「まず、ヒガシじゃなくて、アズマね。(あずま)


「ヒガシの意見も聞きたいな。同じクラスだったんでしょ。牧雄くんと」

「同じクラスだった、ってだけ」


 時田くんは、ちらりとヒガシの顔色を窺う。そういえば、時田くんに彼女のことを紹介しただろうか。


「ねえ時田くん、ヒガシのことって、紹介したっけ」

「よかった。俺が忘れてるだけかと思ったけど、紹介されてないよね」

「え、鈴奈。紹介してなかったの」ヒガシは目を細める。


「ええと、彼女はヒガシ。わたしの高校の頃からの友だち。いつも楽しくなさそうな顔してるけど、だいたいこんな顔。実際は気さくな良い子だよ」


「時田くんのことは聞いてる。よろしく。あと、ヒガシじゃなくてアズマね」


「どっち?」と、時田くんはわたしに訊ねる。ので、「ヒガシだよ」と嘘をついてあげた。


「よろしく、ヒガシさん」


 ヒガシは訂正するのを諦め、大きなため息を吐いた。


 彼女が目を細めると、元々鋭い目つきがさらに鋭くなって、見慣れない人は怖く感じるかもしれない。けれど、内面はそんなことはない。面倒見が良く、割とノリも良いことをわたしは知っている。

 あと、実は彼氏がいなくて募集しているらしい。


「牧雄は鈴奈と付き合ってたっけ」

「そんなわけないでしょ」


 腹立たしさが声に表れたらしく「怖っ」と時田くんが引いた。


「じゃあ、一方的な好意か」ヒガシは嫌悪感を示す。

「SNS特定されて、実家まで来られたこともあったよ」

「ヤバいじゃん」時田くんは軽蔑する。「警察には、言ってないの」

「どうせ頼りにならないだろとか考えちゃって」


「警察にはそんな考えを抱かせないよう、頑張ってもらいたいものだね。で、その牧雄って奴が、今もストーカーを続けてるんだ?」


「この辺で、見つけたらしいんだよ。わたしの友だちが。SNSを特定できるくらいだから、大学なんて朝飯前なのかもね」

「なんでストーカーってのは無駄に行動力があるんだ」


 同じくストーカー被害者の時田くんも、うんざりしている。


「で、わたしが牧雄と同じクラスだったって話。悪いけどちっとも印象に残ってないよ。とことん地味な奴で、鈴奈の件がなければ、記憶に残ることなんて一生なかっただろうね。だから、あいつのことで役に立つ情報もない」


「地味な奴ってことが分かった」時田くんがきっぱりと言う。「地味な奴は派手なことはしない。だからなにか危害を加えるとしても、地味なことしかしない」

「派手だろうが地味だろうが、危害は危害だけどね」

「かもしれないけど」


「どうにかしないとね」「どうにかしよう」


 時田くんとヒガシの声が重なる。頼もしさと優しさを感じる。なんてありがたい友人だろう。


「それにしても、牧雄、か」

「どしたの、時田くん」

「牧歌的な名前だよなと思って。ストーカー的な名前じゃない」


 それから小声で、呟いた。「志村のせいか。名前の漢字とか気にするの」


「親も、子どもが将来ストーカーになるなんて想像してなかっただろうし」ヒガシは肩をすくめる。

「でも、牧歌的とストーカーは、近しいのかな」


 時田くんは苦笑する。どうして、とわたしが訊ねると、彼は言った。


「牧場だと、犬が羊を追いまくってるじゃん」

「あれってストーキングだったんだ」

「そうでしょ」


「違うでしょ」


 ヒガシが冷淡に否定した。




 授業が始まる直前、時田くんが遠くの席に移り、わたしとヒガシだけになる。わたしの耳元で、ヒガシが囁いた。


「時田くん、確かに格好いいね」


 意外と、こういうところがある。他人なんて興味ないみたいなスタンスでいると思ったら、ちゃんと見るところは見ている。以前、わたしがそう指摘すると「勝手なイメージで語らないで」と叱られた。


「鈴奈は、付き合ってないんだっけ。彼と」


 離れた彼の横顔を眺める。わたしたちが噂をしていると想像だにしていないだろう。短く切って整えられた髪と、形の良い耳が印象的だ。

 彼の耳にはピアスがある。怖いからマグネットにした、と聞いた。


「うん」

「でもさ、好きでしょ」


 恥ずかしくなり、思わず口をぽかんと開けてしまう。ヒガシは「図星だ」と微笑を浮かべる。否定したくとも、もう遅いと悟る。耳が熱い。


「しゃーないでしょっ」

「確かに」

「格好いいんだよ……くそぉ……」


「じゃあさ、ストーカー問題も、一石二鳥にすれば?」

「どういうこと?」ヒガシの発言の意味が分からず、聞き返す。

「吊り橋効果ってやつ」

「え、えぇ?」


「守ってもらえよ。彼にさ」


 ふと、遠くの席の時田くんと目が合った。どうしたの、と口パクで訊ねてきたから、なんでもないと、わたしも口パクで返した。その瞬間に授業開始のチャイムが鳴り、同時に教授が入室する。


 ヒガシの提案を拒否するタイミングを逃し、まるで、川を漂う流木のような気持ちで授業を受けることになった。


 ヒガシが悪戯っぽく微笑んだ。こいつめ。


2つの視点でどうぞ。

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