青髪の彼女
入学時、正門を抜ければ次から次へとサークル、部活動のチラシが手元に差し出された。一週間ほどで静かになったが、まるで祭りのようだった。
諦めの悪い人もいて、しばらく勧誘を続けていた。俺にチラシを配った彼は、ゴツい装備の暑苦しい格好だった。大学ではスポーツはしないと決めていたので、断固として拒否する。暑苦しい彼は、口を尖らせた。
「やっぱり、みんなラグビーの方がいいんだよな」
「別にそういうわけじゃないですけど」と俺は返した。「アメフトですか?」
「アメリカンのフットボールだぜ? 国際的だろ」
「国際的だと思って、アメフトをやる人は少ないだろうけど。人気ないんじゃないですか」
「人気はあるよ。あるけど、何故か部員がいないんだ」
「それを、人気がないって言うんでしょ」
彼は俺が立ち去った後も、納得がいかない様子で首を傾げていた。
その日は、朝の一限から、必修の英語があった。
***
英語の授業は、遅刻が許されないと聞いていた。担当教員が、異常とも言えるくらい遅刻に厳しいというのだ。だから、俺はなるべく早めに教室に向かった。同じ考えを持つ学生が多いのかすでに席の半分が埋まっていた。
空いている席に腰掛けて、教科書やらを取り出しながら準備をしていると、また一人、教室に人が入ってきた。ちらりと、人相を確かめようと視線を向けた。そして、思わず二度見した。
まるで色鉛筆で描いた空のような、明るい青色の髪をした女子だった。これまで外国人や髪を染めた学生はいたが、彼女ほど目立つのはいなかった。
青髪の彼女は空いた席を探して室内を見渡す。途中で、俺と目が合う。逸らそうか迷い、「急に逸らすのも失礼か」などと考えが過ぎって、にらめっこのように目を合わせ続けた。彼女は不思議そうに眉をひそめ、やがて視線を外した。
緊張していたわけではないが、俺は大きく息を吐いた。
「なあ」と、隣の席に座っていた男が話しかけてきた。教科書を開き「これ、なんて読むんだっけ」と、英単語を指差す。
「appealing。魅力的な、とかそんな意味だったはず」
「appから始まる英語、多すぎないか?」
「アップルとか?」
同じ学科であるため、その男のことは少し知っていた。確か曾根崎といって、今度行われる飲み会の幹事を担当していた。赤いフレームの眼鏡が特徴的だ。
余談だが、その飲み会は新入生主体で、つまり未成年だらけになるはずだが、アルコールについては、きっと誰も気にしていない。
曾根崎は、英語嫌いな日本人がよく言う台詞を吐き捨てる。
「なんで日本人なのに、英語を習わなきゃいけないんだ」
「海外で仕事をするわけでもないのに、って?」
「そうそう」
「日本に来た外国人とコミュニケーションが取れる程度の英語力は、身につけておいた方がいいんじゃないか。英語教師なんて、教え子に海外で仕事をさせたいなんて願っちゃいないだろうし」
「みんな、同じ言語使えばいいのにな」
「人がでっかい塔を建てようとして、キレた神様が言語をバラバラにしたんだっけ」そんなことが、聖書に書いてあるらしい。
「余計なことをしてくれたよなぁ。俺らのことを考えてくれよ」
「無茶な」
「ところで、さっきあの子のこと見てただろ?」
曾根崎が示す先には、青髪の彼女がいた。俺は彼女の名前を当然、知らなかったから「あの青髪の」と漠然とした呼び方をした。彼女は授業が始まるまでぼーっとして過ごすつもりなのかもしれない。もしくは、眠るつもりか。後ろが空席なのをいいことに、背もたれに思いっきりもたれていた。
「すげー目立つよな」
「そうかも」
「でも、可愛かったよな」
「そうかも」
「やっぱ大学生になったら、彼女が出来ることに期待しちゃうんだよなぁ。あのくらい可愛い子と出会いてぇなー」
想像だが、こいつは高校生になったときも同じことを言っていたはずだ。もしかすると、大学を卒業して、社会人になってからも「やっぱ社会に出たら彼女が出来ることに期待しちゃうんだよなぁ」と言っているかもしれない。
「でも、ああいう目立つ髪色に染める子って、性格が尖ってて、キツいって可能性もある」そう言う曾根崎の口調は、なんだか歴戦の戦士のようだ。
「偏見じゃないか?」
「人は他人を見るとき、偏見を抱かざるを得ない。だから俺は開き直って、偏見を享受する。第一印象、勘、大事。ぱっと見で良さげな子を探したいね」
「……駄目そうな予感がするけど」
喋り終わると同時に、扉が開いて、教員が姿を現した。なるほど、彼が怒れば恐怖が刻み込まれ、遅刻など死んでもしないと誓いそうになる。そんな強面だった。
2分後、遅刻してきた男子学生に彼はブチ切れ、俺と曾根崎は並んで身を縮こまらせた。
青髪の彼女、日野鈴奈と初めて会話をするのは、ゴールデンウィーク明けのことだ。
お酒は20歳になってから!




