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4人の商品

 自分の心をなにかに(たと)えるとしたら、杭にくくりつけられた風船だ。

 あっちこっちへふらふら。そのくせ、遠くへはいけない。縛られているから、一定の領域で浮いたままになっている。


 酒にやられてセンチメンタルになった日から数日後、時田から合コンに誘われた。そして、風船の心を持った俺は、軽々しく同行を決めた。


「しかし、いいのか? お前には日野がいるだろ」

「日野がいるから、余裕を持って行くんですよ。どんな相手が来ようと、なびいたりしませんから」


 そもそも、何故彼は合コンに行くのか。ああいった場所は、俺のような出会いに飢えて、欲求に縛られ、首が回らなくなった学生が行くところではないか。


「友人に誘われたんです。俺が決めたわけじゃないですよ」

「じゃあ、俺を誘おうとしたのは何故だ?」

「なんでかな。俺も分からないです」

「意味が分からない」


「たとえば、ジグソーパズルをやってるところを想像してください。難易度がやたらと高くて、空いたピースが全然埋まらないところを」

「それはムズムズするだろうな」


「だけど、ふとした瞬間に突然、『あっ、これだ!』ってなる時があるんです。直感なのか、正解のピースが分かる。理屈じゃなくて、感覚で」


 時田は自分で自分の喩え話に満足したらしく、感慨に(ふけ)るように頷いた。


「佐藤先輩は、そのピース」

「直感で、誘った方がいいって?」

 時田はイエス、と肯定する。

「俺の直感、信じてくださいよ」


 結局、有耶無耶(うやむや)に濁されて、参加することになった。やいやいと時田に突っかかってみたものの、機会があればそれは嬉しい。来るもの拒まず。しかし去る者は追う。


 日時は後から連絡する、と言われて合コンの話は終わった。が、いつまでも脳裏には合コンの三文字がちらついていた。煩悩に塗れすぎている。山に籠もって修行でもしたらよいのだろうか。


 浮ついた気持ちを抑えきれないまま、悶々として大学生活を過ごした。

 相変わらずぱっとしない毎日だ。「ぱっとする」の対義語はなんだろうか。もしも適切な言葉があれば、俺の人生は、例文として使える。


 道を歩けば子犬に吠えられて無様に飛び上がり、草むらから蜂が飛んできて焦り、よろけて側溝に脚がはまった。酔っ払いには絡まれ、改札を通ろうとしたら故障して後ろから舌打ちされる。レポート課題を提出するも、身に憶えのない盗作の冤罪をかけられ、頭の固い教授と舌戦(ぜっせん)を繰り広げた。いきなりバケツが頭上に降ってきて、当然のようにぶつかった。


 個人が人生の中で起きうる不運を、ぎゅっと凝縮したかのような毎日だ。それでも、一日、一日と過ぎていく。

 合コンの日は、いつの間にかやってきていた。


 ***


 参加者は男四人、女四人の構成だった。


 男性陣は俺と時田、そして彼の友だちと先輩だ。時田の先輩、つまり俺と同じ学年なのだが、なかなか整った顔をしている。真っ赤に染まった髪が目立つ。

 時田の友人は、二人と比較すると野暮ったい顔をしているが、よい意味で個性がある顔をしているとも言える。


 三人の顔を見回し、こういう場における定説があることを思い出す。一人だけ、「外したヤツ」を用意しておくということを。


 メインとなる商品を、目立つところに陳列し、客の興味を一気に引きつける。今回でいえば、時田か彼の先輩がその役割だ。だが、あまりに高級すぎると客が離れる。少しだけ劣る、お手頃価格なものを置いておくのも大事だ。それは、時田の友人の役割。

 

 そして、それらを引き立てる、外れ商品。それが俺の役割だ。どうですかお客さん、このオンボロと比べてこっちの商品の優れていること! 

 ある意味では、このメンバーの中で最も重要な役割だ。誇れ、この役割を。お前は大役を任されたのだ。


 赤髪の先輩がこっちをちらりと見て、口角を上げたのを見逃さなかった。確信した。こいつは俺を哀れんだ。

 見た目に騙されるところだったが、こいつは性格がねじ曲がった悪人だ。


 彼の評価に、少しばかりの嫉妬を混じらせていたことを自覚する。汚点を一個でも見つけ、心の中で集中的に攻撃する。鬼の首を取ったように、政治家の不祥事を徹底的に追求するメディアのように。悔しさや苛立ちを感じているのだが、一方でやはりどんな奴にも欠点はあるものだ、と嬉しくもなる。


 だが、時田に目をやって撤回する。あいつは欠点が見つからない。なんてことだ。


「佐藤君だったな。今日はよろしく」

 彼は上げた口角を隠すことなく、むしろそのまま表面的な笑顔に変えて近寄ってきた。差し出された手を取り、どこまでも上っ面な握手を交わした。

「よろしく」性格悪いイケメンめ、と罵る気持ちを抑える。


 志村(しむら)という、時田の友人にも挨拶をした。志村は、先輩と違って俺を下に見てはいなかった。それどころか、興味すらなさそうだった。自分は何故この場に連れてこられたのか。早く帰りたい。そう言いたげに見える。


 先に居酒屋の個室に入り、敷かれた座布団に腰を下ろして女性陣を待つ。


 一番端の出口側に座り、居心地の悪い思いをしていた。隣が時田なのはよかったが、彼を目的に、先輩がこっちを向くことが苦痛だ。二人は仲良さげに話し込み、疎外感を感じざるを得ない。じゃあこっちも対抗して、と志村に話しかけようとは、ならない。


 数分経ってから、女性陣が到着した。


 予感はしていたが、あちらの商品も粒ぞろいなのだ。客であり、商品でもある相手側に(こうべ)を垂れる。いや、商品扱いは失礼か。


「どうもー、こんばんはぁー」


 高音の挨拶をし、先頭に立つ女性は向井(むかい)さんというらしい。後から聞いた話では、女性側の主催者だそうだ。

 向井さんを含めた女性陣のうち、三人は男性陣の顔をチェックして、頷いた。獲物を発見したのだろうか。


 俺は一番後から入ってきた一人に注目した。彼女だけはこっちを見ようとせず、(うつむ)きながら座布団に座った。

 俯いているせいではっきりと顔は見えなかったが、綺麗めな雰囲気を醸している。ただ、どんよりとしていた。


 どうしたのだろうと気になったが、時田に(たず)ねる暇もなく、お互いの自己紹介が始まってしまった。

 時田は慣れた様子だ。日野のこともあるだろうし、余裕さがにじみ出ている。


「よろしくねー」

 女性陣はにわかに色めきだつ。そいつ、彼女持ちだがな。


 俺も自己紹介をして、一旦落ち着く。アイコンタクトを交わす女性側三人。彼女たちの中では、すでに俺の評価は済んでしまったのだろうか。


 俺以外も自己紹介をする。一人終わるたびに彼女たちは一瞬だけ視線を合わせる。そのアイコンタクトに熟練の技を感じざるをえなかった。


 やはり気になるのは、一番後から入ってきた女性だ。

 最後尾にいたため、彼女の座る位置は出口側、つまり俺の目の前だ。面と向かってはいるが、彼女は顔を上げない。俺は視線を合わせる相手を見つけられないまま、虚空に目を泳がせていた。


 彼女の存在理由はなんだ?

 俯いたままの彼女は、白坂(しらさか)というらしい。自己紹介で、白坂さんはわずかに顔を上げて、しかし特定の誰かに目を合わせようとせず、ぼそっと自分の名前を告げた。他の女性からは名前の方から取って、マーちゃんとあだ名を付けられているようだ。


 彼女が再び真下を向いてしまうと、やや空気が重くなった気がした。凄い相手が来たぞ、と男性陣も示し合わせたわけではないが、アイコンタクトのようなことをした。


 赤髪の先輩が主導権を握ろうとしたのか、率先して話し始める。

 ただ、「よろしくね、マーちゃん」と軽薄に話しかけたのは不味かった。あまりに迂闊だと、白坂さんの前に座る俺は察する。


 白坂さんは先輩へ瞬間的に敵意を向けた。その眼光は恐ろしく、直接睨まれたわけでもないのに、俺まで萎縮してしまった。当然、その対象となった先輩は途端に言葉を失い、口ごもりながら視線を逸らした。

 獣の目だ。近寄るものを食い殺す凶暴さを持っている。その視界に一瞬でも入ろうものなら、爪と牙で八つ裂きにされる。そんな気がしてならない。


 まったく、この合コンの行方は、一体どこへ向かうのだろうか。


気が向いたら評価等よろしくお願いします。

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