漫画のような話 承
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時には話を戻そう。
突然の侵入者に、いち早く気がついたのは9歳の長男だった。これが成人であれば、母親に大声で報告するか、話し合いもしくは戦闘を試みたかもしれない。侵入者を刺激しないという点では、9歳でよかったのかもしれないが。
母親が察知した場所はキッチンだ。いつもと違う声色で息子が呼びかけるものだから、不吉な予感を感じ、背後を振り返った。すると、見知らぬ男が息子の首にナイフを突きつけながら、下卑た笑いをしているではないか。
「だ、誰ですか」
当然の疑問だ。しかし、口にすべきではない。
母親の怯えから、わずかに抱いていた「悪戯」の可能性が消え、息子は泣き出してしまった。
こうなると、強盗は苛立つ。もともと彼は追い詰められていたため、子どもの泣き声にすら、我慢が出来なかった。
彼の背景を端的に説明すると、金に困っていて、仕事もなく、一世一代の逆転を賭けて空き巣をしたのだ。
その発想に至るまでに、職場での首切りや、ギャンブルでの大敗など、様々な要因が堆積したわけだが。しかし、この場において、この中年の男は金に困って犯罪行為を働いた、それだけに過ぎない。
この家を狙った理由は、なんてことはない。たまたま、鍵が開いていたからだ。
強盗は黙れ、と脅す。そして母親には、金を出せと脅す。脅しまくりだ。
空き巣狙いだったが、幼い子どもがいたことは、強盗にとって僥倖だった。人質を取ることで、物事がスムーズに動く。母親はすっかり青ざめて、強盗の言うとおりにした。抽斗から万札をありったけ取り出す。
一文無しに近かった強盗からすれば立派な大金だが、まさかこれだけで満足すると思っているのか、と増長した。
「分かってるんだぞ」と刃を突き出す。「もっとデカい金を隠してるんだろ」
今日、初めてここを訪れた彼に、そんなこと分かるはずもない。だが母親はそれをデタラメだと疑わず、観念したように強盗を案内した。VIPを案内するホテルマンのように、丁重な扱いだ。
クローゼットの奥に、金庫があった。強盗は持ち込んでおいたビニール紐を、長男の腕に巻き付けて、万が一でも抵抗されないようにと縛り付けた。
「開けろ」
「な、なにをですか」
「金庫の他になにがあるんだ!」
金庫にはダイアル錠が取り付けてある。母親に開けさせるのが一番手っ取り早い。母親も縛っておき、番号を教えてもらえば良いかもしれない。しかし、自分がクローゼットの奥に頭と体半分を突っ込んでいる間に、二人が勝手な行動をしてしまったら大変だ。強盗は、母親を自由にして、自分は一歩引いて監視するのがベストと判断した。
母親がダイヤルを回す。手は震えている。時間がかかることだろう。
長男は未だにしゃくりあげている。強盗は苛立って貧乏揺すりをする。その音が、さらに母親の手を震えさせた。
強盗がちらりと別の場所を見る。ふと、棚の上にあるものに気を取られた。
「おい」と、強盗は低い声を出す。
「は、はい」
「お前らの他に家族はいるよな? いつ帰ってくる」
母親は、夫が夜に、娘がそれより遅くに帰ることを告げた。強盗は鼻を鳴らし、内心で安堵した。
その気の緩みのせいなのか、強盗は待つ間に、棚のそれを手に取ってしまった。
酷く後悔することになるとも知らずに。




