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月に叢雲、花に風。大学生たちに幸運を  作者: 春山ルイ
その天才は空を飛ぶ
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言い訳星人飛来注意報発令中

 助走をつける。


 人間は鳥ではないのだから、地面を蹴れば飛べるなんてことはない。


 世界に翼を広げ、活躍する人々だってそうだ。彼らは努力という名の助走をつけ、やがて地面を蹴るのだ。

 助走は長い分だけ高く、長く飛べる。凡人ほどそのことを理解せず、無謀にも崖から飛ぶ。そして落下する。


 僕は違う。


 力を溜めるタイミングを、意味を知っている。現実を俯瞰できている。


 故に助走をつける。


 僕はやがて世界に羽ばたく。才能という翼を広げるつもりだ。


 だからこそ、今、焦ってはいけない。


  ***


「お前はもう羽ばたいているし、焦った方がいい」

「は?」

「羽ばたいているというのも、正確じゃないけどな。どっちかと言うと、転落している」


 人差し指を鋭く突きつけられる。失礼な奴だ。


 不躾に僕を糾弾する男、時田は酔っている。僕の部屋には安いビールの空き缶が4つも転がっている。内訳は、時田が3つだ。しらふになったとき、充満するアルコールの臭いに辟易することだろう。


「大学三年にしてこの単位取得数は、もう取り返しがつかない。大墜落だ」


 時田は印刷された僕の成績表を掲げる。


「仮に留年したとしても、最終的に卒業できればいいんだよ。『終わり良ければすべて良し』って言うだろ」


 僕は極めて冷静に反論した。


「終わりが良くなるとは思えない」

「ポジティブに考えてくれよ」


 テレビでは二十三時のニュースが流れていた。世相に興味のあるような、殊勝な大学生ではないが、二人きりで話しているだけだと沈黙が痛々しい。真面目な話題でも、下らない話題でも、BGMになってくれるだけありがたい。


「なにはともあれ、今期も頑張ろうってことで」


 九月も一週間が経つ。来週からはもう秋期の授業が始まる。


飯塚(いいづか)さぁ」

「ん?」


 不穏な声色で、時田は切り出す。


「金、そろそろ返せよ」

「あ」


 数ヶ月前、大学の飲み会の会費を時田から借りていたことを思い出す。いや、忘れていたわけではない。立派に覚えてはいた。覚えていた上で、払っていないだけだ。


 ちなみに、その飲み会には参加していない。払い損で、借り損じゃないか。


「あ、じゃなくて。こういうこと言いたくないけど、俺も今、死ぬほど大変な状況になってるんだよ。俺の背中にある重荷を、少しでも軽くしてくれ」

「まだ揉めてるのか。えーっと、昔の彼女だっけか? やはり人間関係ってのは、無駄な歪みを生むだけだな」


「うるせぇなぁ。ま、期待してなかったから、別にいいけどさぁ」

「いや、払うつもりはあるよ。ただ、今は金がない」

「一応聞くけど、今度はなに買った?」

「漫画」


 時田は本棚の前に積まれた漫画を見やって「マイナー趣味」とだけ言った。


「必ず払うよ。終わり良ければ」

「すべて良し?」

「そういうこと」

「現在が良くないんだよ」


「人生は紆余曲折あって、上手くいかないものだからなぁ。ハッピーエンドに向かおうとする過程、努力と意思を尊重してくれ」


「言い訳だけは立派なものだよ。言い訳星人」


 すると、時田のスマホが明滅しだした。「悪い、電話」と、その場で彼は通話を始める。


 やや酔いの回った間延びした声で「あー」とか「おー?」という風に応答している。やがて、まるで良いことを思いついた、とでも言うように表情を明るくした。


「今、『ちょうどいいやつ』がいる」


 と、彼は言う。それから、「飯塚だよ。会ったことあるだろ」と続けた。


「誰?」と僕は小声で聞く。


「彼女。今の、な」

「あー。あいつか」


 なにが「ちょうどいいやつ」なのか。


 通話を終えた時田は、ビール缶を軽く振って中身が残っていることを確かめると、さっと喉を潤した。


「なー飯塚ぁ」

「なんだそのダルそうな呼び方」

「俺、お前になんて言うと思う?」


「知らん。が、どうせろくなもんじゃない。そういう空気をひしひしと感じているよ」


「お前って漫画好きだよな」

「買うけど、別に漫画好きってわけじゃ」

「金を返済するより優先して買うくらいなのに?」


 嫌味な言い方が癇に障るが、言い返せないのが悔しい。


「だから、なんだ?」


「お前に頼みがあるんだ。もちろん、引き受けてくれるよな? 貸しがあるんだからな」

「ぐっ……お前だって……」


「それはもう帳消しだし、お前の方が総合で俺に借りてる。それに、悪い話じゃないよ。お前にも得がある。うん。たぶん、きっと」

「不安だな……それで、どんな頼みなんだよ」


 内容によっては断ろう。そんな僕の考えを見透かしたかのように、時田は言った。


「明日になれば分かる」

「なんで言わないんだ」

「今言ったら、断られるからな」

「おい、断るような頼みなのか?」


 返答せず、時田は人差し指を立てて、自身のこめかみに当てる。彼の顔は、頼み事をするというよりも、試練を課すような、挑戦的なものだった。


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