陽与子
秋学期が始まって、暑さは残るものの、夏が終わったことを実感させられた。教科書を構内売店で買いながら、財布の中身を確認する。定期的に送られてきた資金には、もう期待できない。節約して、アルバイトを始めなくてはいけないだろう。
不法侵入は露呈しなかったが、夜中、花火が打ち上がったことは話題になっていた。構内を歩いていると、まるで都市伝説のような噂が聞こえる。ちょっとしたニュースにもなったそうだ。
宇宙船のあいつらは、私に怒りを向けていることだろう。
打ち上げた日から秋学期が始まるまで、私たちはそれぞれの時間を過ごした。特別な用事もなく、普段通りの夏休みを楽しんだだけだ。
宇宙人が普段通りの夏休みを、というのもおかしな話だが。
何事もなかったように過ごすのが一番だ、と彼女は言っていた。それは、たかが宇宙船が来ただけじゃないか、と強がっているようでもあった。
売店を出ると、当のヒヨコが待ち構えていた。
「お前が提出してくれたレポートの、授業。なんか知らんけど、単位取れてた」
「よかったな」
花火が打ち上がると、宇宙船は現われた時と同じように、静かに消えていった。
その後、「正直なところ、そんな勝算があったわけじゃない」と彼女は打ち明けた。私からしてみれば冗談じゃないと呆れる言葉だ。
結局、任務のこと自体は、彼女に教えないことにした。怒り狂うだろうと予想しているので、秘密を守り抜くつもりだ。隠し事も、墓場まで持っていけば問題ない、はずだ。
「ま、どうやっても留年だけど」
「よく考えたら、私より先に卒業されても、困る」
「はぁ? なんでだよ」
ヒヨコは非難するように、声を荒げる。
「なるべく一緒にいたいから、かな」
一応任務は続いているわけで、完遂のためには、卒業されると困る。
といったことは、口が裂けても言えない。
すると、ヒヨコは顔を背けた。その様子から、なにか勘違いをさせた気がする。
食堂に行くと、曾根崎と高柳、それと松尾が一緒のテーブルを囲んでいた。ヒヨコの本性を暴露しているのだろうか。松尾が下僕の仲間入りをするのも、近いかもしれない。彼らに軽く手を振って、席に向かう。
そのとき、別の席から男が立ち上がり、こっちに向かってきた。帽子を被っていて顔は見えない。しかし、どこかで覚えがあるような、懐かしい雰囲気があった。
すれ違う直前、私にささやく。
「俺の上司からの追加命令だ。あの花火ってやつを、詳しく調査しろ。作り方が分かるまで、帰ってくるな、だそうだ」
咄嗟に振り向く。男が出口に姿を消す際、使い込まれたスケジュール帳がポケットから出ているのが見えた。
「なに?」ヒヨコは、戸惑っている。
「さあな」
それから、やや気恥ずかしかったが、告げることにした。
「これからもよろしくな」
また別の戸惑いが、ヒヨコの顔に浮かぶ。
「え、なに」信じられないものを見たとばかりに、私と距離を取る。「気持ち悪っ」
「陽与子」
「……あっ」
「呼べるようになった。最近ずっと、部屋で練習してたから」
そう言うと、彼女は俯いて、小声で呻き声を漏らしたまま動かなくなった。予想外の反応で、私が戸惑う番になった。
やがて、顔を上げた彼女は、口を歪めていた。さらに、頬がかすかに赤くなっている。
「ヒヨコのままでも、いいから」
「そうか?」
広大な宇宙では、未知の存在が星の数ほどいる。地球人もその一つだ。私たちの星の住人と似ている部分もあれば、異なる部分も多い。調査することは増え、ヒヨコのことはまだ分からないことだらけだ。
しかし苦痛ではない。
「わたしのこと、分かったつもりでいてくれ」
ヒヨコは真剣な眼差しになり、そう頼んだ。応えないわけにはいかない。
私はまだ、この地で成長する必要がある。
「陽与子」正しいイントネーションで、名前を呼ぶ。
「ヒヨコでいいって言ってるだろ」
「お前の名前は、呼びにくいんだ」
素早い蹴りが、私のすねに飛んできた。鈍い音を立て、直撃する。
痛くはない。
痛くはないが、面白い。
2章、完結です。
良ければ評価等よろしくお願いします。
それでは、また。




