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宇宙に咲いた花

 闇の中から光の中へ。


 地球人は、というのは主語が大きいかもしれないが、こういった表現を好む。


 私たちは懐中電灯を点けざるを得ないほど暗い廊下から、月明かりだけが頼りの、外へ飛び出した。


 闇の中から、夜闇の中へ。

 しかし気分は悪くない。


「準備、できてるぞ」


 高柳が、到着した私とヒヨコを迎えた。


「いや、まだですって」と、曾根崎が段ボールを運んでいる。


 私はコンクリートの床を、泥棒のようにこそこそ歩く。鉄柵に寄りかかり、眼下に広がる大学の敷地を見渡す。


 我々は6階建ての研究棟の屋上にいる。時刻は現在、夜の11時だ。


「しかし、よく入れたなぁ」


 ヒヨコが、二人と会話している。


「あんたが鍵を手に入れろって言ったんだろ」高柳が不満を噴出させる。「一歩間違えれば、犯罪だ」

「いや、もう踏み外してますよ。立派な犯罪です」


「まさか本気でやってくれるとは」ヒヨコが笑う。その笑い方が冗談めいているので、二人の怒りは天を衝く勢いだ。


「冗談だったんですか!」

「いやいや」ヒヨコは曾根崎を軽い調子で諫める。「助かるよ。ありがとう」


 宇宙船は、日付が変わる午前零時に、大学の真上に現われる。間違いないはずだ。


 時がきたら、私たちは祭りを始める。


 曾根崎たちがどうやったのかは知らないが、彼らは施錠された校門と、屋上への扉を開けるための鍵を入手した。


「しかし、なぜ信じる気になる?」三人に向かって、質問した。


 明らかに説明不足なのに、ヒヨコは作戦を決行しようとしている。いくら彼女の横暴な命令だといっても、曾根崎と高柳は、従順に準備を進めている。犯罪となる危険を冒してまで、行うことだとは思えない。


「まあ、あまり信じてないな」


 高柳が、あっさり白状した。


「そうなのか?」

「あ、俺も。空から巨大なものが来るなんて、あり得ねぇって思ってる」


 曾根崎も、眼鏡を取り、顔の汗を拭きながら言った。


「わたしも、あまり信じてないな」

「いや、瀬川さんは信じてあげてくださいよ!」


 ヒヨコは私を見ながら、すっとぼけた顔をしている。


「仮に騙されたとしたも、大きな損はしないだろうしな」

 高柳は目尻を下げた。

「誰かに見られたら、犯罪者だ」

「見られねぇから、問題ないよ。騙されることを怖がって行動しないより、阿呆みたいに信じた方が、きっと楽しいだろ」


「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら……ってやつですね」

「阿波踊りの、あれな」


「阿波踊りか」私は行進していく人々を想起した。「だが、阿呆にもほどがあるだろう」微妙に彼らの心理を推し量れず追求してみる。


「それは、ほら」高柳が目配せをする。

「女王の命令が、怖かったから」曾根崎が、苦笑いをした。

「おー? なんだ、文句あるのか?」ヒヨコが脅す。

「あっ、ないです。まったく」


 よく分からない。

 そう言おうとしたが、やめた。よく分からないの権化とも呼べそうな、ヒヨコとその下僕たちだ。理解しようとするのが、間違っている。


「あと、諸星なら人間じゃないって言われても、違和感ないし」


 ヒヨコは、素っ気なく言った。「確かに」と二人も賛同する。


 私は徒労感を覚え、肩をすくめる。




「それでは」高柳は紙コップを掲げたまま、固まった。「なにを、祝えばいいんだ?」


「ちょっと、時間がないんだからなんでもいいって!」


 ヒヨコが同じように掲げたまま、怒鳴った。


 あと15分で、やつらが来る。


 そんな切羽詰まった状態で、四人揃って紙コップを持っているのだから、馬鹿馬鹿しい。だが、花火の道具と一緒に、アルコール飲料の缶やらが用意されているのだから、誰が言い出したわけでもなく、自然と乾杯の流れになった。


「花火の祭りには、ビールだろ」らしい。


 高柳が、花火専門店の知り合いから借りてきたという、本格的な花火が並んでいる。どんなものが打ち上がるのか想像できない。


「じゃあ、あれだ。諸星の将来の活躍を祈念して、乾杯!」


「なんだって?」


 私の声をかき消すように、三人の「乾杯!」が重なった。


「私の活躍を祈ってどうする」

「お前は時間がかかるからな」


曾根崎はウーロン茶を飲んでいる。紙コップを地面に置き、私に向き直る。


「地球の文化に慣れるところから、お前は始めなくちゃいけない。宇宙人くんは、これからの将来が不安だからねぇ。俺たちが祈ってやるんだよ」


 明らかに、嘲られている。


「私は、お前の将来が不安だが」

「瀬川さんのこともさ」彼は小声になる。「芸術でもレポートでも、時間をかければよいものができるって言うだろ。人間関係も同じだ。ちゃんと、恋愛を理解しろ」


 だから頑張れ。そう言って、下手くそなウインクをしてきた。単純に、不快だった。


「意味が分からんが」深く考えることが面倒になった。「そうかもしれないな」


「そうに決まってる」


 曾根崎は陽気に笑い、紙コップを手に取る。偉そうに講釈を垂れる男だが、実際のところ、私はこの男に多くのことを教わった。気がする。


「しかし曾根崎、女性経験がないって言っていなかったか。童貞だと私に自白しただろ」


 私が言うと、曾根崎は目を泳がせた。それから唐突に、彼は大きく咳き込んで飲み物をぶちまけた。


 涙目になって、彼は叫ぶ。


「ちょっと! 酒、混ぜたでしょ!」

「さぁな」


 高柳がからかう。さらに今度は直接飲ませようとして、曾根崎が逃げ回る。一瞬で彼の顔は真っ赤になった。


 二人の姿を見て、ヒヨコがけらけら笑っている。


 月明かりが、屋上を覆う。世界のすべてが照らされているようだ。宇宙からの光が、地球を包んでいる。天の川は見えるだろうか。空を探してみる。


「あっ」


 なにげなく空を見上げたヒヨコは、そこにある巨大なものを発見した。


 それは徐々に輝きを増し、透明だった姿を現した。巨大な船体は月の光など容易く遮る。暴力的なまでの光を放ち、比喩でもなんでもなく、屋上をすべて覆った。


 私にとっては見慣れた、宇宙船がやってきたのだ。


 無駄なものをそぎ落としたデザインは、地球の乗り物とは異なる。「ああ、あんなデザインだったな」と考えがよぎったとき、私はここの文化に染まったのだと悟り、不思議な気分になった。


「おお、すげぇ」

 高柳が、口をあんぐり開けて、でも気楽そうに言った。


「なあ」ヒヨコが船を見上げながら、私を呼ぶ。


「なんだ?」

「お前は、帰りたいか?」


 様々なことが脳内を駆け巡った。一年生のオリエンテーションや、四人で星を見に行ったときのこと。松尾と、喫茶店の女性店員のこと。阿波踊り祭りでヒヨコに殴られたこと。


「帰りたくないな」


「じゃあ、打ち上げよう」


 ヒヨコは、初めて見せたかもしれない、柔らかで嘘のない笑顔を、私に向けた。


 意識を朦朧とさせている曾根崎が、マッチに火を点ける。


 導火線に火が灯る。


 宇宙船にいるであろう、かつての友人で、現在の上司よ。お前なら私の考えが分かるはずだ。最終的には、諦めることを良しとせず、時間をかけて、努力を重ねていったお前なら。


 時間をかけて、任務を達成するつもりだ。

 いつになるかは分からないが。


 導火線を火が伝う。眺めながら、ヒヨコが訊ねる。


「本当に、花火見たことないの? あんな船を作るくらいなら、花火なんか、簡単でしょ」


 宇宙船を見ても、ヒヨコは動じていない。それどころか、未知の存在に高揚しているようだ。


「技術があっても、発想がないんだ。火薬を使って空に花を咲かせようとする、発想が」

「星と星の、文化の違いか」


「花火も愛も、私の星にはない」


「じゃあ、あそこに浮かんでる奴ら、びっくりするだろうね」


 私は答えようとした。けれど、声が届くことはなかった。


 破裂するような音が鳴り、閃光が天に向かった。奇怪な音を響かせて、宇宙船に届く勢いで、飛んでいく。


 光の粒が連なるように、距離を伸ばしていく。


 そして、弾ける。


 色鮮やかな物体が、閉所から広々した世界に解放される様子は、壮観だし恐ろしくもあった。真っ白な火が、四散して、花となる。


 心臓を直接揺らす音が空気に染みこんだ。


 夜空自体が破裂したのかと思った。闇がその場所から裂けて、中から光が漏れ出す。下にいる私の眼前に、火が落ちてくるように感じた。

 だが、目を閉じることは不可能だった。目が眩むのも、鼓膜が震えるのも気にしない。私は、花が霧散して、音も虚空に吸い込まれ、夜空が元に戻る瞬間まで、花火を体感していた。


「すごいな!」


 私は、隣にいたヒヨコに向かって大きな声を発した。我知らず、笑っていたかもしれない。


 彼女は口を開いた。

 けれど次の花火が発射されて、声は消えてしまった。


 困ったように、私たちは見つめ合った。


次回、2章最終話。

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