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デートプラン

 キャンプから数ヶ月経ち、松尾浩大と出会ってから、一ヶ月近くが経った。


 ヒヨコに恋した被害者であり、まだ大学生活に希望を抱いている新入生の松尾は「計画を練るから、来てくれませんか」と、私を喫茶店に誘った。


 協力することを了承してしまった手前、嫌だとは言えない。


 喫茶店までの道のりは、普段は通らないため新鮮だった。入り口の前に段ボールが積み上がっているスポーツジムや、寂れて壁がひび割れた玩具店、妙な名前のスーパー。続々と見慣れぬものが顔を出す。


 どこか古くさい街だと感じながら、路地裏を歩む。前もって松尾に渡された地図を頼りに、人気のない住宅街を通り抜ける。


 突然現われた一面ガラス張りの壁に、私はのけぞった。浅い感性かもしれないが、瀟洒(しょうしゃ)な空気を感じ取った。「テレビでも取り上げられました」入り口脇の看板には、テレビ映像の切り抜きを貼って、定番メニューを宣伝していた。


「いらっしゃいませー」


 自動ドアを通ると同時に、朗らかな声が私を迎えた。女性店員が駆け寄って、席に案内してくれる。二十代くらい、私の姿とほぼ同い年と見当を付けた。


 なんとなく、小動物のような雰囲気を醸している。曾根崎なら、もっと詳細に説明できるだろうが、私には限界がある。茶髪が綺麗だとは思った。


 席に案内されると、壁に貼ってあるポスターが気になった。私たちの大学にある、アメフト部とやらの募集のようだ。日本なのに、何故アメリカンの名を冠するスポーツをするのだろうか。


「興味あります?」

 店員はおどけて訊ねてきた。


「いや。まったく」

「正直ー! いや、正直なのは、いいことです」

「そうだな。私もそう思う」雑に受け流しつつ、着席した。


 店員の妙な雰囲気に乗せられたからか、松尾が未だ来ていないことに遅れて気がついた。


「騙されたのか?」わずかに、地球人に対して疑う心がある。ヒヨコのせいだ。


 そう思った矢先、ドアが開き、暢気(のんき)に松尾が入ってきた。


「あ、先に来ちゃってましたか!」

「来ちゃってましたか、じゃないんだよ」


 彼は軽い足取りで向かいに座る。悪びれる様子もなく、また騙す気もなさそうだ。


 揃ってコーヒーを注文した。松尾は躊躇いなく砂糖を放り込み、しばらくコーヒーの表面は積雪のようになっていた。雪が完全に溶け出してから、彼は喋り出した。


「俺の愛はこの間、諸星さんに伝わったと思うんすよ」

「私に伝わっても仕方ない」

「そう、だから、次は陽与子さんに伝えます」

「どう協力しろというんだ?」


「俺がいきなりデートに誘っても、まず断られるでしょう。でも諸星先輩なら知り合いだから、接近できる。偶然を装うんすよ。先輩と陽与子さんが歩いているとき、俺が後から合流して、二人きりになります」


「顔も知らないお前のことを、ヒヨコは怪しまないだろうか? 偶然を装ったとしても、二人きりになるのは現実的じゃない」


「すでに、手は打ってあります」彼は人差し指を立てた。「彼女を追いかけて、頻繁に挨拶をしています。そろそろ、顔は覚えてくれたでしょう」


「問題点その二だ」私も対抗して、人差し指を立てる。「お前の行動は、少し際どいと思う。偶然を装うというが、詐欺に近い。彼女を追いかけて、と今言ったが、いわゆるストーカー行為と呼ばれるものではないのか」


「まっとうなものじゃなきゃ、駄目だっていうんすか」

「まっとうな方が、望ましいだろう」

「違いますよ」

 彼は強く言い放った。


「違う?」


「恋は成就することがすべてです。綺麗事だけで恋愛できると思っているんすか? まっとうな手段じゃないから実行しない、それで恋が実らなかった、仕方ない。なんて自分を慰めて。それは言い訳ですよ。図々しく行け、っす」


 ぐうの音も出ない正論とは、このことではないだろうか。諭された気分だ。

 なぜなら、私だって手段を選んでいないのだから。恋愛関係に発展させて、宇宙船へ連れて行こうとしているのだ。彼を非難する権利はない。強く頷いて、彼に賛同する。


「確かにその通りだ。場所はどうするつもりだ?」

「決めてあります。本当は花火大会とかがよかったんすけど」


「花火大会」思わず感嘆の吐息を漏らしてしまった。「いいじゃないか。花火」

「お、先輩分かってますね。花火ってのは最高のシチュエーションですから」

「見てみたいものだ」


「でも、この辺じゃ、やってないんすよ花火大会」

「何故」

「知らないっすよ」

 なんだ、つまらない。


「代わりに、『阿波踊り祭り』が八月の頭にあります」

 私は知識を漁る。「ああ、阿波踊りね」と誤魔化した。「いいじゃないか。阿波踊り」


「まあ、花火大会には遠く及ばないっすけど。この辺でやる祭りって、そのくらいしかなくて。屋台とかも出るし、祭りには違いないし、祭り自体がデート感あるじゃないすか」


「私が、彼女を阿波踊り祭りに連れて行けばいいのか」

「そういうことです。八月の頭は大学のテストが丁度終わる頃なんすよ。まだ俺は経験ないけど、終わった開放感で遊びに行きたくなる心理のはずです!」


 意外にも、ちゃんと考えられている。短絡的な発想で身を滅ぼす地球人は多いが、この男は、物事を冷静に見ている。さっきの「頻繁に挨拶作戦」もそうだ。彼女と交際するために深く計画を練っている。


 突然、彼は大きく手を挙げた。私に物申したいのかと身構えるが、店員を呼んだだけらしい。


「日野さん!」


 店員の苗字らしい。あの女性店員は日野というのか。松尾はコーヒーのおかわりを注文した。


「はーい」

 どうやら、彼と店員は知り合いのようだ。


「で、すみません。ちょっとトイレ行ってきます」

 そう言って、私が返事をする前に彼は席を立った。慌ただしいやつだ。


 女性店員、日野がケトルを持ってきた。松尾の空になったカップに、コーヒーを注ぐ。ちらりと私を見て、「おかわり、どうです?」と聞いた。

「ああ、頼む」


 奥のカウンターで、中年の女性が立っている。あの人は店員だろうか。


「聞こえちゃったんですけど」日野は、小声で話しかけてきた。「やめさせてあげた方が、いいと思いますよ」


「デートのことか」

「阿波踊りを一緒に見て、いい感じになっちゃう女性は少数派です」


 日野は柔らかく笑った。



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