宇宙人、キャンプをする 【後編】
私の同僚に、「宇宙船を手に入れたら、宇宙の端を見に行く」と豪語していたやつがいた。そいつは、とにかく精神がねじ曲がっていた。
「宇宙を見ていると、自分の小ささを馬鹿にされているようだ」
ヒヨコと、似たようなことを喋っていた。
だから?
と私は返したはずだ。あいつのことは、あまり好きになれなかった。天邪鬼の典型例で、好きになるようなやつは、異常者扱いだった。
「宇宙の端まで行って、言うんだ。『お前の大きさなんて、簡単にたどり着ける程度のものなんだぜ!』ってな」
「宇宙より、上の立場になりたいのか、お前は」
「俺は誰よりも大きな存在になりたいんだよ」
傲慢なやつだったが、もしかしたら、あれは虚勢だったのではないか、と想像する。
あいつは努力を重ね、無理がたたり、病気で死んだ。最期まで天邪鬼を貫いた。
「まだ生きたい、なんて言うものか」
病院のベッドで、吐き出すように叫んだらしい。看護師以外、看取るやつはいなかった。
***
「宇宙より、上の立場になりたいのか」
私はヒヨコに、同じ質問をした。
「そんなわけない」
「違うのか」
少し安心した。
「わたし、宇宙人の存在を信じてるんだけどさ」
「ほう」
「あの宇宙にさ、わたしたち以外の生命がいて、地球よりも凄い知識と技術を持っている。そう考えたら、不安になる」
「恐怖の大王は来て欲しがったくせに」
「そういうのとは、また違うんだよ。宇宙人は、未知と言うには身近すぎる」
「不安になるというのは、たとえば、侵略されたら一瞬で負けるからか」
「それもあるけど」
そこで、会話に空白ができた。
地球人は時折、前触れもなく不安に襲われる。神経系に重大な欠陥を抱えているのではないだろうか。
「わたしたち地球人がいくら頑張っても、ある日突然、全部無駄なんだよ、って言われる気がして。その気になれば地球人を全滅させることもできるし、必死に築いてきた文明だって、壊される」
「無駄なんだと、誰に言われる。宇宙人にか?」
「んー……」
「そんなこと言うわけないだろ」
「はあ? なんでそう言えるんだ?」
「それは。そんな気がするからだ」
「意味分からん。また冗談か」
「本気だ」
「あ?」
「地球は多くの国がある。人種も異なり、国の主義、個人の思想、信じる宗教や哲学とか、バラバラだ。知能や運動能力、他の能力も。個人単位で、異なる」
彼女は黙って聞く。
「だが、案外、似たようなところもあるんだ。偉いやつも、天才と呼ばれるやつも、逆に非力なやつも。例えば、身体の組織なんか、地球人のほとんどが一致しているじゃないか」
「それは話が違うだろ」
「そして、地球人と宇宙人も、私たちが思っている以上に似ている。きっと、宇宙の端まで行って、生命を発見したとしても、想像より自分たちと似ているもんで、つまらないと感じることだろう」
風船が弾けるように、ヒヨコは噴き出した。
「だから、なんでそんなに自信たっぷりなんだよ」
「ヒヨコは、そういう考えを嫌うか?」
未知のものを好む彼女は、宇宙人が自分らと似ているなんて認めたくないだろうと、私は思っていた。
だが「別に」とあっさり否定した。
「これだけは言っておく。宇宙は地球人が思っているよりも大きいが、地球人も、地球人自身が思っているよりも大きい」
彼女はいつもの怒るような顔をした。が、口角が上がって、怒りながら笑うような奇妙な顔をしている。
「なにを偉そうに」
蹴りが飛んできた。しかし緩慢で、力も入っていなかったから、私は避けなかった。彼女らしくない暴力で、逆に戸惑った。まだ車酔いが残っているのだろうか?
***
「乾杯」
ランタンの灯りだけが、四人を染める。暗い夜だからか、乾杯の声も大人しい。
「明日の朝早く、すぐに帰るからな」
高柳はアルコールを摂取しない。明日、アルコールが抜けるより早く運転を始めなくてはならないからだ。可哀想に。
「見えるもんですねぇ」
曾根崎が天幕を抜け出し、夜空を見上げた。
しかし、なるほど美麗だ。地平線から地平線まで、紫、青、黒とグラデーションが広がっている。色の重なりに差し込まれるように、明るい紫に縁取られた、天の川が輝く。
「ヘラクレスがヘラの母乳を吐き出したから、天の川は創られたんだよな」
「は? なに言ってんの?」ヒヨコが、突拍子もないことを言った高柳に対して、非難の声をあげた。
「ギリシャ神話だよ。眠っていた女神ヘラの母乳を、ゼウスに飲まされていたヘラクレス。だけど、目を覚まして驚いたヘラが突き飛ばしたせいで、吐き出しちゃったんだよ。で、その乳が銀河に流れてできたのが、天の川」
「説明されても理解できないんだけど。冗談でしょ?」
「マジ。大マジの、逸話」
「だから、ミルキーウェイなんですよね」曾根崎が口を挟んだ。
「ギリシャ神話って、意味が分からない」
神話なんて、どの国も意味が分からないものだ。
「七夕の、織り姫と彦星の伝説も天の川じゃなかったか」
私は蘇った記憶を口に出す。去年、七月七日に聞いたことがあった。
「そうだな。ギリシャの神々が川を創って、その川に隔てられて、中国や日本の星が再会を願っている」高柳が答えた。
「中国も、織り姫と彦星の逸話があるのか」
「というよりも、東アジアの逸話だな」
「天の川は、多国籍なんだな」
「確かに。まあ、宇宙に行ったら、国境なんて関係ないからな」
宇宙には国境がない、か。その通りかもしれない。この地球が、いつか住めなくなる日が来て、各国の重鎮は他星に住む場所を求めるだろう。そこに、新しく国を作るのだろうか?
「宇宙か」
ヒヨコがため息交じりに呟く。また自分の小ささを嘆くのかと気になったが、「謎が多くて、わくわくするよな」と言い出す。
「宇宙はわくわく、か。基準が分からんな」
「だから、お前になにが分かるんだって。わたしのことは一生分からなくていいんだよ」
私は、何気ない風を装って、尋ねた。
「もしも、宇宙船がやって来て、乗っていいと言われたら、お前は乗るか?」
ヒヨコは「なに、その『もしも』は」と怪しみながら、少し考えた。
「宇宙船とは、夢があるな」高柳が無糖のコーヒーを飲み干してから言った。
「わたしは、乗るかもね」
私は心の中で喜んだ。ここで乗らないと返答されたら、困ることになる。
しかし「でも」と、彼女は私を見る。
「なんだ」
「宇宙船が、地球よりも面白くなかったら、乗らない」
眉を凜々しく尖らせ、瞳には強い光を湛える。それはまるで「宇宙船如きが、わたしを楽しませることができるものか」と、女王の貫禄を放つようだった。
地球外生命体ですら、自分に従うべきものであると、信じているようでもある。
「やっぱり、宇宙よりも上になりたいんじゃないか?」
「そんなわけ、ないでしょ」
そのとき、離れたところから「流れ星みっけた!」とはしゃぐ声がした。「諸星、ちょっと来いよ!」と曾根崎が子どものように呼ぶ。
曾根崎と高柳が先に眠り、私たちが二人、夜空の下に取り残された。
アルコールを呷りながら天の川を見上げる。
「実際に、恐怖の大王が降りてきたらどうする」
ヒヨコは何杯目かのアルコールを飽きずに摂取し「どうだろうね」と息を吐いた。
「面白いと感じ、歓迎するのか」
「バーカ。んなわけないだろ」
「じゃあどうする」
「ある程度楽しんだら、花火でも打ち上げて、撃退する」彼女は邪悪な笑みを浮かべた。「高柳がさぁ、花火専門店の人と知り合いで、本格的な打ち上げ花火、貸してくれるんだよ」
それでどうにかなるものなのか、と言いたくもなったが、きっと彼女は本気だろう。
「私は、花火を見たことがない」
テレビでも、本でも。知識として知っているだけだ。
「マジ? あんた、幽閉でもされてたの?」
「面白いか?」
面白い、という言葉は曖昧だ。
「面白いよ」そして、「あんたみたいに」と口を尖らせた。
「酔ってるのか? 気色悪い」
「てめぇ殺すぞ」
「私を選んで、失敗なんてことはなかっただろう。面白いんだからな」
調子に乗り、冗談めかして言ってみた。
「どうだろうね?」
それから、彼女の提案で、飲み比べ対決なるものに付き合わされた。彼女はよく飲むが、私はそもそも酔わないので、勝負にならなかった。地面に突っ伏した女王を、慎重に車内に運ぶ。それがキャンプで記憶に残る、最後のイベントだった。
脳裏に、精神のねじ曲がった同僚の顔が浮かぶ。一度だけ、見舞いに行ったことがある。あいつは、私の顔を見るなり、怒鳴った。
「俺は死なねぇ」時々、私はその言葉を思い出す。
「俺は死なねぇぞ。また、お前の顔を拝んでやるからな」
ヒヨコの寝顔を見て、「そっくりなやつなら、出会ったな」と独りごちた。




