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宇宙人、キャンプをする 【前編】

 松尾の長話を聞いて、痛感した。


 瀬川ヒヨコについて、私が知っていることは少ない。お互いに、真面目な話をほとんどしないからだ。顔を突き合わせれば罵倒され、口答えをすると蹴りが飛んでくる。おそらく、私もなにかしら過ちを犯しているのだろうが、気にするだけ無駄だ。


 数ヶ月前、私とヒヨコと、曾根崎に高柳の四人で、星空鑑賞をしに遠出したことがある。それは意外にもヒヨコの提案だった。


 元、天文サークルの高柳が、一通りの道具を用意した。運転免許を持っていたのも彼だけだったから、行き帰りと運転し、働き通しだった。頭が下がるな、と曾根崎と言い合った。流石、縁の下の力持ち。


 渋滞に巻き込まれて八時間の車中だったが、窓から眺める景色は興味深かった。ただ、曾根崎はそうではないようで早くも飽きていた。


「よく飽きないな」

 曾根崎は、景色を眺める私を見て言った。


「新鮮なんだ。こういう景色が」

「相当な田舎にでも住んでいたのか? そういえばお前、時々イントネーションおかしいもんな」


 つい最近、田舎は古くさいものだとする風潮があることに気がついた。田舎も悪いものではないと思うが。


「トランプとか持ってないの?」

 彼は窓際に頬杖をついて言う。

「持っていない。トランプどころか、お前の暇を潰せるようなものは、なにも」

「ちぇっ。別に、期待もしてないけどな」


 高柳は、ほとんど無言だった。いつもなら温厚で物静かだから、で納得できるのだが、先の見えない車の列を食い入るように睨んでいる無言は、ぞっとする。運転席からただならぬ殺気が漂い、話しかけない方が利口だと本能的に理解した。


 ヒヨコもまた、無言だった。

 後から聞いたことだが、ヒヨコはじっと黙し、目を閉じて、眠気を待っていたらしい。乗り物酔いが酷いらしく、長時間の車中で限界を迎えていたようだ。アルコールには強いのに、乗り物に弱いのは、どういった体質なのか。


「しりとりでもするか」

 曾根崎が、悪い空気を清浄しようと試みる。しりとりの「り」からな、と順番が決まった。私はりんご、と言った。


「ゴリラ」

「ラッパ」

「パイナップル」

「なんだそれは」

「冗談だろ?」


 パイナップル、とはなんだ。ファッションか。街の名前か。アメリカあたりでありそうだな。パイナップル州。


「果物だよ」

「ああ、そうだったか」州ではないようだ。「まだまだ私の知らない果物があるんだな」

「なんでもいいけど。次、ル」

「ル……か」


 が、「やっぱり、もういいや」と曾根崎が制した。「お前としりとりやるの、絶対疲れるだけだし」


「そうでもないだろ」

「そうでもあるんだよ」

「やってみなければ、分からないだろう」


 そうだ。何事も、始めてみなければ未来は分からない。退屈そうな遊戯でも実践してみれば有意義かもしれないし、出発しなければ道が混んでいるかなど予想できない。簡単だと思っていた任務が困難を極めることなど、誰が確信を持って言えようか。


「人間はすごい。たとえば、フグを最初に食べた人間は、何故食べようと思い至ったのか。毒があると判明してからも、臓を取り除けば食えると分かった。できる、やれると思って試みたから、高級食としてのフグがあるわけだ。なんだってそうだ。やってみよう。話はそれからだ」


「あー」彼は怠そうに唸った。「うるせぇー」


 私たちは、諦めずにしりとりを続けた。やがて、曾根崎はなにも喋らなくなった。「許してくれ」そう呟いたきり、目を閉じてしまった。目的地に着いてから「もしかして不評だったのでは」と気がついた。


 八時間を超えたドライブは、キャンプ場に到着して終わりを迎えた。



 車を降りて、曾根崎と高柳はひたすら身体をほぐした。

 ヒヨコは転がるように外に降りて、しばらく地面に横たわっていた。私は、彼女の顔色を見て「青ざめる」という言葉は、こういうときにぴったりだな、と表現に詳しくなった。


「大丈夫か」

「別に……」


 別に、の後にもごもご言っていたが、聞き取れない。とりあえず、コンビニで買っておいた水を飲ませる。額に汗を掻き、前髪が乱れていた。


「鳥のヒヨコみたいだ。必死に水を飲んでいる」


 彼女は車を背もたれにして、水を口に含んでいた。私の発言に反応して、脚を蹴ってきた。力が入っていないから、小石が当たったのかと思った。


 適当な介抱を終えて、近辺を歩く。


 曾根崎と高柳は、意気揚々と準備をしていた。テーブルと椅子を設置し、それらを覆うように天幕を張った。手伝いたいが、事前になにもするなと告げられているため、役立たずに等しい。


 砂利道を歩く。自然が広がっている。草木が、私たちを囲むように育っている。都会で育った人間が自然豊かな土地に安寧を求め、植物や土に寄り添おうとしたがるのも無理からぬ話だ。


 このキャンプ場は丘に位置していた。海を一望することだってできる。夕暮れの赤が、海の青に滲む。完全に日が落ちて星が現われる時間帯まで待ち、海を眺望せずに空を見上げようというのだから、贅沢なことだと思う。


「本日の主役、登場!」

 と、曾根崎が囃し立てている。立派な望遠鏡が屹立(きつりつ)していた。


「見えるのか?」高柳に尋ねた。「天の川は」

「晴れの予報だ」


 高柳は望遠鏡をいじくり回しながら答える。疲労でまぶたが垂れ下がっている。


「これで見えなかったら、俺は海に身を投げる。死ぬほど辛い道だろうが、家まで歩いて帰ってくれ」乾いた声だった。


 曾根崎がヒヨコを探して周辺を見渡す。車を確認すると、ヒヨコはいなかった。離れた場所で木にもたれかかり、空を見上げていた。


「ん」曾根崎が顎で私を使う。「なにをしているのか、聞いてこい」という意味だろう。


 彼女に近づいていくが、慎重な足取りになってしまう。スズメバチの巣を取り除くため、興奮させないようにする業者のようだ。かつて、ビデオで見た光景が思い返された。


 なにも言わないうちに、ヒヨコは「宇宙を見てたの」と説明した。天を仰いだままだ。


「見えるか?」


 いつもの様子とは違って見えた。感傷に浸っている様子が不気味だ。と、そのまま伝えた。


「お前が、わたしのなにを知ってるんだよ」

「確かに」


 つま先蹴りが膝に入った。痛くはない。

 痛くはないが、不意を突かれた驚きで、呻き声が漏れた。こっちも見ずに、よく当てられるものだ。


「宇宙の広さに、圧倒されてた」彼女は言った。

「今でも宇宙は膨張していると、どこかで聞いたことがあるな」

「自分自身の小ささを突きつけられているみたいで、嫌になる」その後で、少し恥ずかしそうに顔を歪めていた。


「私たちは、小さい存在だ」

「はあ、大きくなりたい」

「ヒヨコは、何センチあるんだ?」

「身長の話じゃねぇよ、馬鹿」

「冗談だ」


「……お前の冗談は分かりづらい」


  

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