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ホワット・イズ・オモシロイ?

 まだ、ヒヨコが猫を被っていた時期に、時を戻す。


 ちょっとした不注意だった。眼鏡のレンズが曇っていたから、ハンカチで拭こうとして机に置いてしまった。裸眼を人に晒す危険を忘れていたのだ。ヒヨコが、私の顔を覗き込む。


「君の眼、少し変だね」

「変?」


 私は狼狽えた。いきなり変と言われたこともそうだが、彼女は私の眼を覗き込んでいる。裸眼を見た地球人は、まず体調を崩す。五秒ともたない。


「ああ、ごめんね。悪い意味じゃないから」

「いや、自分の眼が薄気味悪いことは自覚している。むしろ、変の一言で済むのか」


「薄気味悪いなんて、ちっとも思わないよ」彼女は、今では誰もが忘れた、優しい笑顔を見せた。「悪い意味じゃない。面白い眼ってこと」


 私は「面白い」という曖昧な評価が苦手だ。

 概念的に理解はしているつもりだが、地球の「面白い」は含みが多い。テレビ番組で、模糊(もこ)としたジョークを言い合う「お笑い」と呼ばれるものが面白い、美術館に展示されている、ぐちゃぐちゃに絵の具を塗りたくった絵画が面白い。人の仕草が、有名な映画が、音楽が、国民性が。内包されている意味が異なるくせに、すべて面白いの一言で評価される。


「面白いとは、どういう意味だ」

「え?」

「具体的に、説明してくれないか」


 彼女は怪訝(けげん)な顔つきをする。仮面さえ被っていなければ、間違いなく私を罵っていただろう。嘘をつき続ける彼女の努力に、感服する。


「たとえば」彼女は考えながら、言葉を絞り出していく。「未知のものを発見した、みたいな。珍しいとか、新鮮とか」

「未知のもの」私は反復した。「幽霊とか、死神とか。宇宙人とか」


「存在が証明されたら面白いね。そうだ、昔、ノストラダムスの大予言ってあったでしょ」

「なんだそれ?」

「知らないの? ギリギリで生まれてた年齢でしょ。親から聞かなかった?」


 そう言われても困る。


「一九九九年、空から恐怖の大王が降りてくる。ノストラダムスって人が予言したの。その年の七月に、地球は滅亡するってやつ」

「だが、地球はまだ生きている」


「デマだったってこと。わたしがそのとき大人だったら、きっと、わくわくしてた」

「普通の人間はたぶん、恐怖のどん底だっただろう。なんせ、恐怖の大王なんだろ」


「退屈な人ばっかりだよ。空から大王だよ? なにが来るか分からないじゃん。それに期待しないなんて、どうかしてる」

「で、それが面白いと? 私の眼も同じだと?」


 彼女は首肯し、窓から空を見上げる。まるで、雲のすき間を眺めていれば、そのうち恐怖の大王が現われると思っているようだ。


「君の眼は、わたしの知らないなにかで、わくわくさせてくれる」


 窓辺から寄ってきて、私に視線を合わせる。今まで、地球人とこれほど接近したことはない。だから、判断に困った。離れるべきか、放置するべきか。私は当惑したまま、おもねるように告げた。


「あなたも、かなり面白い人だと思うが」

「でしょ」何故か得意げにしている。「ねぇ。どこが面白いか、具体的に説明して」


 しばらく思い悩み、私はぽつぽつと語る。終始言葉を選んだ。無茶ぶりもいいところだが、先に言い出したのは私だから、断れない。語り終えたときには肩がこって仕方がなかった。聞き終わって彼女は、愉快そうにけたけたと笑った。


 面白いとは、興味深いということだとひとまず認識した。


 瀬川ヒヨコという地球人に興味が向いた。実験に丁度良く、彼女を連れて行こうと思ったきっかけはあの瞬間だ。

 私の眼を面白いと評した彼女の感性を、私は面白いと評した。


 夏になってから、私は上司に連絡を取り、「実験体として相応しい女性を発見した」と報告した。本心から思っていたし、過ちだったなんて想像もしていない。

 無機質な声で「よくやった」と返答してきた。「それで、どのくらいで連れてこられる?」


「さあ? 前例がないだろ。長い目で見てくれ」

「まあ二、三年は様子を見よう。それくらい経って駄目そうだったら、覚悟はしていてくれよ」


 失敗が意味するところは、考えたくない。


「長く見積もりすぎたかな」と軽く見ていた。なんだかんだ、楽な任務だと。


 大学三年生の現在、私は酷く後悔している。先行き不安、日本の四字熟語を借りるなら「暗澹溟濛(あんたんめいもう)」といった感じだ。


 私の上司は、予定が狂うことをとにかく嫌う。もう少し柔軟に生きられないものか、と不満を抱いているが、口にする気はない。記憶の中の上司は、トレードマークのスケジュール帳を、鼻歌を歌いながら、しかしご機嫌というわけでもなく、渋面を作り確認している。


 今から別の女性を探すのが得策だろうか。適当に代替の女性を連行するか。現実的に考えれば、そういった方向転換が必要だろう。

 ただ、気が進まない。尻尾を巻いて逃げ出みたいで、意地になっているのかもしれない。


 合理的ではないと、分かってはいる。


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