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とある銭湯にて

第二部、開始。

「我々は宇宙人だ」と聞こえて、私は思わず身構えた。



 だが、脱衣所にある扇風機で、子どもが遊んでいるだけだと気づく。気恥ずかしさを感じながら身体の力を抜いた。なにが楽しいのだ、と訝しみながら観察していると、父親らしき男が子どもの手を引き、出口の方へと消えた。去り際、男がちらりと私の方を見た。

 どうやら、じっと見つめているのを怪しいと思われたらしい。


 扇風機の前に座り、宇宙人の真似事をする。主に夏、地球人が行う不可思議な遊びだと誰かが言っていた。別に、宇宙人はそんなことをしないと思うが。



「アメリカは、なにかを隠している。そう思わねぇか?」

 湯船に浸かっていると、男が話しかけてきた。ヒゲが口を囲むように生えている。中年のようだが、確かな年齢は分からない。


「そうか?」

「最近、大人しいじゃねぇか。この静けさは、嵐の前の静けさだ。他の国がヤベェせいで忘れがちだが、あいつらもきな臭い」男は鼻息荒く、唾を飛ばして喋る。


「すまないが、私はそういうことに詳しくない」


 とりあえず、正直に断っておく。話が引き返せないところまで進んでから「どうしてそんなことが分からないんだ」と怒られたくないからだ。


「あんた、大学生だろ?」

「そうだな」

「学と、職のねぇ俺でも理解できることだぜ。新聞読めよ」

「新聞は読んでいるつもりだが」


 アメリカがきな臭いなんて、書いてあっただろうか? 男の思想や、主義主張はどうでもよかったが、胡散臭さが鼻につく。


「読んでるんだったら、どうしてそんなことが分からないんだ」


 私は愛想笑いをして誤魔化した。それは、興味のない話を終わらせるには有効な手段のはずだった。少なくとも、日本に住み始めてから、愛想笑いで事なきを得たことが幾度もある。

 しかし、この男には一切通用しなかった。『人の愛想笑いには敏感であるべき』と、心の中で格言を作りだした。


「隠しているはずだ。ヤバい兵器か超能力者か」男の顔は真面目そのものだ。「後は、地球外生命体とかな」

「地球外生命体!」


 話の流れから、日本の未来を真剣に憂うのかと思いきや、まさか地球外生命体だなんて冗談めいた言葉が出てくるとは。


「最近、アメリカに渡った地球外生命体はいない」


「なんで、そんなことが言える?」

 男は露骨に不機嫌になる。

「アメリカは危険だぞ。俺は日本のことを誰よりも心配しているんだ!」男は続けた。


 さっきから、危険だとか、ヤバいだとか、年齢に不相応な、漠然とした言葉しか使わない。なんとなく、男の底を知ったような気になって、途端に冷める感覚がした。お湯に浸かっていて身体は熱いが、脳は低温だ。


 私は、男の目をじっと見つめた。こういう種類の人間は、どういう瞳をしているのか知りたかったからだ。しかし、その願いは叶わない。


 男も私の瞳を見つめ返す。湯船で男二人が見つめ合うこの状況は、あまり好ましいとは思えない。


「……お、お前、気持ち悪いぞ」


 男は顔を歪め、呻くような声を発した。自分の意見に反論した()(もの)に対する悪態ではない。自然と口から出てしまった、恐怖の吐露のようだった。男はすぐに顔を背け、会話は終わった。やがて、呼吸を荒げて出て行った。



 アメリカに渡った地球外生命体はいない。それはおそらく、確かだ。数十年前にはいたらしいが、正確な記録が残っているわけではない。


 だが、日本にはいる。日本の関東地方にて、小さな銭湯で現在、湯船に浸かっている。


『地球外生命体』などと呼ばれるのは不本意だが。


また、よろしくお願いします。

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