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これから分かって

 デパートの屋上は、遊具などが置いてあり、小さな遊園地みたいになっている。休日なんかは列もできて、実に賑やかだろう。時にはステージでヒーローショーを開催したりする。

 今日は平日のはずだが、休日と変わらないくらい賑やかだ。理由は、非日常の出来事がそこにあるから。


 人混みをかき分けて、広がる非日常を見据えた。白坂さんがいる。野次馬の注目を一身に集めて、さながらアイドルだ。だけど現実、そんなわけはなく、存在するのは自棄になった自殺志願者だ。


 白坂さんは、俺を見つけて、一瞬だけ驚愕の表情をした。それから納得したように、口をきゅっと結んだ。


「場所を教えたのは、失敗したなぁ」

「ちゃんと説明してくれ」


 まだ彼女の体は鉄柵を越えていない。しかし、勢いによっては、柵を越えて、展開は一瞬かもしれない。


「友だちと一緒に、元カレに会いに行った」


 観念したように、彼女は語り出した。


「友だちには元カレが、誰なのか言ってなかった。そこがまず失敗」


 野次馬もただならぬ気配を感じ取り、静かにしている。状況を飲み込めていない子どもたちが保護者にひそひそと質問しているが、誰も答えてくれない。


「友だちが、あいつの、今カノだった」


「ああ」俺は天を仰ぐ。「そんな不運があるのか?」


「苦しめるために行ったのに、苦しんだのは私。友だちは事情も知らないで、目の前でイチャつき出すわけ。それを目にして、私はどうすればいいの? 三年間なんて最初からなかったみたいに、彼は新しい関係を築いていた」


 口ごもったり、どもったりしながら、自身の苦しみを打ち明けている。


「挙げ句、あいつは目の前で呆然とする私に気づいて、鼻で笑ったよ。『どうだ? 執着してたのはお前だけだ』そう言ってる気がした」


 俺が彼女と出会ったのはまだ一、二ヶ月くらいだ。三年間の重みは、些末も分からない。恋の経験が少ないから、共感もできない。


 許してもいい、そう嬉しそうに言っていた彼女は、期待していたはずだ。期待は無残に打ち砕かれた。


「最初に言っておく。俺に君の気持ちは分からない。俺は、君じゃないからだ」

「だろうね」

「だから、これから君を説得するわけだが、全部が俺の我が儘で、利己的な主張だ。それを念頭に置いて欲しい」


 結局、真面目な前振りから出たのは、稚拙な気持ちだった。


「俺は、君に死んで欲しくない」



 正気か、という小声が聞こえた。背後で、野次馬の誰かが言ったのだろう。それで説得のつもりなのか、どんな説得だよ。ああ、同感だ。

 彼女も、想像していなかったであろう言葉に戸惑っていた。 


「必死で走ってきたよ。ここだけの話、路地裏で吐いた。君への説得なんて、考えている暇はなかった」

 

 正直に打ち明ける。口の中には、やや気持ち悪い臭いがこもっている。


「でも、結局、一番はそういうことなんだ。死んで欲しくない」

「汗、酷いよ」

「分かってる」

「そんなに……死んで欲しくないの?」

「うん」


 俺は彼女の全身像をしっかりと視界に入れる。欠片も視界から逃がさないように。


 元カレと仲直りするつもりだったのか、いつもよりお洒落だ。ワンピースタイプの服、踵の高い黒の靴。髪には、わずかにウェーブがかかっている。


「なんか、俺は君が好きみたいなんだよ」


 砕けても、タダだ。


 白坂さんは両手でしっかりと鉄柵を握る。その手に力が入っていくのが見える。視線を足下に向け、黙りこくる。その格好がまるで謝っているみたいで、もしかして俺は無言で拒否されたのか、と恐ろしくなる。


「でも、しんどいよ」

「まだどうとでもなる」

「そりゃ君は大丈夫でしょ。百万回も死んだんでしょ」

「百万回も死んだから、大丈夫なんだよ。なあ、仙人っているだろ?」


 仙人? と彼女が聞き返す。


「元々は人間なんだが、欲を捨てようとかって理由で、まあ詳しくは知らないが、とにかく人智を越えようとして奴らは修行をする。山とかで。死を超越した存在になろうとする」


「知ってるけど」

「何年何十年と修行を積んで、仙人になる」

「なに? 君は百万回死んだから、仙人になれる的なことを言いたいの?」


 風が、頬を強く擦る。焦るな。彼女は、早く話を切り上げたがっているんだ。


「仙人は仏とかに近づこうとして、修行を積む。俺は百万回も死を経験して、あるものに近づいた。問題だ。俺はなにに近づいたでしょうか」


「さあ? やっぱ仏みたいな?」

「正解は、飼い主だ」

「へ?」

「君が語った、猫の物語の、飼い主だ」


 説得でもなんでもない。筋道も理屈もない、破綻した言い分だって、自覚してる。

 説得することなんて考えていなかったって、言ったはずだろ。思いついたことを、話し続けているだけだ。


「町の人たちに唾を吐かれることを恐れず、大切な猫を救った。俺は今、近づけている気がするよ」

「意味が分からない」

「だよね。正直なところ、俺も分かってない」


「……変なの。私は、君のことが分かんないよ」

 くすりと、彼女は笑ってくれた。


「そりゃ、まだ一、二ヶ月の関係だ。これから分かってくれよ」


「でも」と、白坂さんは駄々をこねる子どものように、納得しかねている。「こんなことまでして、私、どうしたら」


 俺は、いつも助けてくれる後輩二人を脳裏に描いた。


『こうなったら、いっそのこと底まで落ちていくのがいいですよ』


 俺は一歩踏み出す。

 白坂さんはぴくりと肩をふるわせ、まじまじと俺を見る。


 群衆の目も、俺に釘付けだ。刺激するなと、口パクで訴えている人もいる。


「なあ、底まで落ちるべきなんだよ。恥を、盛大にかくんだ」


 彼女の目を見る。

 なにが来ても受け止めようとする覚悟が灯った瞳だ。それを、俺もしっかりと受け止める。



 俺は、服を脱ぎ始めた。


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