8話目
「先生に呼び出されたから、先に帰ってて。」
「職員室?」
「そう。」
「何かやらかした?」
莉子がニヤニヤしながら聞いてきた。
「何もしてないよ。」
私は職員室に行った。
「何で呼び出されたか柊さんわかってるよね?」
生徒に恐怖を与えるには充分すぎる第一声。
うちの担任佐渡 裕子先生に私は呼び出されてしまった。
「進路希望調査を名前だけ書いて出したからですよね?」
私は先生の質問に対して恐る恐る答えた。
多分これだ。
これしかない。
これ以外だったら、何のことやら。
「そうね。柊さん、確かに今具体的な進路を決めるのは難しいとは思う。けど、もうそろそろ大まかな方向性は考え出さなきゃいけないわよ。」
先生は私が白紙で出した進路用紙を差し出した。
「わからない。決められない。確かに今はそれでも平気だけど、3年生になったら、そうもいかない。先生やご両親は柊さんの進路を決めることができないから、自分で決めるしかないの。」
自分でもそんなこと分かっている。
「来週中までに書いてもってきて。」
「はい。」
私はため息を吐いた。
「失礼しました。」と職員室を出ると、その前で莉子が私の分のカバンを抱えて持って待っていた。
「遅い。」
莉子は不機嫌そうに行った。
そういえば教室にカバン置きっぱなしだった。
「ありがと。」
私はカバンを莉子から受け取った。
「帰ろっか。」
私達は中央階段を下った。
信号待ちの時莉子が私に聞いた。
「結局さ、なんで呼び出されたの?」
「進路希望調査書を白紙で提出したから。」
私は淡々と答えた。
「は!?」
私達と同じく信号待ちをしていた人がこちらを一斉に見た。
「声大きい。」
「そりゃ呼び出されるわ…」
莉子は呆れたような納得したように言った。
信号が青になった。
私達は歩き始める。
「桃花はお母さんの店継ぐんでしょ?」
莉子が当たり前のように聞いてくる。
継ぎたい。
そう思っている。
三崎くんにも言ったっけ。
でも店を継いだら、お客さんが美味しそうに料理を食べる姿を見ることになる。
当然だけど。
私はそれに耐えられるだろうか?
きっと辛いだろう。
味覚と嗅覚の障害があって、私は何も感じないのに。
そんな私がお客さんが幸せになるような料理を提供できるはずがない。
「最近、どうしよう迷ってる。」
私は、曖昧に言葉を濁した。
「莉子は?」
「私は教師になりたいって思ってるよ。」
いいな。
そんなはっきりとした目標があって。
そして、その目標を実現できる力が莉子には備わっている。
「莉子なら絶対なれるよ。」
私にはその確信があった。
午後4時11分。
家に帰った。
今日は部活がないから、いつも帰ってくる時間より早い。
店はまだこの時間は営業している。
私は店の扉を開けた。
「お帰り。桃花ちゃん。」
「ただいま。」
出迎えてくれたのは長いことうちの店でパートをしている顔見知りのおばさん、田中 千恵子さんだ。
お母さんより少し年上だと思う。
「今日は早いね。」
「部活なかったから。」
「これあげるよ。ドーナツ。」
田中さんは個包装のドーナツをくれた。
「ドーナツの穴を覗くと、見えないものも見えてくるよ。」
「えーなにそれ。」
今の私はその言葉の真意が分からなかった。
自分の部屋に行った。
カバンから進路希望調査書を出した。
名前だけが書かれた埋めるべきところを埋められていないの紙。
自分で書いた自分の名前が想像以上に汚かった。
消しゴムで消して、書き直した。
柊 桃花。
食べ物の名前が入ってるなんて、なんて皮肉なんだろう。
まぁいいや。
そんなことより、進路を考えよう。
会社に就職するなら、経済学部を目指した方がいいっていうイメージがある。
いや、そもそもどんな系統の会社に就職したいか考えなくちゃ。
…。
…。
分からない。
思いつかない。
お父さんとお母さんと相談しよう。
自分で決めるとはいえ、二人の意思に背くことはできないわけだし。
寝よう。
困ったら。
頭が働かないのなら、
起きてたって仕方がない。
私はベットに寝転がった。
天井の木目と目が合う。
「お前はいつも私のことを見てるな。」
私は呟いた。
もちろん返事はない。
私は眠りについた。