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3.????①

 そこは白色と黒色が混ざり合い、ゆっくりと明滅する空間。

 上下左右に壁は無く、様々な形と大きさをした物体が宙に浮いている。

 そんな不思議な空間のあちらこちらには、カリスが国王から『専門特権』を与えられる場面がいくつも映し出されていた。

 そしてその場面を物体と同じように宙に浮きながら胡坐(あぐら)を組んで眺めていた“それ”は、恍惚(こうこつ)して歓喜の声を上げる。


「――ああ、カリス。とうとう君の計画が始まるんだね!」


 男でも女でもないようで、男とも女とも受け取れるような中性的な体格。漆黒に輝く短髪。深淵に繋がっているかの様なハイライトの無い不気味な黒い瞳。

 その黒い瞳にしっかりとカリスの雄姿(ゆうし)を映しながら、“それ”は両手を高く振り上げながら喜びを爆発させる。

 ……だけど、その勢いで身体の重心がズレてしまい、空中で身体がクルクルと回転運動を始めてしまう。

 回転運動は徐々に加速していき、とうとう上下左右どこを向いているのか分からなくなるくらいの速度にまで到達する。

 回転運動により発生する強烈な遠心力に振り回されながら、“それ”は空間の中を移動して行く。

 その様はまるで、体操選手が空中で永遠に加速し続ける高速回転の演技をしているかのようだった。


 ……しかしそんな状態に陥っても尚、“それ”が慌てる様子はない。

 むしろそれが日常だと言わんばかりの落ち着いた動作で身体を伸ばして体勢を整えると、完璧な直立姿勢で頭上にあった物体の底面に着地して両手をピンッと頭の上に伸ばしポーズを決める。

 もしこの空間に技術審査員が居たなら、間違いなく満点が与えられるであろう見事な着地だった。

 ただ不思議なことに、物体の底面に着地したはずなのに、“それ”の足はそこを地面と認識しているかのように貼り付いて落ちる気配が無い。


「楽しみだなぁ~。君という存在がこれからこの国を、ううん、世界を揺るがすことになるのだからね! 僕はそれが楽しみで楽しみで仕方がないよ!!」


 まるで新しい玩具が目の前に用意された子供の様に、“それ”は純粋でニコニコした嬉しそうな顔をする。

 ……ところが、『専門特権』を与えられて列の一部に戻るカリスの姿を見た瞬間、“それ”から笑顔がスッと消えた。


「……でもねカリス、その専門特権は、ただの始まりに過ぎないんだよ。君が目指す楽園は、この世界にはあまりにも荒唐無稽(こうとうむけい)過ぎる……。間違いなく、前途多難(ぜんとたなん)な道のりになるだろうし、何度も艱難辛苦(かんなんしんく)の壁が、君の前に立ち塞がることになる。……もしかしたら、何度も苦渋の選択を迫られるかもしれないね……」


 先程までの喜びは何処へ行ったのか、“それ”の表情が突然悲しく苦しむようなものに変化した。

 自分が想像した先にあるカリスの苦しむ姿に共感しているのか、瞳からは涙が(こぼ)れて頬を伝っている。


「……でもね、それでも僕は、君に期待しているのさカリス。君はその程度の壁なんて簡単に破壊してくれるだろうとね!」


 “それ”は零れる涙を腕で(ぬぐ)うと、足元の物体を蹴って下に向かってジャンプする。

 ……ところが、“それ”は確かに下にジャンプしたはずなのに、その勢いは突然真横に方向を変えて斜め横にあった物体へと向かう。

 そして今度はその物体の側面に着地して、“それ”は垂直状態で直立する姿勢になる。

 その一連の動作は、まるで重力の概念が崩壊したような光景だった。


「だって君は間違いなく、この世界に変革を(もたら)す存在だ! それくらいの困難なんて、きっと障害にすらならないはずさ!」


 そこにはまた満面の笑顔が戻っていた。

 ただし先程の笑顔と少し違っていたのは、満面の笑顔のはずなのに、そこにはたっぷりの狂気が含まれているような(おぞ)ましさが見え隠れしていた事だろう。

 ……感情のジェットコースター。そう表現するのが正しいかもしれないほど、“それ”の感情は起伏が激しかった。


 “それ”は「楽しみだな!」とご機嫌な言葉を繰り返しながらまた移動して、ようやく別の物体の上部に降り立って姿勢を整える。

 そして再び映し出されているカリスの姿に目をやり、楽しそうに鑑賞し始める。

 そこには退屈そうに眉を顰めながら、授与式が終わるのを待っているカリスの姿が映っていた。


「うんうん、退屈そうだねカリス。……もしかしたら、これが君が体験する最初の壁なのかもしれないね?」

「――ぽよん」

「ん?」


 カリスの映像を鑑賞して楽しんでいると、突然“それ”の足元に何か柔らかい物体がぶつかってきた。

 “それ”が足元に視線を落とすと、そこにはプルンとした丸みのあるスライムの様な生物がいた。

 スライムの身体は水の様に無色透明で、全体の輪郭を捉えるのが非常に難しい見た目をしている。

 しかし、そんなスライムの体内にはある特徴的な物が取り込まれていた。――宝石だ。

 しかもその宝石は、多種多様な色に変化しながらもとても美しく輝くという、独特な特徴を持った世にも珍しい宝石だった。

 その珍しい宝石の放つ輝きがスライムの体内で僅かに反射しているおかげで、無色透明なスライムの輪郭を捉える事が可能となっていた。


「なんだ君か。君もカリスの姿をじっくり見たいのかい?」


 “それ”はスライムにそう(たず)ねるが、スライムには目も無ければ口も無いので、当然受け答えは出来ない。

 しかしスライムは、その場でポヨンポヨンと跳ねることで自分の気持ちを“それ”に向かってアピールする。


「そうかそうか。僕だけが楽しんでいるのはズルいか。それはすまなかったね」


 スライムはただ跳ねただけだったが、“それ”はその動作だけでスライムの言いたい事を正確に理解していた。

 “それ”はスライムを抱え上げると、腕の中に抱きしめる。

 抱きしめる力によってスライムはその形をふにふにと変える。更にスライムの温度はひんやりとした水の様で、非常に抱き心地が良かった。


「やっぱり君は抱き心地が最高だね。このまま食べてしまいたいくらいだよ……」


 そう言って“それ”は、ワザとじゅるりと涎を垂らす仕草をして見せる。

 勿論その動作は“それ”なりの冗談だったのだが、スライムは驚いて“それ”の腕から慌てて逃げようと暴れ始める。

 しかし力の差は圧倒的で、スライムは“それ”の拘束から逃げることは出来そうになかった。


「まあまあ、そう暴れなくてもいいじゃないか。冗談だよ、冗談。カリスと契約した君を食べでもしたら、それこそ僕がこっ酷く怒られちゃうさ」


 そう言って“それ”は肩をすくめて見せる。

 スライムはその動作を見てとりあえずその言葉を信じたようで、暴れるのを止めて大人しく“それ”の腕の中に再び収まった。

 大人しくなったスライムを見て、“それ”は満足そうにウンウンと頷く。


「――さて、仲直りも出来た事だし、一緒にカリスの事を見守ろうじゃないか!」


 そうして一人と一匹は、不思議な空間の中で、カリスの一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくを楽しそうに眺めるのだった。

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