1.プロローグ1
「――ん、んん~~」
カーテンの隙間から差し込む朝の日差しが私の顔を照らし、暖かい眩しさに私はベットから体を起こして伸びをする。
全身の血液が適度に循環し始めて、私の意識が徐々に覚醒していく。
日差しの明るさを頼りにキングサイズのベットから飛び降り、カーテンを勢いよく開けて部屋の中に太陽の光を目一杯取り込む。
「……眩しぃー」
雲ひとつない空から全力で自己主張する太陽の眩しさにちょっとした文句を呟く。
でも、それが私の今日1日を祝福してくれているのだと思えば、多少の眩しさも気にならない。
コンコン――。
私がカーテンを開けたタイミングを待っていたかのように、部屋の扉がノックされる。
毎日行われるこのルーティンにすっかり慣れた私は、扉をノックした人物に部屋の中に入るように声を掛けた。
「おはようございますカリス様」
扉を開けて入って来たのは、私専属侍女の『シア』だ。
ストレートボブの淡彩なピンク髪と黒い瞳。私の髪色と同じ空色のメイド服を着用していて、それが私の専属だという証になっている。
「おはようシア」
私はシアに挨拶を返して洗面所行って素早く顔を洗い、それが終わるといつものようにベットに腰かけた。
シアもその間にいつものように衣装タンスから私の服を取り出して来て、そのまま着替えを手伝ってくれる。
寝間着を脱いでいつもの私服に手早く着替えると、私とシアはすぐに部屋を出てそのまま王族専用の食堂に移動する。
私が食堂に入ると、そこには既に着席して私の到着を待っていた父と母の姿があった。
「……遅れましたでしょうか?」
「いや、そんなことは無いぞ」
「安心してカリスちゃん、私達が少し早く来すぎちゃっただけよ。この人ったら、昨日からずっと今日の事を考えてソワソワしていたんだから」
「こら、娘の前でそれは言うなと言っただろうに!」
「あらそうだったかしら?」
「それにソワソワしていたのはお前も同じだろう!」
どうやら父と母も、この後の予定の事で緊張しているようだ。
その後、食事中も両親は私に対してお互いのあれこれの言い訳ばかりしていた。
私は両親のそんな仲睦まじいやり取りを苦笑いで流し、ササッと食事を済ませるのだった。
食事を済ませた私はシアと一緒に一旦自室に戻って、また着替えをする。
今日は、私の記念すべき日となる予定だ。だから今着ている私服ではなく、式典用の豪華な礼装を着用しなくてはならない。
……正直に言うと、上下ともピッチリしたこの礼服は窮屈でしかないから好きじゃない。私はゆったり着られて動きやすい服が好きなのだ。
でもそれも、この後の事を思えば我慢だ……。
最期に、腰辺りまで伸びる私の長い髪をシアが櫛で丁寧に整えて服装に合わせてくれる。
「……どうシア、似合っているかしら?」
「完璧でございますカリス様。今すぐ食べちゃいたいくらいです」
着替え終わった私に対して不敬な感想と涎を漏らすシア。
……まあ、これもいつもの事なので、私は特にリアクションもせずにスルーする。
そしてチラッと時計を見れば、予定の時間が近づいていた。
私達はもう一度、礼服に不備が無いことを確認する。
……うん、大丈夫そうだ。
「それじゃあ、行きましょうか!」
「はい、カリス様」
自室を出た私達は、そのまま王宮の奥へ奥へと歩いて行く。
途中、王宮で働く従者達と何度かすれ違うが、皆が一様に私の事を見るとすぐに道を開けて無言でお辞儀をする。
別にこれは私が彼等に強要しているわけでも望んでいるわけでもない。ただ、私の立場を考えれば仕方がないことなのだ。
本当は非常に堅苦しくて嫌なのだけど、私は何食わぬ顔を作り、それが当たり前なのだという態度で従者達の横を通過する。
それを何度か繰り返している内に、目的の場所である『謁見の間』の入り口に到着した。
「じゃあシアはここで待っていてね」
この扉の先で行われることに、侍女であるシアは参列できない。
なので私はシアに、扉の前で待つように指示を出した。でないとシアは必ずついて来ようとするからだ。
「いってらっしゃいませカリス様。このシア、カリス様の雄姿を直接この目で拝見出来ないことが残念です……。しかしここから耳を澄ませば、カリス様の麗しいお声一語一句を絶対に聞き逃さないと、ここに自負します!」
「うん……怪しまれない様ほどほどにね」
前に何度かそれで「扉の前で怪しい動きをしている人物がいる」と、衛兵のお世話になった事があるのを忘れていなければいいけど……。
少し心配だけど、今はそれよりも大事なことがある。
私は大きく深呼吸して心を落ち着かせる。そして意を決し、謁見の間の大きな扉を開いて足を踏み入れた。
謁見の間はとても広くて奥行きがある広間になっている。
最奥は数段高く作られていて、そこに国王と王妃が座る玉座が置かれている。
入り口から玉座までの道にはレッドカーペットが真っ直ぐ敷かれていて、それを挟むように沢山の人が列を成していた。
殆どが貴族や軍人などの特権階級に属する人達で、何度か顔を見たことがある人ばかりだ。
それ以外にも、今回特別に召集が掛けられた“見慣れない顔”の人達もちらほらと見える。
私はその沢山の人達の視線を一身に集めながら、レッドカーペットの上を堂々とした佇まいで歩く。
そして玉座に最も近い場所まで移動して、そのまま私も人の列の一部に加わった。
列に加わってしばらくすると、謁見の間の奥側の扉から父と母が登場した。二人とも私と同じで、食事の時のラフな服装とは違う礼服に着替えている。
二人が登場した瞬間、謁見の間が更に厳格な雰囲気へと変貌する。まるで全員が姿勢をもう一段階正したかのようだった。
そんな雰囲気の中でも、父と母は表情一つ変えることなく玉座へと腰かけた。
父の横に立っている宰相のグリーンバックさんが父に何か耳打ちをする。
そして父は玉座から立ち上がり、謁見の間に居る全員に聞こえるように言葉を発した。
「これより、魔王討伐の功績を称える授与式を執り行う! まずは魔王討伐に最も貢献した者を、皆で称えようではないか。――『カリス・ルーン・ファルタ』、前へ!」
「はい!」
父に呼ばれ前へ出た私は、父の眼前で片膝を付いて頭を下げる。
普段だったら父に対してここまで畏まることは無いのだけど、この授与式は厳格な式典で、更に言えばこの授与式が私の今後の将来を決定付けると言っても過言ではない。
だから私は普段の私を封印して、王族として王女としての私を前面に引き出して、全力でこの授与式に臨むのだ!
「そなたの魔王討伐での活躍は、私の耳にもしっかりと届いておる。そなたの活躍が無ければ、此度の魔王討伐は到底困難を極めるものとなっていただろう。……本当に、よくやってくれた!」
「身に余る光栄、感謝します」
……何となくだが、私の畏まった態度を見て嬉しそうにウンウンと頷いている両親の顔が頭に浮かんできた。
多分、今すぐ顔を上げれば頭に浮かんだ情景通りの光景を見ることが出来るのだろうけど、ここは我慢だ……。
「皆も知っておるように我が国では代々、魔王討伐最大貢献者の願いを聞き届ける事を習わしとしておる。そしてそれはどのような立場の人間であろうが例外ではない。……カリスよ、そなたの願いを申してみよ。王家の名、そして私の名に懸けてその願いを叶えてやろう!」
来た! 私はこれを待っていた!
魔王討伐の最大貢献者には、国王が直々にその願いを叶えてくれるというこの国の代々の習わし。
私の目的を障害無く遂行する為には、この習わしを利用するしか方法は無い。
……落ち着け私。やっとここまで状況を持ってくることが出来たんだ。まだ感情を表に出しちゃダメだ!
喜び叫びたくなる感情をグッと抑え込み、深く深呼吸をして無理矢理に思考を冷静にする。
……よし、大丈夫だ。
私は顔を上げて父の顔を真っ直ぐ見つめる。
父と目があった。私の顔を見た父は静かに小さく頷く。
その父の仕草に、私は意を決して願いを口にする。
「国王陛下、私の願いを申し上げます。……私の願いは、“幻獣”に関連する全ての権利と権限を、私の『専門特権』として承諾して頂く事です!」