【隔離用】いつか来るその日まで【タイラントシルフIF】
1.
カクン、と首が落ちたかのような感覚に驚いて瞼を開くと、小さな窓の向こう側に佇む廃墟の群れが、あっという間に後ろへ流されて消えていくのが見えました。
「よく眠れた?」
「……はい、お陰様で」
シートベルトもしないで運転席に座り、ハンドルを握っているエレファントさんに声をかけられてようやく思い出しました。そういえば私は今、エレファントさんが運転する車の助手席に乗っているんでした。廃墟が後ろへ流れているのではなくて、私の方が前へ前へと移動してるんです。
このやたらとタイヤが大きくて角ばっていて車体の高い車、名前は忘れてしまいましたけど、元の持ち主の方はたしかオフロード仕様だと言ってたような気がします。
ディストとの戦いの余波で荒らされて以来、整える人もいないせいで道路は軒並み走り難いことこのうえない悪路と化していますけど、流石はオフロード仕様だと言われるだけはありますね。免許なんて持ってるわけもないエレファントさんの素人運転が気にならないくらいには乗り心地も快適です。
もっとも、いつどこで現れるかもわからないディストを警戒して普段ならいくら快適でも車上でぐっすり眠ってしまうことなんてないんですけど、昨日の今日ですしそれも致し方ないでしょう。悪いのはエレファントさんなので、私の言葉に文句もないのか、いつの間にか指の間に挟みこんでいたタバコをふかしながら苦笑いしています。
「もう、またそんなもの吸って」
「だって、落ち着くんだもん」
「まったく……。というか、昨日吸ってたのが最後の一本だって言ってませんでしたか?」
「えへへ、実は昨日の探索で保管されてるのを見つけたんだ。これでしばらくは困らないよ」
「毎度毎度、よく見つけますね。はぁ……、私がこの煙から解放されるのはしばらく後ということですか……」
「ごめんってば~」
私が起きている時にタバコを吸うとこうして文句を言われるので、眠った隙を見てこっそりと吸おうとしていたのでしょう。へらへらしながらごめんごめんと繰り返していますけど、最早何度目の謝罪になるやら、誠意が感じられません。
とはいえ、タバコの煙はくさいので正直に言えばやめて欲しいんですけど、本人が言った通り吸っている間は精神的に落ち着いているみたいなので無理矢理やめさせるわけにもいきません。
「……身体に悪いですよ」
「変身してるから大丈夫だよ。それに、どうせこの先そんなに長くないんだから、そんなの気にしない気にしない~」
せめてもの抵抗として自制を促すためそんなことを言ってみますけど、返ってくるのはいつもと同じで、朗らかな笑顔には似合わない、エレファントさんらしくもない、そんな悲観的な言葉でした。
2.
今から凡そ一年ほど前、私たち魔法少女とディストとの戦いは一つの決着を迎えました。ある日唐突に、欺瞞世界を無視して大量に発生したディストの大群との死闘。それは戦争ですらない、お互いの存亡をかけた生存競争。
もしもそれに私たちが勝利していたのならば、それは最後の戦いと呼ばれることになっていたのでしょう。私たち魔法少女の戦いは終わりを迎え、私もまた日常に帰っていくはずでした。けれど私たちは敗北した。
何も完膚なきまでに叩き潰され完全敗北を喫したというわけではありません。極めて優れた魔法少女、魔女と呼ばれる存在は日本だけでも十人を超えていましたし、後になって聞けば世界中に魔法少女は存在し魔女もまた同様であったらしく、世界規模で見れば決して戦力的に劣っていたわけではなかったのです。さらに言えば魔法少女たちの裏で糸を引いている存在、これも後から聞いたことですが、亜神と呼ばれる超常的な魔術師も後ろに控え、彼らもまた勝利を疑っていなかった。
それでも私たちは負けました。半数近い魔女が最初の衝突で討たれ、私を含む辛くも勝利を掴んだ魔女たちも他の地域の防衛に駆けずり回ることとなり、とても日本全国を守り抜くことなんて出来なかったんです。
もちろん各国もディストが暴れるのを黙って見ていたわけでありません。別に科学兵器が全く効かないということはないので、最初の内は彼らも防衛の戦力として機能していたように思います。ただ、指揮官としてではなく一兵士として各地を飛び回り戦い続けていた私には詳しいことはわかりませんでしたけど、日に日に人類の生息圏は狭くなっていって、ディストが我が物顔で闊歩する地域は増えていきました。
安全圏がどんどんなくなっていく中で、今までのような社会基盤の整った暮らしなど出来るはずもなく、生活インフラは徐々に失わていき、人々は身を寄せ合うように一つの土地に集まって身を守るようになりました。誰かがそれをコロニーだなんて言ってましたっけ。SFはあまり詳しくないんですけど、私はむしろ、なんだかゾンビ映画みたいだなと思ってました。
その頃には魔法界とも連絡が取れなくなり、転移の魔法もマギホンによる通話も一切が使えなくなって、魔法少女たちもまた人々の寄り合いの一部としてディストと戦う対価に食料や寝床を得ることとなりました。彼らもまた、私の知らないうちに敗北していたのでしょう。
それが大体、あの負け戦から三か月ほど経った頃でしたでしょうか。まあ、それは私とエレファントさんが居た地域の話なので他所がどうしていたのかは詳しく知りませんけど、旅の途中で見かけたコロニーの残骸と思わしき場所を調べた限りどこも大して違いはなかったのだと思います。
私とエレファントさんがたった二人であてもなく車を走らせていることからもわかる通り、私たちのコロニーもまた他所と大して変わりのない結末を迎えました。公爵級ディスト、それが現れればもうお終いです。なくなって初めて、魔法界の連中が如何に効率よく、そして安全にディストを倒すことを考えていたのかよくわかります。
ただ勝つだけならば不可能ではありません。けれどコロニーを守りながらとなれば話はまるで違います。私にはそれが出来なかった。きっとどんな魔女であっても、たった一人でそれを成すことは出来ないでしょう。コロニーを完全に守り切って勝利を収めるためには、少なくとも三人の魔女が必要になります。かつてそうして戦ってきたように。あるいは眠りの魔女が健在だったのなら状況は違ったかもしれません。けれど彼女は、あの日の戦いが一息つく頃には姿を消していて、二度と現れることはありませんでした
結局、戦いの後にはほとんど何も残りませんでした。
私はあんまりお腹が減っていないからって、げっそりとした顔で小さな子供たちにご飯を分けてあげていたお婆さん。
若いもんにはまだまだ負けんなんて言って、張り切って畑を耕してたら腰を痛めてしまったお爺さん。
いつもニコニコしていて、自分にはこれくらいしか出来ないからなんて言って、衣類の修繕やおいしい料理、掃除、洗濯、何でも出来たお姉さん。
あんなひどい状況でもくさらずに、何か困ったことはありませんかなんていつも周囲を気遣っていたお兄さん。
私も魔法少女になって戦うと言って、弟子入りを志願してきた女の子。
私たちは魔法少女だから、コロニー防衛の要だから、色々な人が私たちに期待をして、希望を見て、頑張ってたんです。
なのに私たちは守れなかった。誰も、誰一人。
私はまだマシでした。ショックでしたし、悲しかったですけど、それでも私はエレファントさんが居てくれれば頑張れます。それだけで前を向いてまた歩き出せるんです。だけどエレファントさんは……。
今にして思えば、きっと最初の戦いで咲良町が壊滅した時から、ほとんど限界だったんだと思います。家族も、友達も、仲間も、エレファントさんが守りたいと思っていたはずの人はみんな死んでしまって、残ったのは私だけでした。彷徨い歩いた末に辿り着いたコロニーでの生活で、ようやく笑顔を取り戻し始めていたのに、まだ癒えきっていない傷をえぐる様にまた同じことが起きて、エレファントさんは壊れてしまいました。
どこから見つけて来たのか、いつもお酒を飲んで酔っ払って、お酒がなくなったら吸ったこともないのにタバコを吸ってげほげほとむせて、そのどちらもなくなったら我を失ったように暴れ出してしまうんです。
傷つけないように何とか取り押さえて、その日は落ち着いても、目を離すといつの間にかどこからか物資を探し出して来て、同じことの繰り返しでした。
一人で勝手に外をうろついて、もしも高位のディストに遭遇したらどうする死んでしまうかもしれないのに、それならそれで別に良いだなんて言いだして……。
このままここに居続ければエレファントさんはいつか、そう遠くない内に死んでしまうと思って、それだけは絶対に嫌で、だから私はエレファントさんに生き残りを探す旅に出ようと提案しました。
何か目的意識があれば少しはマシになるんじゃないかと思ったのと、本当に生きている人を見つけられたら、コロニーの生活で一度は笑顔を取り戻してくれたのと同じように、また笑ってくれるような気がして。
エレファントさんはどうにでもなれというような投げやりな態度で私の旅に同行することを承諾してくれて、気が変わらない内にと大急ぎで食料をかき集めて、偶然壊れずに残っていた車に乗り込んで、そうして私たちはその日の内に旅立ちました。
結局それ以来、生きた人に会うことは出来ていないのですけど、それでも私たちは旅を続けています。
3.
夕方ごろ、雨風をしのげる比較的マシな廃墟を見つけて、周囲のディストを蹴散らしている間にすっかり陽も落ちて夜になり、味気ない保存食での夕餉を終えて手持無沙汰になったころ、一度屋外に出ていたエレファントさんが帰ってきました。
「この姿だとちょっとマシだけど、やっぱり外は寒いね」
エレファントさんは魔法少女の衣装に視線を向けながら、露出した腕のあたりをさすっています。魔法少女の衣装は魔力で構成されてるので頑丈で洗濯いらず、更に保温効果も並みの衣服より優れているので基本的に私たちは常に自分の衣装を着ています。いつディストに襲われてもいいように日常生活でも変身しっぱなしですし。なのでこんな世の中だというのに意外と身なりは綺麗なのです。
「もうすっかり秋ですもんね」
ディストが目の敵にしているのはどういうわけか人間だけで、それ以外の動植物に積極的に危害を加えることはないため、道中生えている適当な木でも見れば凡その季節はわかります。
まあそんなことをしなくても魔力をエネルギーに動くマギホンがあるので日付や時刻の確認くらいならいつでもできるんですけどね。せめてマギホンにオフラインでも遊べるゲームが入ってたら暇つぶしの道具にもなるんですけど、今のところカレンダー兼時計兼メモ帳くらいの機能しか役に立ってませんね。ああ、スマホはとっくに充電切れで使えないですよ。電機はどこも死んでますから。
一応いくつか本は車に積んでますけど、食料と燃料のことを考えると娯楽に積載をそれほど割くことも出来ず、とっくに読み終わったものばかりです。また本が残っている町を見つけられると良いんですけど……。エレファントさんもいっつもお酒とかタバコばかりじゃなくてそういうのも見つけて欲しいものです。
「今日はお酒、飲んでないんですか?」
「そっちは見つからなかったんだよね。だから……」
自然な足取りで近づいて来たエレファントさんが私の肩をそっと押して、かたい床の上に寝転んだ私の上に馬乗りになり、承諾の一つも取らず当然のように顔を近づけて来ました。
「今日もするんですか?」
「口が寂しいんだもん。いいでしょ?」
いつからだったでしょうか。タバコもお酒も手に入らなくて、苛立たし気にしてるエレファントさんが無理矢理私を抱くことでそのやりきれない気持ちを発散するようになったのは。
それで気持ちが収まるのなら、そう思って私はとくに抵抗もせず受け入れてました。
いつしかその行為はタバコやお酒とは関係なく、エレファントさんの気分次第で当たり前のように行われるようになって、その関係が今もこうしてずるずると続いてしまっています。
こんなこと良くないと、健全ではないとわかっていますけど、昔に比べてエレファントさんの心が落ちついたのも事実で、結局今日も拒むことは出来ずに受け入れてしまうんです。
「ん」
その小さな吐息がどちらのものだったのか、あまりにも距離が近すぎて私にはわかりませんでした。無遠慮に押し付けられたエレファントさんの唇から熱いぬるりとしたものが私の口の中に入り込んで、無垢な花園を踏み荒らす様に我が物顔で暴れ出しました。普段は感じないかすかな苦味を感じて、咄嗟に招かれざる客を追い返そうと小さな舌を突き出せば、生意気だとでも言うようにあっさりと絡めとられ、お仕置きとしてさらに激しく蹂躙される羽目になりました。
「んぅ、ちょっと待っ―ー」
「待たない、ん」
エレファントさんはサディスティックに笑いながら私の両腕を押さえつけて、無理矢理口づけを再開しました。
魔法少女の身体は清潔と健康が保たれているようで、あれだけお酒を飲んでタバコを吸っているのに普段はその匂いがしたりはしません。ただ、口にしたばかりのものはその残滓が残っている場合もあるようで、口づけに苦味を感じると言うのはついさっきまでタバコを吸っていたということです。
今更行為を拒む気もないんですけど、するならせめてタバコを吸ってない、お酒を飲んでいない時にしてくださいって何度も言ってるのに……。
一度心が壊れてしまった影響かわかりませんけど、どうもエレファントさんはちょっと嫌がっている相手を手籠めにするくらいの方が燃えるタイプのようで、その被害者となる私としては溜まったものじゃないんですけど、たまにこうして私が嫌がることを交えてきます。無理矢理達せられてお漏らしをさせられた時は流石に怒りました。
でもどうせ、最後は許してしまうんです。
こんな風になってしまった今でも、私の存在がエレファントさんを繋ぎとめられているのだと思うと、それがどうしようもなく嬉しくて。
4.
結局のところ、私がやっていることはただの悪あがきに過ぎないんです。
時が経つにつれて、手に入る物資には劣化したものが多くみられるようになって、まともに食べられるものは保存食くらいしかありません。
フィクションの終末世界でよく目にするような氷河期を迎えたわけではないので、最悪食べ物は野生動物を狩るのでも釣りをするのでも何とかなりますけど、もっと問題なのは燃料です。
あまり詳しくはないので正確にはわかりませんけど、ガソリンというのは一年も放置していれば駄目になってしまうこともあるようで、最近は車の調子も悪くなってきているように思います。だからと言ってガソリンスタンドに放置された燃料が悪くなっているかどうかなんて私たちにはわからないので、見つけたら入れる以外の選択肢はありません。そして車の修理だって当然できません。動かなくなってしまえばそれまでです。
魔法少女の力があるとは言え、人の手で運べる荷物なんて限りがありますし、何より移動できる距離も大幅に短くなります。生きている人を見つけるなんて、最早形だけの目的で実際のところ私もエレファントさんもそんな希望を抱いていないのは事実ですけど、車が使えなくなればその形式だけの目的すら失うことになります。
そうなってしまった時、エレファントさんはどれだけ正気を保っていられるのでしょうか。今だって完全に正常とは言えないのに、お酒もタバコも手に入らなくなって、私が無理矢理掲げた泡沫のような目的すらも失った時、それでも私はエレファントさんを繋ぎとめていられるのでしょうか?
終わりの時はきっと、そう遠くはないのだと思います。
それを理解しているから、エレファントさんも先は長くないだなんて言ったのでしょう。
「うぅ……待って、行かないで……、シルフちゃんっ……。私を……一人にしないで……。私にはもう……、シルフちゃんしかいないのに……」
散々一人で盛り上がって、満足したら身勝手に眠り始めてしまったエレファントさんが、ひどくうなされた様子で寝言をこぼしました。そう思ってるのなら、もうちょっと普段の態度を改めてくれても良いような気はしますけど……。
いつものことなのですっかり慣れてしまって、私はエレファントさんの手を片手で握って、安心させるように優しく頭を撫でてあげます。
「大丈夫ですよ。私はどこにも行きませんから」
悪夢を見ているエレファントさんには悪いですけど、そんな夢を見てくれていることに安堵してしまいます。だって、それはまだ私の存在がエレファントさんを繋ぎとめられていることの証明でもあるのですから。
どんな風になったって、私がエレファントさんを見捨てていなくなることなんてありません。
エレファントさんにとっては、最後まで残ったのが私だったから、だからもう私しかいないのかもしれないですけど、私には最初からエレファントさんしかいないんです。どれだけ世界が変わったとしても、どれだけ多くの人が死んでしまったとしても、それだけは変わらない。
「私はあなたが居てくれれば、それだけで良いんです」
文明的な食料も、移動手段の燃料も、精神安定の娯楽も、ないならないで何とかなります。凄く不便で大変だとは思いますけど、原始的な生活に戻るだけで、それらがなくなったからと言って即座に命を脅かされるわけではありません。
けれど、私たちには明確なタイムリミットがあります。
それは、魔法少女としての力を十全に振るうことが出来る残り数年。
魔法界がなくなった以上、二十歳で変身資格を失うということはないでしょうけど、そもそもそんなルールを設けられていたのはそれを境に魔法少女としての力が弱まっていくからでした。
エレファントさんはあと5年、私はおそらくあと9年程度。それがこの旅の本当の終着点です。
生き残りを見つけられたとしても、この世界に跋扈するあの怪物どもに抗う術がなければ意味がないんです。
そう、終わりの時はそう遠くないうちに、確実に訪れるのです。
だからせめて、いつか来るその日までは
「ずっと、ずっと一緒です……」