94 魔道具の売り上げの使い道
「最後に、ブルーローズ商会の、ここまでの売り上げの使い道についてなんですが」
「新しい魔道具開発への投資に使うんじゃないのかい?」
「もちろん、それにも使います。でも、他に二つ、使いたいことがあるんです」
「ふむ、それはなんだい?」
「一つ目は、正式な王都支店を立ち上げたいです」
現在、本店はゼンボルグ公爵領の領都ゼンバールにある。
これは、お父様とサンテール商会長とエドモンさんが探してくれた物件だから、大きく立派なお店で、ゼンボルグ公爵派の貴族向けの店と言っていい。
対して、王都に古参の貴族向けの支店があるのだけど、ブルーローズ商会自体が急な立ち上げだった上、王都との往復にも時間が掛かるから、すぐにはいい物件が見つからず、そこそこの間に合わせの物件を借りて店を出しているのよ。
貴族相手の商売だから、商品棚を並べた店内ではなくて、二階や三階の個室での商談になるのだけど、今後も商品となる魔道具が増えていくとなると今の店内では手狭で、殺到する予約に個室の数が足りていないし、貴族に対応出来る商会員の数も不足している。
だから、これを機に広く大きく立派な店舗を正式に準備して、貴族に対応出来る商会員の数も増やしたいの。
「ふむ……それは確かに。いいだろう、よさげな店舗を探してみよう」
「ありがとうございます、お父様」
本当なら、私とエドモンさんが動いて探すべきだろうけど。
まだ六歳だと社会的信用がないし、商売のことも詳しくないから、変な物件を掴まされても困るものね。
その点、お父様ならその心配はないから安心だわ。
「それでもう一つは?」
「二つ目は、領都に職業訓練学校を設立したいです」
「職業訓練学校?」
「はい。船員育成学校みたいに、魔道具師や職人を育てる学校です」
これ以上、魔道具製作の手を広げるには、人材が大きく不足している。
かといって、前回みたいに他領から引っ張ってこようにも、オーバン先生にもクロードさん達にも、もうほとんど宛てがないみたいで、確保出来る可能性は低い。
加えて言うなら、前回はノーマークだったから上手くいったと思うの。
でも、さすがにもう警戒されているはず。
次はすぐに感づかれて邪魔された上、揉め事になる可能性が高いわ。
自分達が冷遇した不要の職人だったとしても、私達に人材が流れるのは絶対に阻止したいでしょうからね。
「それで一から育てようと言うわけか」
「はい。現役の職人を講師として雇って、気に入った生徒がいれば弟子として工房に引き抜いても構わないと言う条件で。魔道具師の講師は、魔道具研究所から出して貰えると助かります」
魔道具に関わる職人と言っても、その専門分野は多岐に渡る。
例えば、ランプ一つ取っても、その本体だけで、鍛冶職人、ガラス職人、金銀宝石で飾るなら彫金師など、一つの業種だけでは済まない。
中の魔法陣を描くのは魔道具師だけど、魔法陣を描く土台の円盤を作るのは鍛冶職人の仕事で、魔法陣を描く魔石の粉を配合した特製インクを作るのはインク職人の仕事になる。
魔石を研磨、カットする宝石職人も必要だ。
腕のいい職人が複数の役割を兼ねることもあるけど、一流の品を作るなら専門の一流の職人に頼むのが一番いい。
それに大量生産するなら、やっぱり分業するのが一番効率がいいもの。
「現状、新しい下請けに仕事を出すつもりですけど、魔道具関係の仕事で領都の職人達を独占するわけにはいきませんから」
「そうだね。それで後回しにされて生活が滞れば、民は不満を抱くことになるだろう」
「はい。今のところ、魔道具は貴族の贅沢品ですからね」
為政者として民にそういう不満を溜め込ませないためにも、職人の数は必要だ。
さらに言えば、裾野を広げれば、それだけ一流の職人が育つ確率は高くなるし絶対数も増える。
「それと同時に、魔道具とは直接関係ない、裁縫とか、製薬とか、料理とか、他の分野でも講師と生徒を募集して、魔道具関係は飽くまで一講座に留めておきます」
「賢雅会の特許利権貴族達の目を逸らすためか」
「はい。極力妨害されないようにしたいです。でも、それだけではありません」
「ふむ、他に何か狙いが?」
「大型船が就航して交易が盛んになれば、これまで高価で珍しかった他国の食材やら布やらが安価になって、市民の手が届くようになりますから」
「つまり、それらを扱い広められる人材も同時に育てておこうというわけだね」
お父様が優しく頭を撫でてくれる。
よく出来ました、って褒められたみたい。
照れる。
でも嬉しい!
フンスと意気込んで、ない胸を張る。
「それに、この事業に注ぎ込むのは、ブルーローズ商会の魔道具販売で稼いだお金です。その多くは古参貴族達から流れ込んできた外貨ですから、領内産業の活性化に使うことこそ、正しい使い道だと思います」
経済的な嫌がらせに対する意趣返しにはもってこいよね。
これもきっと、陰謀を遠ざける要因になってくれるはずよ。
「ははっ、さすがマリーだ」
「えへへ♪」
お父様が楽しそうに抱き締めてくれたから、私も遠慮なく抱き付く。
意気込んで伝えた甲斐があったわ。
「でも、いいのかい? 全く自分のために使っていないだろう? マリーが自分で稼いだお金なんだから、ドレスやアクセサリー、甘いお菓子に使ってもいいんだよ?」
「綺麗なドレスも可愛いアクセサリーも好きですし、可愛い恰好をするのも嫌いじゃないですけど、お父様とお母様が買ってくれたのがあれば、十分です」
いやもう、本当に。
一人娘だからって次々と買い込むものだから、クローゼットから溢れそうなくらい、いっぱいあるのよ。
アクセサリーだって、ドレスに合わせて種類やデザインもたくさんね。
多分、全部を着て身に着けるのは無理だと思うわ。
さすが公爵令嬢、世が世なら王女様よね。
だから、これでもう十分。
敢えて自分から増やしたいとはこれっぽっちも思わない。
前世でも、仕事仕事でたまにしか休日がなかったから、面倒で同じ服を着回していたくらいだもの。
「それに甘いお菓子も好きですけど、お母様の手作りお菓子が一番です」
スイーツの種類が多くないのもあるけど。
やっぱりお母様が娘の私のためにって、愛情たっぷり込めて作ってくれたスイーツこそ正義。まさにプライスレスでしょう。
もちろん、うちの料理人達が作ってくれたスイーツも好きだけど、やっぱりお母様の愛に勝てないのは仕方ないわ。
それに、いずれ短期で輸送出来るようになって、他国のフルーツや、新大陸のチョコとバニラが手に入ったら、どんどん自分で作って堪能するつもりだから。
「だから今は、領地を豊かにすることが先決です」
「そうか。マリーがそれで納得しているのなら、私も余計なことは言わないでおこう」
お父様も納得してくれたみたいね。
でも、古参貴族への意趣返しと『ゼンボルグ公爵領世界の中心計画』を、この程度でおしまいにするほど、私は甘くないわよ。
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