93 ドライヤー戦争の予防線
「お父様、ただいま戻りました」
「ああ、マリーお帰り」
お屋敷に戻ってすぐ、お父様の執務室へ直行すると、お父様は笑顔で迎えてくれた。
「ブルーローズ商会の売り上げは順調に伸びているようだね」
「はい、お父様のご協力のおかげです」
事実上、私が商会長でトップと言えど、現在の正式な商会長はお父様で、まだ六歳でしかない私の保護者だから、当然、全ての報告は上がっているわよね。
「それで、私に何か話があるのかな?」
その口ぶり、相談があるのを予想していたみたい。
お父様が執務机からソファーの方に移動すると、隣に私を招く。
だから私も、お父様の隣にぴったりくっついて座った。
「幾つか大事なご相談があります」
「ふむ、何かな?」
優しく、なんでも聞き入れてくれそうな親バカを感じさせる笑顔だ。
だけど、駄目なときにはちゃんと駄目って言ってくれるお父様だから、そこは信頼して私も遠慮しないようにしている。
「まず、ドライヤーの予約状況ですが」
「ああ、ドライヤー戦争と呼ばれる程に売れているようだね」
「はい。なのでこれ以上、無駄に加熱しすぎないよう、それとなくセーブするように話を持って行って貰えませんか?」
「ふむ? たくさん売れるのはいいことじゃないのかい?」
お父様が優しい声と笑顔で確認するように尋ねてくる。
最近分かってきたけど、お父様がこういう疑問の呈し方をする時、それはいつも私を試す時だ。
「みんなが冷静に戻った時に、恨まれたくありません」
「恨まれると言うと?」
「必要もないのに何台も予約して買っているのは客の勝手です。だけど、ドライヤー戦争が終わって我に返ったら手元に何台も無駄にあるせいで、一台あれば十分なのにと、悪評を流されたくありません」
例えば、分かりやすいところで『無理矢理売りつけられた』とか『儲けたいからと何台も売りつけて汚い商売だ』とか。
さらに、『不要な分まで買うのを止めなかった』とか『こんなにいらないから返品だ、全額返金しろ』とか。
そういう理不尽なクレームを付けてくる人は絶対に出てくると思う。
「そんなことになって、ドライヤーは元より、ブルーローズ商会のイメージを悪くされたらたまりません」
「ふむ。しかし言って聞くかな?」
「別に止まらないならそれでもいいです。そこは自己責任です」
せっかく勢いよく売れているのに、わざわざ自分からその流れを止めるのも何か違うと思うし。
「ただ、事の発端となった公爵夫人達に責任転嫁は出来ないでしょうから、『ブル-ローズ商会の商会長であるお父様が止めた』だけど『あなた達が聞き入れなかった』と、責任の所在を明らかにして、最低限、こちらに責任転嫁されなければいいんです」
これはエドモンさん達にも、それとなくお客様に伝えるように頼もう。
売り上げだけが正義じゃないんだから、できるだけ健全な商売を心がけたい。
「分かった。私の方からさり気なく、そういう話を流しておこう」
考える素振りも見せないですぐに了承してくれたと言うことは、多分お父様も同じ危惧を抱いていたんじゃないかしら。
ただ、事実上私の商会なんだから、私が気付いて動くまで口出しも手出しも控えるつもりだったんだと思う。
そして、即応じてくれたのは、私の対応が及第点だったから……と思いたい。
「ありがとうございます、お父様」
「どういたしまして」
にっこり笑顔でお礼を言うと、ニコニコ笑顔で頭を撫でてくれる。
「次に、販売数が少ない商品について、売り方を工夫しようと――」
大型の冷蔵庫、冷凍庫、厨房のコンロなど、考えてみたアイデアも一緒に、相談してみる。
「なるほど……分かった、マリーの好きなようにやってみなさい」
「いいんですか?」
「ああ、もちろんだよ。マリーが一生懸命考えた方法だろう? 私からも話を通しておこう」
それは……成功すればよし、失敗しても私の糧になる、そういうことよね?
そしてきっと、失敗したらフォローしてくれるつもり。
こういうときいつも、貴族令嬢としてお父様に上手に育てられているなと思うわ。
私に甘いんだか、厳しいんだか。
でもそれは、多分私を一人前として扱ってくれているから。
だからお父様が大好き♪
「ありがとうございます、お父様♪」
お父様の頬にお礼のキスをする。
お父様ったら、また見られたものじゃないくらいデレデレになって。
でも、そういうお父様も可愛いくて大好きよ♪
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